例年どおり、2009年のまとめです。まあ、年齢相応に失速して来た感は否めません。
◆音楽(弾いて楽しむ)
ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第15番
難しい曲でした。1月に弾いたので、遠い昔のように思います。
ブラームス クラリネット五重奏
これまた難しい曲でした。以前から弾きたい曲だったので、大望を遂げた思いがあります。でも、やっと噛み合わせが判ったという程度でもあったので、もう一度弾きたいものです。
レッスン
チェロの個人レッスンに就きました。ひとつの曲を人に精密に聴いてもらう前提で弾くという体験が絶えてなかったので、緊張しました。レッスンに繰り返し行く程、日々の練習が出来ているとは思わないのですが、きちんと弾く習慣、きちんと弾く意識を持つ習慣ができるだけでも良いと考えております。ともあれ、楽しく練習ができているので、良しとしましょう。
その他
ピアニストに遊んでもらいました。ベートーヴェンのピアノソナタ第二番を弾いたのですが、色々発見があって面白かった。ベートーヴェンは、この水準を考えつつ四重奏を書いている筈である、ということを痛切に感じました。
◆音楽(聴いて楽しむ)
演奏会にはちっとも行っていません。酷いものです。
西村朗と吉松隆の対談を読み、私と意見が近そうな西村が好むというボロディンやら、ハチャトリアンを聴いています。でも、音楽は吉松の方により親しみを感じそうなところが、複雑であります。
ボロディン 交響曲第二番
ロシアらしい素晴らしい曲。ヴィオラ弾きなら惚れると思うのだが。
ハチャトリアン 仮面舞踏会、幸福の頌歌
例の仮面舞踏会。これを純情可憐なお嬢さんが踊るのは、没義道だと思う。このワルツは、物凄く「悪者」の雰囲気がする。悪い。悪過ぎる。否、これを・・(以下際限のない繰り返し)。
もう一つは『幸福の頌歌』。ヴァイオリンが四十とハープが十本に独唱と管弦楽という物凄いもの。昔々、夜中に海岸近くを車で走らせていて聴いて、忘れ難い印象を得ている。まさかこんなもののCDを買う事ができるなんて驚き。しかも同じ演奏だ(まあ、自作自演以外有り得ないような曲ですが)。
キューネル、マレ(平尾雅子)
相変わらず、ヴィオラ・ダ・ガンバに惹かれております。私には、チェロの張りの強さは、過酷に過ぎるのかも知れません。もはや叶わぬ夢とも思いつつ、ガンバに憧れる日々です。学生時代、大学のオーケストラを「脱走」した後輩が、ガンバ弾きになって、古楽器研究会の演奏会に誘ってくれたのにね。本当に惜しい事をした。
◆読書
ぼちぼちです。
デュ=ガール チボー家の人々
久方に小説らしい小説を読みました。第一次世界戦前〜半ばにかけての、欧州の変動に巻き込まれて行く人々。
スタニスワフ・レム 泰平ヨンの航星日記
相変わらずのレム節。嬉しくなってしまう。ユーモア小説の書体をとりつつも、人を思索させずにはおかない。「地球には生命は有り得ない」論証なんて、本当に楽しいです。
ピエール・ロチ 秋の日本
「逝きし世の面影」もそうですが、もはや有り得ない日本を追うようなものを読んでいます。考えようによっては、とんでもなく想像力に富んだ作家によるSF小説のようなものです。ロチには、差別的な視線もあるものの、その一方で、詩人ならではの洞察力や詩心を見せることも多く、非常に面白いものです。鹿鳴館の描写、京都、吉原、日光。そして、そこに生きる人々への眼差し。
その他、「戊辰物語」のような幕末ものを繙いています。
比類なきジーヴス (国書刊行会ウッドハウス集)
「ボートの三人男」に表現されているイギリス人の間抜けさは、非常に愛好するところですが、「比類なきジーヴス」もまた、それに列するものです。面白いシリーズなので、急がず少しずつ読んで行こうと思います。
◆その他
歳を取り、昔のことを思い返すことが多くなりました。同窓会に出る様になったのも、この数年です。
また、懐かしい人々を尋ね歩きたいと思っております。会えるうちに、会える人にあっておく、というのは、私がかつて思っていたことではありますが、今になって、また、身に沁みて思うことでもあります。
いわゆる工作ものは殆どしていません。12Vの直流電源の上に、銅線(より線のうちの細い一本)を落としているのに、気付かずに通電したため、破壊したのが、夏休みのことで、以来、意気消沈しております。本当に間抜けですね。注意力の低下がこの数年で露呈してきました。
料理はそこそこしていますが、新機軸にはなかなか辿り着けない。細君と子供達は、ピザやケーキ作りの経験を積んでいるせいで、粉ものの扱いに長けて来ておりますが、私は遅れをとっております。
体も心も耐久性は有限であるということがよく判って来ましたので、それらの許容範囲内でぼちぼちやって行こうと思っています。それ以上の事は望むべくもないということです。