読書の記録(2017年6月)


ようこそ文化人類学へ 川口 幸大
買った本。非常なる良書。
文化人類学入門者に、文化人類学の楽しさを様々な実例をもって示し、また、苦しさについても包み隠さずに述べる、非常なる良書である。
高度な内容や包括的な記述を求める向きには不満があろうが、参考文献/関連書籍も詳しく記されているので、そこから辿って行けば良い。

ロマネスク美術革命 金沢百枝
買った本。最近(私の中で)流行っているロマネスク。ヤマザキ先生のルネッサンスから、金沢先生のロマネスクに浮気するとは、なんという怪しからん(でも楽しい)自分であることか。
この価格にして仕方がないことだが、写真は小さい白黒であり、また、本文で言及された全ての図像が掲載されているわけではない。ここに書かれたカタカナ地名をwikipediaを使ってアルファベット化し、google画像検索でそのアルファベットとromanesqueと入力してそれらしい画像を探す、ということをしつつ楽しむのがよかろう。
一頃、新潮社のホームページに金沢先生のロマネスク美術を含めた旧約聖書を題材としたる美術作品に関するページがあって、豊富にカラー画像が上がっていたのだが、消え失せてしまった(ああ、新潮社の恨めしいことよ)。

水車小屋攻撃 ゾラ
買った本。水車小屋などというと、つい、ドーデのようにのんびりと読んでしまうが、これはゾラであった(しかも、ドーデは風車小屋)。ドーデ、メリメ、ゾラ。時代と雰囲気の共通性があって、しかも、それぞれに個性的であることをつい忘れがちである。

落ち穂拾い、犬の生活  小山清
「わたしの小さな古本屋」で見て「落ち穂拾い」を読みたくなって。
中里介山や太宰治に関連する思い出の記が面白い。とは言え、私小説にしては掘り下げが浅く、自己憐憫が強い文章は読んでいて楽しいものではない。そこはかとなき叙情を愛することはできるが。「弱さゆえに愛される」という可能性があるだろうか。

修道女フィデルマの叡智 トレメイン
百円で購入。ローマ、アイルランド
アイルランド法廷の弁護士資格を持つ修道女フィデルマの推理をテーマにしている。おおむね古代らしさが生きていて楽しく読めるのだが、偶に現代人の感覚が覗き見えてしまうのが残念。まあ、仕方ないがね。
用語はアイルランド、ローマの風を生かすようにしており、それも楽しい。例えば、「フィンガル」が「肉親殺害」の意味だとか。(綴りが分からないので、「フィンガルの洞窟」が関係あるのかないのかわかりませんが。)

ティグリス号探検記 ヘイエルダール
古書店で購入。
「湿原のアラブ人」と重なる部分があり、読んでおいてよかった、と思った。
ともあれ、無人の海を行く「コンティキ号」に比べ、多くの石油タンカーが行き交うペルシャ湾の航海は少々窮屈ではある。イーゴリ船長が一服の清涼剤。
シュメール人についてさらに知りたくなるのだが、インターネット上で検索しても、なかなか興味を持てる情報に行き合わない。

今月は忙しいなりに読書はできた。でも、七月も同じであるかはわからない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

今週の戯れ歌

理想無き輩(ともがら)に言ふ言葉なし我が目の前を疾く去れよかし

トラブルにクレーム喰らひ離脱して馘に成らずばいとどよからめ

かにかくに人の縁(えにし)は切れてをり我が忍耐は有限なるらむ

愚痴言はず背筋伸ばせる我なりき今の我には信ぜられぬが

面白きうた詠みたしと思ひながら日々の鬱のみ只漏らしけり

友に逢ひてよしなしごとを話しけりまた明日から我が力満つ

昔昔我の鬱なる事を知り心配れる人有り難し

我の居る淵の心は解り難く理解さるるを夙に望まず

我は我我ならではの使ひ得る道あるものと我は思へり

| | Comments (0) | TrackBack (0)

読書の記録(2017年5月)

柳多留名句選 上・下 岩波文庫
古書店で購入。おおむね面白かった。
楽しめないのは、やはり背景知識がない部分である。これは仕方がない。
全般に、江戸時代の人々は、我々が古文の時間に習うような、和歌や物語等をよく知っていたのだろうと感じられる。当然といえば当然であるが。さらに、俗説のようなものはよくよく知られていたようだ(例えば小野小町伝説等等)。

ルバイヤート集成 矢野 峰人
蟲文庫で購入。国書刊行会本なんだね。楽しく読むことができた。が、私としては、最初に読んだこともあって、小川亮作訳が最高なのである。例えば、「チューリップ」の詩句等も、私には大いに馴染む。本書はフィッツジェラルドからの重訳でもあり、詩句の華麗さを重んじているのは判らぬでもないが、少々重く感じる。
話がそれるが、マーラー「大地の歌」の歌詞に用いられている唐詩について、朝比奈隆が「若々しいロマンチシズム」と評しているが、私には、小川訳の方に、若々しさを感じる。
ともあれ、好きな作品のバリエーションを、今後も細かに楽しむにはなかなかよろしいのである。多くの訳者たちも同じようなことを考えて異版をつくり続けたのであろう。

小泉武夫のミラクル食文化論
西荻窪ウレシカにて購入。博覧強記にして幅広い視野で大変勉強になりかつ楽しめる。
講義したものを書き起こしたものらしく読みやすくはあるのだが、舌足らずな部分が残っており、もう少し編集さんがんばれな気分。事実誤認的な部分もなくはない。その場で消えてゆく話し言葉としては問題ないと思うが、いつまでの残る書きものとしては少々よろしからず。楽しい仮説なのか、学問的真実なのかを区別しない書き方も少々危険ではある。
最近、こういうのを見つけることが多くなった。歳をとるというのは難しいものだ。
できれば、ここから読むべき参考図書を紹介して頂けるとさらに学びが深まってありがたいのだが。

教えてゲッチョ先生 雑木林のフシギ
先般、書泉で買った本。
例によって、編集上の誤りを記す。これを記したいと思って本を読んでいるわけではないのだが。
キヌガサタケの成長速度の表現は「わずか半年ほど」ではなく「わずか半日ほど」であるべきだろう。
ともあれ、この人の本は、ずいぶん以前にも読んでいて、面白かった。(「ネコジャラシのポップコーン 畑と道端の博物誌」)

ヤマザキマリの偏愛ルネサンス美術論
買った本。
ヤマザキの視線は鋭い。全ての好みが私と同じでは(もちろん)ないが、私とは異なる視線で、異なるものを見つけだし、異なる嗜好を持っておられることを、きちんと言葉にして教えてくれる。こういうのは大変面白い。レオナルド、ミケランジェロ、ラファエロの自画像の違いなど、確かに合点がゆくものである。
ただし、本文に言及されている絵が必ずしも所収されているわけではないので、google Art 等で積極的に補う必要はある(価格から言って仕方がない)。
特に、美術を超えた最終章には含蓄がある。

他に、金沢百枝先生のロマネスク本や文化人類学の本を読んでいる。
また、映画「マーラー」をDVDで再見。高校時代に、映画館で見たものだったので、大変懐かしい。だいたいにおいて面白く出来も悪くない映画なのだが、時々絵が荒いというか、アイデアをこなしきれていなかったりするのが残念。「夜の歌」の場面は非常によかった記憶があるが、見直すと(自宅の散らかった部屋で見ているせいもあって)、今ひとつ新鮮さに欠けてしまうのである。また、コジマ・ワーグナーのシーンは、高校時代にも噴飯物と思ったが、今見ても変わらないなあ。メジャーにならなかったのも仕方がない、という映画である。(この後の楽しみに、ドクトル・ジバゴがとってあるのだよ)。

少々は本が読めるようになって嬉しい。忙しいことは忙しいのだが。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

読書の記録(2017年4月)

ロシア文学うらばなし
古書店で購入。なかなかに面白かったけれど、物凄く素晴らしいという本ではない。
「世俗臭ぷんぷんたる」は、「世俗臭がぷんぷんする(している)」か「世俗臭芬芬(ふんぷん)たる」のどちらかだろう。私としては前者を推したい。こうしたことに気づくのはヒネクレ老人化の一端であろうか。

ホジャの笑い話〈1〉トルコの民話 児島満子、児島和男
古書店で購入。面白くはあるが、量的に物足りない。昔話だけにあっさりしていて、情景を彷彿とさせるところまで行かない。トルコの頓智王ナスレッディン・ホジャについては、佐々木マキ氏の絵物語(たぶん、「かがくのとも」)で知ったのだが、あれは、佐々木氏の軽妙でトボけた絵と相まって、非常によろしかった。

湿原のアラブ人
リクシルブックセンターで買った本。
例えば、人類学的な洞察が見られず、描写が表層に流れるため、いささか興を削がれる。私自身のバックグラウンドが浅いためではあるけれど。
一箇所「部族連合」が「部族連造」になっている。こうした「本」もまた、原稿用紙ではなくワードプロセッサ(ソフトウェア)で作られているのだなあ。
(誤変換や誤変換が残ってしまったのは、ワードプロセッサのせいではなく、入力者の誤入力、日本語インプットメソッド、スペルチェッカーのせいであろうけれど。)
今でいうトランスジェンダーの人々が、世の中に正当に位置付けられて穏やかに暮らしていることが書かれているのが面白かった。

ペスト カミュ
昔々買った本。私の中で小説最高峰のひとつ(順位づけをいちいち考えているわけではないけれど)。
冒頭、ペストが蔓延しつつあるのは間違いないのに、統治機構がそれを公式に認めない重苦しい描写に、3.11の頃を思い出した。なぜ、あの時あるいはもう少し後でこの書を読み返さなかったのだろう。あまりに同調していて、読むことに自分の気持ちが耐えられなかったであろうことは間違いないけれど。

映画「やさしい女」を見逃していることに気づいた。仕方がない。

二年ぶりの蟲文庫訪問。覚えていて頂いた。身に余る光栄。
「モンドリアンドリとケープドリ」、「ルバイヤット集成」を購入。後者は、二年前に4冊ほどあった関連書の残り。ここで見つけたならば買わざるべからず。
蟲文庫が開くまで、裏山探検をしたが面白かった。宮崎駿であれば、長編アニメーションを作ってしまいそうな複雑奇怪な構造だ。ともあれ、蟲文庫周辺は、実は私が過ごした町を思わせるものがたくさんある。旧街道の古い町並み、格子窓、瓦屋根に乗った銅製のランプ。海鼠壁に「うだつ」。家々の隙間の細い道。裏山の細道等々。あの場所の、ある時代を生きた人々を描くことができるならば、と思ってしまう。倉敷のまた別な場所でもご記憶いただいていた。ありがたいことである。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

今週の戯れ歌

老木を這い登りたる葛青み雲白く流れ春まだ浅き

スイッチを入れたるやうに空の変はり今日から春は街を覆へり

白雲の空に浮かぶは地の熱の対流せるを直ぐ現せり

羨まず妬まず嫉まず己あるがまま只在るやうに只在らば在れ

いずれなる態になるとも驚かず只在るやうに在りたしと思ふ

己にはできぬ事をば頼み難し試せるうちに出来てしまつた

敵襲に敵前逃亡するならば銃殺さるも覚悟せよ汝

愛をもて語る教への尊かるされど現世の我は愛せず

許せぬは言葉なくとも伝はるらむ伝へるつもりの皆無なるとも

許されぬ人の遠くに逃げるべし我は当面許す予定なし

人生の様々な面にあつて来て醜晒さぬを安らかに思ふ

己が持つ時間を全て仕事して人間らしさの些か減ぜり

| | Comments (0) | TrackBack (0)

読書の記録(2017年3月)

新折々のうた第一巻 大岡誠 
古書店で百円。楽しく読めた。坂田修一氏のうたは好きだ。いわゆる文科系の人間からみると、理科系の人間は謎めいて不可解なのであろう。

薔薇十字団 ロラン・エディゴフェル
昔買った本。文庫クセジュは端倪すべからざる奇書を含んでいる。この本は、奇書についての書であって、この本自体が奇書ではないのだろうが、結局のところ、奇書に等しいようなものだ。読んでも全く役に立たないことは保証できる。でもね、そういう本が面白いのだよ。偽史についての正史とでも言おうかね。

地の果ての獄 山田風太郎
古書店で購入。江戸から明治への過渡の有様には、興味があるけれど、なかなかこうした書はないので、大変面白い。もちろん、これは小説であって、記録ではないけれど、或る程度の事実と小説家の空想がない交ぜになっているのは間違いない。
私の個人的体験として月形町についても少々知るところがあって大変楽しめた。とは言うものの、回収されていない伏線がたくさんあるとか、少々ご都合主義もあるということは致仕方ないこととしよう。
娯楽作品とはいえ、これだけの活字を読む気になるだけ仕事が一段落したということで大変喜ばしい。

写真で綴る 飯田線の旧型国電
書店で購入。昔々の鉄道ピクトリアルの飯田線特集や、旧型電車ハンドブックを愛読している(していた)者にどうしても必要という書ではないけれど、それはそれ。
同好の士と気持ちを分かち合うために買ったということではある。

柳多留名作選
古書店で購入。俳風柳多留は読んでみたいし少々触れたこともあるけれど、全文読もうという気までは起きない。これくらいがちょうど良いのでは。

作画汗まみれ 大塚康生
以前買った本。一読ではわからなかったことも、手塚治虫ブラックジャック創作秘話(全4巻)を読んで理解が大いに進んだ。
私自身は、ハンナ&バーベラの「トムとジェリー」を見て育ったので、チャック・ジョーンズ版を見ると「絵が雑」(話も雑)に見えてしようがない。また、昔の「妖怪人間ベム」に至っては「ほとんど紙芝居」だと思う一方、動きの制限を、話の暗さや硬さに同調させているところは、実は優れているように感じている。
いずれにせよ、この書から教えられるのは、ものを創り上げることの困難と喜び、また、現在という時間が過去の様々な積み重ねによって成り立っていること、である。
再読してよかった。

日本史漫談 パオロ・マッツァリーノ
古書店で購入。いつもながら学びが大きい。

氷川清話 勝海舟(談)
昔々からの愛読書。角川版。私の人生の根底にある書のひとつであろう。
いわゆる道歌は、国語の教科書に出て来ない和歌であるが、道歌に初めて出会ったのも実はこの書である。
「斬り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ踏み込みゆけばあとは極楽」

仕事が少々落ち着き、本も少し読めるようになった。ありがたいことである。一方、記憶力が落ちているので、昔読んだ本を楽しく再読することができる。これはありがたいのかどうか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

情景

喪服姿の三人が家の前を通って行った。

足早に歩く男が先頭に。肩を怒らせ、大股に。
男の影になるように、たぶん男の妻がついて行く。
男の斜め後ろを行くのは、肩の線が似た、男の妹であろうか。昨日田舎から出てきたようではある。

休日の朝、日を浴びて、三人で歩いて行った。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

今週の戯れ歌

神あるを信じてをらぬ我なれど神無きことを信じるでなし

生きるとは休める人を羨みつ土日仕事で埋め尽くすこと

生きるとは回らぬ頭抱えてはそれらしきネタ捻り出すこと

生きるとは人に頼める作業なく己の分の減らずあること

土日なく暮らすは辛き忙しさプレミアムとやおふざけなるかな

仕事して死ねるも別に異議はなし我が生きるには左程意味なき

ひと思いに死すならそれも良からまし死したる後に自我の無ければ

生きるとは倒れる時を繰り延べて倒れるまでは倒れずあること

| | Comments (0) | TrackBack (0)

読書の記録(2017年2月)


トマ美とホヤッコのみちのく旅行記 野田映美
縁あっていただいた本。こういうの好きなんだよね。等身大の作品というか。自分も、仙台や南三陸に行ったことがあるしね。

ところで、「孤独のグルメ」は、私も好きなのだが、あそこで取り上げられている店に行っているようでは真のファンとは言えまい。ゴロー氏が思わぬ出会いに戸惑っているように、私たちも、人から聞いた情報ではなく自分の運と感性で店を見つけ、恐々と入ってみて、ゴロー氏同様の冒険を試みるのが、正しいファンのあり方であると思うのだ。

戦う操縦士 サン=テグジュペリ 堀口大學
三十数年来の愛読書。三十年間同じ読み方をしているわけではないが、我が青春の書として外せない一冊。敗北の中を生きることについて考えさせられる。そもそも生きることは敗北に耐えることに他ならないとも思うのだ。
他に、永い愛読書を挙げるならば、山家集とルバイヤートであろうか。我が墓にはそればかりあればよかろう。


忙しいとはいえ、あまりにひどい読書の記録。少々見たものは来月につけておこう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

今週の戯れ歌

新たなる我は非情に生くるべし温情あるの甲斐のなければ

人たちはうたた情けを知らざりき我が温情の価思へよ

嫌われる勇気が必要と説かれたるのもあな憎らしや

規則とは人を鍛えるものなりと夜間飛行のリヴィエールの言

厳しさの陰に知られず愛せよと業をなせるはかくもあれかし

放置せる我が優しさはその実は助ける気のないお為ごかしよ

元気よく失敗に向け勇み行く輩を止む親切心なし

いささかの軽侮の念の捨て難く隠しおほせる事のなからむ

虚しさは過ち犯す人ありて気付かぬままに安らぎをること

己が身の拙き限りを知らざらで安らぎをるを憎しと思ほゆ

何をしても失敗すなる人のありその跡を追ひて虚しさを思ふ

何しても何処にあつても何時なれど過つ人の虚しきは幾許

掬っても掬っても洩る笊の如く過ち正せど終わり見えざる

明日朝は冷たくなつて醒めぬのもまたよろしからずやちと草臥れた

ありありて笑つて死ねれば宜しかるその余のことは思ひ及ばず

拙にして愚なれば只前に進むべし悩む機能のさらにあらざる

人とありて噛まぬ議論のつきづきしあなたの前提は一体何ですか

| | Comments (0) | TrackBack (0)

«今週の戯れ歌