読書の記録(2017年10月)

岡本太郎の東北
買った本。良い本であった。画家岡本太郎の鋭い感性と人類学者岡本太郎の鞏固な論理にうたれる。
岡本太郎が秋田で出会った紳士「人生の敗北者」は、私自身のことであり、また、私の身内にもそういう者がいたことを思い出させる。そして、岡本太郎の敗北者に対する共感。これだけでも私はこの書を買った甲斐があると考える。

富士山頂 新田次郎
古書店で百円。面白い本であった。役所内部の人の動きなど民間に生きる我々には知り得ないが、そこもまた人の生きる修羅場であることがよくわかる。役所と役所、役所と民間、民間と民間、ひとつの組織内、いろいろな立場を描くために、それぞれの味は薄まっているものの、コンパクトにまとまっており面白く読むことができた。
私は文学作品という点で見ていないが、そのことは作品と作者を少々貶めているやもしれぬ。

目からウロコの文化人類学入門 人間探検ガイドブック 斗鬼 正一
古書店で百円。川口幸大に続き面白かった。ただし、前書きから序章あたりでは、文化人類学は難しくない、、、という言い訳が続き少々読みづらい。川口と斗鬼の背負っている文化の違いを見てしまう気がする。
ただし、amazonの書評にもあるように、面白い事実が列挙されているという本であって、面白い解釈に踏み込んでいる本ではない。私は、入門だからこれで良いとは思うが。

楡家の人々 北杜夫
以前古書店で買った本。おもしろうてやがて悲しき物語かな。読んで良かった。偶々、旧分院の近くを通る機会があったが、建て直しのための破壊が終わったところであった。破壊の対象がここに現れる建物であったわけではないが、少々の感慨を得る。
「精神病学集要」を書いた学者の名として、クラフト=エヴィングが出てくる。クラフト=エヴィング商會はここからきているのかな?
(この月に読んだ、北村薫「太宰治の辞書」の後書きにクラフト=エヴィング商會が登場していてびつくり)。

岩波写真文庫「電話」
古書店で買った本を再読。昭和二十五年の電話システム。都市内はダイヤルで繋がるが、市外は交換手呼び出し。海外への電話は県庁所在地レベルの都市の電話局でのみかけられるが、日米の回線は数本程度。という、現在の我々から見ると恐ろしいまでの原始的システム。こういった事実関係を薄い冊子にきちんと整理しているのは偉大である。

野口体操入門 羽鳥操
買った本。あまり読んでいないが少々残念な予感。野口氏の個人史や著者本人のそれが冒頭に置かれているが、私はその個々にあまり興味がない。また、記述も散漫であるように思う。甚だ残念。(天下の岩波が・・と思わないでもない)。

日本史の内幕 磯田道史
買った本。磯田先生の本は本質的な意味で面白い。ともあれ、特に冒頭は軽い読み物であって、期待しすぎてはならぬ。
また、帯には「西郷隆盛の書を見れば性格がわかる」ようなことが書かれていたが、西郷の書を見るところまで記述はあるが、性格についてまで言及していないようだ。よくある帯の上滑りである。

太宰治の辞書 北村薫
買った本。「私」シリーズを愛読して幾星霜。あれからそんなにも時間が経っていたのか。「私」のお住まいが、庄野潤三氏宅の近くであるように思われるのは、庄野と「私」の愛読者である私には快事である。とはいえ、「私」の義父は庄野のご子息でもなさそうだなあ。
とはいえ、「私」がふつうの一読者ではなく、書物の秘密の帳の向こう側にするりと入られてしまうのは、私が如きふつうの一読者には少々寂しくもある。(それだけ、主人公を愛しているということだが。)

ガスター、矢島文夫「世界最古の物語」、瀬戸内寂聴編「仏教ハンドブック」、羽鳥操「野口体操入門」購入。
磯田道史「日本史の内幕」、メジューエワ「ピアノの名曲」、北村薫「太宰治の辞書」を購入。
岩波文庫にこんな書まで入るようになった!と驚く。まずは、江戸川乱歩、堀口大學。そしてまた「星の王子様」。この調子で行くと、「戦う操縦士」堀口訳が岩波化される日も近いか?(「山椒魚戦争」が岩波化された時には驚きました)。
でもって、講談社学術新書には、いしいひさいち「現代思想の遭難者」が!

このブログもほとんど読書の記録に尽きている。まあ、それでもよかろう。

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読書の記録(2017年9月)

火星の人類学者
古書店にて購入。達意の名翻訳(最近、雑な訳に当たることが多いので、過褒かも知れぬが)。読みやすくて嬉しい。
一箇所だけ、神父/牧師が混乱している箇所があった。むむ、他が読みやすく面白いので許す。もう一箇所。「模型製造」とあるが、前後は、他の人間の行動の模倣の話題なので、これも誤りであろう。全般に良かっただけにちょっとした残念ではある。

小さいモモちゃん モモちゃんとアカネちゃん アカネちゃんの涙の海
古書。ファンタジーと現実のあわいで書かれているので、読みなれないと理屈っぽく読んで辛い。ともあれ、文庫本という大人向けフォーマットであるのが読み辛さを増す。作品とは別なところで、苦闘する私であった。

先月に続き、「気候の文化史」をめくり見ているが、やはり読みにくい。どうやら訳者だけのせいではなさそうだ。過去の気候変動における(主にヨーロッパ圏の人々の)ふるまいを列挙してあって面白い本、ということはできるものの、それ以上のものではないし、筆者の筆も散漫であるように感じる。

中国史談 沢田瑞穂
買った本。めくり見ているが、執筆した時代の時事に合わせた比喩表現が多く、少々読みにくい。元々が学内報のようなものであったらしく仕方がないが。書かれているひとつひとつは面白くないこともないが、なんとも言えないなあ。

ニューロマンサー ギブソン
古書店で百円。いろいろな意味で有名な本でもあり、本自体も昭和の香りのするものであったので、購入。ギラギラしていて面白いが、この表現も相応に陳腐化しているなあ、と思う。映画「マトリックス」はここに想を得ているのではないのかな?映画を見ていないので、いい加減な感想だけれど。

落伍教師 蜷川幸茂
松本の古書店で購入。北杜夫「どくとるマンボウ青春記」の愛読者であれば『ヒルさん』を知らぬ筈がなかろう。そんな大昔の人間の書物があるのだ、と思いきや、私自身も時代と地域で交錯し得た範囲におられたことを知り驚く。
ひとつには、蜷川氏の型破りな面白さを、もうひとつには、戦時における庶民の悲惨さをこの書から読むべきである(蜷川氏は高等学校教授すなわち高等文官であって、庶民とは言えないかもしれないが、戦争により、庶民として様々な悲惨を味わうことになったのは事実である)。


某所で「カレイド」というパチンコ屋さんを見た。枯井戸。渇きを癒さぬことで、自ら体を表す潔さだと解釈したい。あるいは華麗度、加齢度か。鰈度はいくらなんでも行き過ぎであろう。

今月は落語に行かれた。偶然、「神田連雀亭」の前を通り、都合もちょうど良いことを発見。時間を忘れて楽しめた。古今亭今いち、入船亭小辰、桂紋四郎。皆さん二ツ目とのこと。なんだか定番コースにできそうで嬉しい。小辰師と三河弁について少々話す。

今月は神田神保町にも行かれた。加藤九祚「シベリアに憑かれた人々」、ドストエフスキー「やさしい女・白夜」、沢田瑞穂「中国史談」を購入。また、西荻窪ウレシカでは、「岡本太郎の東北」、「エナガの一生」購入。安売り古書店で、「磁力と重力の発見」全三巻、ツルゲーネフ「父と子」、「ニューロマンサー」購入。松本の古書店で、蜷川幸茂「落伍教師」、「落第読本」、新田次郎「富士山頂」購入。

落語も読書も、私の嗜好「遠くへ行く」の仲間たち。今月は遠くに行くことができた。

いつかゆく遠い道こそ嬉しけれその誘ひを心待ちせり

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読書の記録(2017年8月)

朝、上海に立ちつくす 小説東亜同文書院 大城立裕
古書店で買った本。東亜同文書院については、かねて断片的に知るところであり、当然その興味で読んでいる。上海にあって、各県給付生、台湾、朝鮮から来た院生がいるものの、中国人は一時期しか在籍していなかった等、耳新しい情報もあった。
また、日本/中国(国民党と共産党)/朝鮮/台湾/沖縄(中国から見ると琉球)のそれぞれのあり方が、描かれているのが、今は亡き書院のあり様を伝えているものとして貴重である。
ただし、小説として食い足りるものか、といわれると少々難がある。書かずもがなの内容もあり、また、小説としてみるとさらに掘り下げて欲しい部分もありということである。

ニュクスの角灯 高浜寛
1から3巻を読む。買った本。面白かった。が、面白かったが故に、少々難をつける。明治初期の人々の考え方や言葉遣いが、我々二十一世紀の人間と同じであることは、私のような年寄りには少々気持ちが悪い。明治初期を舞台にした楽しい仮装(仮想)パーティー、あるいは、現代語翻訳された映画を見ていると思えば良いのやもしれぬが。戊辰物語、明治百話、海舟座談に垣間見られる江戸と明治を生きた人々との連関が見つけづらいのは少々悲しい。と、思わせるほどに、面白い話なのだ、ということではある。
「おたまさん」の表情が雅で悲しげで美しいなあ。いい加減に設定された登場人物や情景がないことは読んでいて気持ちが良い。

水滸伝 岩波文庫第九巻・第十巻
以前買った本。古書店で百円の類だ。
これもまた口承文学の習いで、常に最上級の表現が並んでいる。現代人は「何度も最上級が出てくるのはおかしい」と思うわけだが、例えば、十日に一遍、市場が立つたびにやってくる旅の講談師が街角で口演しているのを、綿菓子でも舐めながら聞いているならば、情景が眼前に浮かんでくるのに集中して、前回、前々回との脈絡など気にしはしないだろう。これは、イーリアスでも、西遊記でも、水滸伝でも同じである。
(そういう意味で、南総里見八犬伝は、浜たかやという現代語へのよき翻訳家に恵まれ(さらに、山本タカトという稀代の絵師に巡り合って)本当に幸せな物語である)。

ねじまき片思い 柚木麻子
以前古書店で買った本。なかなか面白い。与えられたお題がどういうものか確とは知れないが、少なくともミステリー雑誌において、女性が主人公であることという条件で書かれたものと思われる。職業作家というのは、こういうことが出来なければならないのだと感心。

気候の文化史―氷期から地球温暖化まで ヴォルフガング・ベーリンガー
買った本。翻訳者のみなさん語学は達者でいられるが、科学に関する素養はあまりないらしく、用語や言い回しが理系の者には極めて不自然で読みにくい。特に最初の二章は原語の文章をよく理解できていない人が書く和文そのものである。自分がそれなりに触れたことのある分野ならば、修正しながら読むことで、(原文からみた)誤読を減らすことができるかも知れないが、己の知らない分野であれば、お手上げであり、それを思っただけで怖くて読めず、泣きたくなるのである。編集者はきちんとついたのだろうか等々心配でならない。
古書店で百円であったならば文句は言わないが、正札で買ったのであれば、愚痴も言いたくなる。

ドラネコぐんだん パン屋の巻 工藤のり子
借りた本。楽しかったです。パン屋といえば「からすのパン屋さん」が名作であり、私も大好きだが、ドラネコ軍団が現れた以上、そんな平和なお話ではない。

世界の果ての通学路
借りた本。世の中は本当に色々であるなあ、ということと、世の中全体豊かになったのであるなあ、と、彼ら彼女らの服装や持ち物から思うのである。豊かになったのでれば、戦が止んで欲しいものだが。

ビザンチン皇妃列伝 井上浩一
買った本。大昔に滅んだ帝国のお妃方の来歴を読んだとて、我が人生に全く役に立たないことは自明である。が、読んでいてとても楽しい。遠い時代、遠い世界に行くことができた。良い本を書き、出版してくださった方々ありがとう。
読みやすく軽快な文章も非常によろしい。歴史学としては踏み込み過ぎている部分があると指摘されたと筆者は書いているが、素人目には、丁度良い踏み込みであるように思う。あまりに事実のみではつまらないし、かと言って、根拠のない想像は小説ですべきものであって、歴史書に想像がてんこ盛りでも困るのである。

東海道線 汽笛一声から新幹線まで
古い教養文庫。鉄道唱歌が掲載されている。鉄道唱歌には、地形や風俗が読み込まれていて、地域によっては、「ブラタモリ」の答えが見えたりする。うーん大したものだ。でもって、鉄道に関する解説は当然旧聞に属するものであり、今さらなのではあるのだよね。仕方がないが。この本を見ながら東海道本線その他を乗り歩くのも楽しそうである。老後の楽しみと思おう。

ノラネコぐんだん きしゃぽっぽ 工藤ノリコ
ビラネコぐんだん おすしやさん 工藤ノリコ
借りた本。いずれもドラネコの自然で穏やかな「悪さ」が面白い。彼らの野放図だが、悪意あるとは言えないいたづらと、穏やかに怒るワンワンちゃん。もともとの「さすらいの就職犬ワンワンちゃん」を知るものには、ここに居る落ち着いた職業人ワンワンちゃんを見て感涙を流すのである。
例によって工藤さんの絵は食べ物がおいしそうで、つい見入るのである。

5歳の子どもにできそうでできないアート Susie Hodge
以前買った本。めくり見る。面白いテーマで面白いものを集めた良書。

天の声 スタニスワフ・レム
以前買った本。変容病棟を買ったので、玉突きで読む。以前読めずに放り出したのだが、あまり素晴らしい日本語ではないね、これは。原文も晦渋というか、行ったり来たりだが、日本語はそれをさらにわかりにくいものにしていように思う。残念。

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今週の戯れ歌

寂しさは見知らぬ街をさまよひて宛なきままに日の暮るること

寂しさは手持ち無沙汰に街を行き夕風吹いて頬撫でること

寂しさは独り食事を整ひて食べる宛無き人思ふこと

寂しさは昔の如く独りあれと己が心が語りかけること

寂しさは紫陽花秋桜薄の穂一時に咲きて冬思はすること

寂しさは己が住みし街に来て知りたる様の見い出せぬこと

寂しさはもしを重ねて思ひ侘び無きあれこれを描き出すこと

寂しさは話しかけたき人の居て己が姿のしかと無きこと

この町で生きたかも知れぬと思ひ侘び夕風浴びれば少し悲しも

夕風の思ひの外に涼しければ有り得ぬ過去を思ひ描ける

山の端に日は沈みをり路面電車は暖かき灯火掲げむ

遠き街に独りしあれば泡沫(うたかた)のうたをや為せる

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今週の戯れ歌

酒飲みて少しうたをや詠みてみむ夕暮れ時の風涼しければ

飲酒詩を少し読みては真似もせむ旅の空なる独り手遊び

楼台なく河なく霧なく柳なくただ目の前に酒杯あるなる

聖俗の絡まんことぞ常ならむ門前町にはお土産物屋

(被災地再訪)
人ありき土台を残し草萌ゆる見渡す限り人の跡無し

此処は昔人住むと聞く青野原風吹く先には入道雲湧く

草原に学校だけが残りをり人住む跡の絶えて無きかな

青草は優しかりけり人跡を包み隠して町を野にする


知る人も無き楽隊に我は座し曖昧のま本番を迎ふ

花も咲き薄揺れたる蝦夷の地の短き夏の今盛りなり

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読書の記録(2017年7月)

鎌倉物語 西岸良平
出張先の暇つぶし。人が死ぬ話も多いのだが、西岸先生の絵柄・話柄・人柄で、すっと読んでしまうのである(それが良いのか悪いのか)。でもね、好きなんだよね、この人の郷愁あふれる情緒的な側と、実は怪奇/SFの知性的な面のバランスとが。
今回は、特に横浜ドリームランドとそこに行くモノレールの話が(ただもうそれだけで)ぐっと来た。

漂流怪人きだみのる 嵐山光三郎
古書店で買った本。こういう本がふと置いてあったりするのだから、古書店を端倪すべからず。
私は「気違い部落周遊紀行」のみしか読んだことがなかったが、それでも大変面白かった。

プログラミング道への招待 竹内郁男
買った本。意外と骨があり読みにくい。ということで、気になるところ、読みたいところから少しずつ読んでゆく。結果として大体は読めたと思う。楽しかった。
プログラムを書く人々にもいろいろあるだろう。業務系ならば、着実に仕様に沿ったプログラミングが必要で、突飛なアイデアは全く求められない。一方、OS系の研究者であれば、様々なアイデアを求められる等々。

イーリアス
古書。買っておいたもの。冒頭ですでに戦争は始まっており、終盤まで続く。なぜ戦争が始まったのか、なぜ戦い続けるのか、納得がいくほどの説明があるわけではない。神話なので、仕方がないが。
どうやら口承文学そのものであって、討つもの討たれるもの一人一人を、父の名、出身地、エピソードで紹介すること、冗長この上なく、また、さらに長い続きものを適当にぶつ切りにしたものらしく思われる。

先月の読書記録を読み直すと、ヤマザキマリ先生と金沢百枝先生の話をしている。私はこうした賢い女性が好きなようだ(他に、おいしい料理を作る女性も)。
NHKの「探検バクモン」で児童図書館の回を見たが、同じ感想である。ちなみに眼鏡をかけている女性は好みに合うが、「目病み女と風邪引き男」と言って、相当古くから言い習わされた普遍的?事実ではある。そしてまた、私は真に眼鏡を必要とする女性が好きなのであって、伊達眼鏡については、真の眼鏡者を愚弄するものとして、むしろ毛嫌いしている。

多角形動輪の蒸気機関車。円形車輪以上の粘着力が得られると考えて作られたが、摩擦に乏しく失敗だった。
https://en.wikipedia.org/wiki/Onward_(locomotive)

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読書の記録(2017年6月)


ようこそ文化人類学へ 川口 幸大
買った本。非常なる良書。
文化人類学入門者に、文化人類学の楽しさを様々な実例をもって示し、また、苦しさについても包み隠さずに述べる、非常なる良書である。
高度な内容や包括的な記述を求める向きには不満があろうが、参考文献/関連書籍も詳しく記されているので、そこから辿って行けば良い。

ロマネスク美術革命 金沢百枝
買った本。最近(私の中で)流行っているロマネスク。ヤマザキ先生のルネッサンスから、金沢先生のロマネスクに浮気するとは、なんという怪しからん(でも楽しい)自分であることか。
この価格にして仕方がないことだが、写真は小さい白黒であり、また、本文で言及された全ての図像が掲載されているわけではない。ここに書かれたカタカナ地名をwikipediaを使ってアルファベット化し、google画像検索でそのアルファベットとromanesqueと入力してそれらしい画像を探す、ということをしつつ楽しむのがよかろう。
一頃、新潮社のホームページに金沢先生のロマネスク美術を含めた旧約聖書を題材としたる美術作品に関するページがあって、豊富にカラー画像が上がっていたのだが、消え失せてしまった(ああ、新潮社の恨めしいことよ)。

水車小屋攻撃 ゾラ
買った本。水車小屋などというと、つい、ドーデのようにのんびりと読んでしまうが、これはゾラであった(しかも、ドーデは風車小屋)。ドーデ、メリメ、ゾラ。時代と雰囲気の共通性があって、しかも、それぞれに個性的であることをつい忘れがちである。

落ち穂拾い、犬の生活  小山清
「わたしの小さな古本屋」で見て「落ち穂拾い」を読みたくなって。
中里介山や太宰治に関連する思い出の記が面白い。とは言え、私小説にしては掘り下げが浅く、自己憐憫が強い文章は読んでいて楽しいものではない。そこはかとなき叙情を愛することはできるが。「弱さゆえに愛される」という可能性があるだろうか。

修道女フィデルマの叡智 トレメイン
百円で購入。ローマ、アイルランド
アイルランド法廷の弁護士資格を持つ修道女フィデルマの推理をテーマにしている。おおむね古代らしさが生きていて楽しく読めるのだが、偶に現代人の感覚が覗き見えてしまうのが残念。まあ、仕方ないがね。
用語はアイルランド、ローマの風を生かすようにしており、それも楽しい。例えば、「フィンガル」が「肉親殺害」の意味だとか。(綴りが分からないので、「フィンガルの洞窟」が関係あるのかないのかわかりませんが。)

ティグリス号探検記 ヘイエルダール
古書店で購入。
「湿原のアラブ人」と重なる部分があり、読んでおいてよかった、と思った。
ともあれ、無人の海を行く「コンティキ号」に比べ、多くの石油タンカーが行き交うペルシャ湾の航海は少々窮屈ではある。イーゴリ船長が一服の清涼剤。
シュメール人についてさらに知りたくなるのだが、インターネット上で検索しても、なかなか興味を持てる情報に行き合わない。

今月は忙しいなりに読書はできた。でも、七月も同じであるかはわからない。

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今週の戯れ歌

理想無き輩(ともがら)に言ふ言葉なし我が目の前を疾く去れよかし

トラブルにクレーム喰らひ離脱して馘に成らずばいとどよからめ

かにかくに人の縁(えにし)は切れてをり我が忍耐は有限なるらむ

愚痴言はず背筋伸ばせる我なりき今の我には信ぜられぬが

面白きうた詠みたしと思ひながら日々の鬱のみ只漏らしけり

友に逢ひてよしなしごとを話しけりまた明日から我が力満つ

昔昔我の鬱なる事を知り心配れる人有り難し

我の居る淵の心は解り難く理解さるるを夙に望まず

我は我我ならではの使ひ得る道あるものと我は思へり

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読書の記録(2017年5月)

柳多留名句選 上・下 岩波文庫
古書店で購入。おおむね面白かった。
楽しめないのは、やはり背景知識がない部分である。これは仕方がない。
全般に、江戸時代の人々は、我々が古文の時間に習うような、和歌や物語等をよく知っていたのだろうと感じられる。当然といえば当然であるが。さらに、俗説のようなものはよくよく知られていたようだ(例えば小野小町伝説等等)。

ルバイヤート集成 矢野 峰人
蟲文庫で購入。国書刊行会本なんだね。楽しく読むことができた。が、私としては、最初に読んだこともあって、小川亮作訳が最高なのである。例えば、「チューリップ」の詩句等も、私には大いに馴染む。本書はフィッツジェラルドからの重訳でもあり、詩句の華麗さを重んじているのは判らぬでもないが、少々重く感じる。
話がそれるが、マーラー「大地の歌」の歌詞に用いられている唐詩について、朝比奈隆が「若々しいロマンチシズム」と評しているが、私には、小川訳の方に、若々しさを感じる。
ともあれ、好きな作品のバリエーションを、今後も細かに楽しむにはなかなかよろしいのである。多くの訳者たちも同じようなことを考えて異版をつくり続けたのであろう。

小泉武夫のミラクル食文化論
西荻窪ウレシカにて購入。博覧強記にして幅広い視野で大変勉強になりかつ楽しめる。
講義したものを書き起こしたものらしく読みやすくはあるのだが、舌足らずな部分が残っており、もう少し編集さんがんばれな気分。事実誤認的な部分もなくはない。その場で消えてゆく話し言葉としては問題ないと思うが、いつまでの残る書きものとしては少々よろしからず。楽しい仮説なのか、学問的真実なのかを区別しない書き方も少々危険ではある。
最近、こういうのを見つけることが多くなった。歳をとるというのは難しいものだ。
できれば、ここから読むべき参考図書を紹介して頂けるとさらに学びが深まってありがたいのだが。

教えてゲッチョ先生 雑木林のフシギ
先般、書泉で買った本。
例によって、編集上の誤りを記す。これを記したいと思って本を読んでいるわけではないのだが。
キヌガサタケの成長速度の表現は「わずか半年ほど」ではなく「わずか半日ほど」であるべきだろう。
ともあれ、この人の本は、ずいぶん以前にも読んでいて、面白かった。(「ネコジャラシのポップコーン 畑と道端の博物誌」)

ヤマザキマリの偏愛ルネサンス美術論
買った本。
ヤマザキの視線は鋭い。全ての好みが私と同じでは(もちろん)ないが、私とは異なる視線で、異なるものを見つけだし、異なる嗜好を持っておられることを、きちんと言葉にして教えてくれる。こういうのは大変面白い。レオナルド、ミケランジェロ、ラファエロの自画像の違いなど、確かに合点がゆくものである。
ただし、本文に言及されている絵が必ずしも所収されているわけではないので、google Art 等で積極的に補う必要はある(価格から言って仕方がない)。
特に、美術を超えた最終章には含蓄がある。

他に、金沢百枝先生のロマネスク本や文化人類学の本を読んでいる。
また、映画「マーラー」をDVDで再見。高校時代に、映画館で見たものだったので、大変懐かしい。だいたいにおいて面白く出来も悪くない映画なのだが、時々絵が荒いというか、アイデアをこなしきれていなかったりするのが残念。「夜の歌」の場面は非常によかった記憶があるが、見直すと(自宅の散らかった部屋で見ているせいもあって)、今ひとつ新鮮さに欠けてしまうのである。また、コジマ・ワーグナーのシーンは、高校時代にも噴飯物と思ったが、今見ても変わらないなあ。メジャーにならなかったのも仕方がない、という映画である。(この後の楽しみに、ドクトル・ジバゴがとってあるのだよ)。

少々は本が読めるようになって嬉しい。忙しいことは忙しいのだが。


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読書の記録(2017年4月)

ロシア文学うらばなし
古書店で購入。なかなかに面白かったけれど、物凄く素晴らしいという本ではない。
「世俗臭ぷんぷんたる」は、「世俗臭がぷんぷんする(している)」か「世俗臭芬芬(ふんぷん)たる」のどちらかだろう。私としては前者を推したい。こうしたことに気づくのはヒネクレ老人化の一端であろうか。

ホジャの笑い話〈1〉トルコの民話 児島満子、児島和男
古書店で購入。面白くはあるが、量的に物足りない。昔話だけにあっさりしていて、情景を彷彿とさせるところまで行かない。トルコの頓智王ナスレッディン・ホジャについては、佐々木マキ氏の絵物語(たぶん、「かがくのとも」)で知ったのだが、あれは、佐々木氏の軽妙でトボけた絵と相まって、非常によろしかった。

湿原のアラブ人
リクシルブックセンターで買った本。
例えば、人類学的な洞察が見られず、描写が表層に流れるため、いささか興を削がれる。私自身のバックグラウンドが浅いためではあるけれど。
一箇所「部族連合」が「部族連造」になっている。こうした「本」もまた、原稿用紙ではなくワードプロセッサ(ソフトウェア)で作られているのだなあ。
(誤変換や誤変換が残ってしまったのは、ワードプロセッサのせいではなく、入力者の誤入力、日本語インプットメソッド、スペルチェッカーのせいであろうけれど。)
今でいうトランスジェンダーの人々が、世の中に正当に位置付けられて穏やかに暮らしていることが書かれているのが面白かった。

ペスト カミュ
昔々買った本。私の中で小説最高峰のひとつ(順位づけをいちいち考えているわけではないけれど)。
冒頭、ペストが蔓延しつつあるのは間違いないのに、統治機構がそれを公式に認めない重苦しい描写に、3.11の頃を思い出した。なぜ、あの時あるいはもう少し後でこの書を読み返さなかったのだろう。あまりに同調していて、読むことに自分の気持ちが耐えられなかったであろうことは間違いないけれど。

映画「やさしい女」を見逃していることに気づいた。仕方がない。

二年ぶりの蟲文庫訪問。覚えていて頂いた。身に余る光栄。
「モンドリアンドリとケープドリ」、「ルバイヤット集成」を購入。後者は、二年前に4冊ほどあった関連書の残り。ここで見つけたならば買わざるべからず。
蟲文庫が開くまで、裏山探検をしたが面白かった。宮崎駿であれば、長編アニメーションを作ってしまいそうな複雑奇怪な構造だ。ともあれ、蟲文庫周辺は、実は私が過ごした町を思わせるものがたくさんある。旧街道の古い町並み、格子窓、瓦屋根に乗った銅製のランプ。海鼠壁に「うだつ」。家々の隙間の細い道。裏山の細道等々。あの場所の、ある時代を生きた人々を描くことができるならば、と思ってしまう。倉敷のまた別な場所でもご記憶いただいていた。ありがたいことである。

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