読書の記録(2018年3月)

ゲーデル・エッシャー・バッハ ダグラス・ホフスタッター
2012年版。ようやく読み終えた。mu-システム云々のような部分を完璧に理解した気は全くしないし、適当に読み飛ばしたのは事実だが、一応はソフトウェアについて勉強したこともあり、システムの階層性についての理解はあるつもりの読書ではある。また、「音楽の捧げ物」からトリオソナタと六声のリチェルカーレを弾いたことがあり、かつまた、ジグソーパズルを通してエッシャーの版画の細部に目を通す機会があったという、選りすぐりの読者(であるはず)の私なのである(笑/泣)。
楽しくも苦しい読書であったのだが、再度の人工知能流行りの時代にあって、この本の意義があるかと問われると、これだけ長い書を読む必要があるか疑問である、と言わざるを得ない。
本日、偶然マーチン・ガードナー「円周率と詩」に、GEBの記事があるのを見つけた(昔目を通したはずだが、全く記憶がない)。

ドローセルマイアーの人形劇場 斎藤洋
借りた本。ホフマンの愛読者であれば、題名だけ見て何をか理解するであろう。静かな本。背景が見えないので、いつの時代のいつの人物かあやふやな雰囲気がある。
私は、E.T.A.ホフマンの愛読者であるので、(また、「ドロッセルマイヤー」表記に慣れ親しんでいるので)、少々物足りなくはあった。

殿様の通信簿 磯田道史
古書店で買った本。非常に面白い。各種一次資料に当たり、立体的な人物造形を見せてくれること、深い知識から、多角的に時代を浮き彫りにする点等、磯田師の書は読まざるべからず。

日本渡航記 ゴンチャロフ
古書店で買った本。川路聖謨の逸話で有名である(と私は思っている)が、それはほんの一部にしか過ぎない。また、ペリー来航と並行して、というよりも、ペリー来航を米国議会で決定したとの報を受けてロシア側が急いで派遣したプチャーチン艦隊ではあるものの、ヨーロッパの戦争と合わせて英仏艦隊から逃避するなど、まさに世界はつながっているということを思わせるものである。
元々が、祖国にいる人々に向けて書かれた手紙でもあり、深く分析的であることはあまりないが、小笠原や沖縄の文物を描き、鎖国を解こうとする諸外国に最後の抵抗を試みる日本が描かれており、それはそれで面白いものではある。

忙しいなりに読書ができて良かった。

私が、初めて手に入れた鉄道模型の車輛はキハユニ26であった。今回のクモハユニ64と合わせて、合造車は一両で色々積み込めてお得である、という貧乏性丸出しな私である。そういえば、当時模型化されておらず、なんとか作りたいと思ったオハユニ61が製品になっているという。これもまた手に入れてみようか。

ロシアのドラマを見ている。
https://www.youtube.com/watch?v=eOqOLdfIJjc
ロシアの風景やロシア人のあり方に興味がある。40分のところで、弾くアコーディオンがドヴォルザーク「こんな女に誰がした」とつい歌詞をつけてしまう。これを弾いている女性兵士は、音楽学校出身だが、二年間も爆弾運びをしていて、もう楽器を弾く気にもなれない、と言っていたのではあり、その意味でも「こんな女に誰がした」とは意味深長である。
苦労人の現地指揮官、ウザい政治将校、粋がる若者。航空兵らは風呂にも入れて綺麗だが、不時着した先の塹壕戦は夜も寝られず苦労している。
女優MARIA ANDREEVAさんがとっても素敵。
http://www.kino-teatr.ru/kino/movie/ros/ser/112941/foto/a30159/689406/
http://www.listal.com/viewimage/2439020

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今週の戯れ歌

茜差す崖に連なる烏瓜我が手届かぬ赤き輝き

いつしかも冬来にけりと烏瓜枯木の梢にひとつ輝く

地獄落ち決まってゐると人の言ふ我が身顧み覚え少しは

実り無き会話続ける虚しさの我に慣れた事の無かりし

久方にうたを詠まむと覚ゆれど久方なれば心許なし

あらばあれなからばなかれいずれとも我の決め得ぬものごとなりけむ

長らくの出張暮らしの終はりぬれば明日会社行く我を思へり

この町にまた来る事のあらざらむ我持つ縁のいと細かれば

行く列車来る列車あり暇(いとま)無く人の出会ひと変わらざりけり

我が町に来る旅行者がに我はただある風景ならむ

いつか我もしも遊びに来るならと思ひしことの少し楽しき

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読書の記録(2018年2月)

言語設計者たちが考えること Masterminds of Programming
古書店で買った本。多くの言語設計者へのインタビュー。言語そのものの説明はほぼないので、背景知識がない者には読み難いであろう。
インタビュアーも翻訳者も相当の知識が要求されると思うが、大いにその任に応えていると思う。
こうした記事はネット上には散見されるが、こうして多くの言語についてまとまって読めることは大変ありがたい。

太宰治の辞書 北村薫
買った本の再読。初読では、久しぶりの嬉しさに、雰囲気だけで読んでいて、論理を追っていなかったからね。再読でももちろん面白かった。(江美ちゃんにも会いたかったし、「私」の配偶者の隠されているっていったら、もう)。

モサドファイル
借りた本。面白いことは面白いが、人の多く死ぬることは快くない。
例によって訳語が気になるが、信憑性そのほかこだわるべきではない書のようにも思う。
 爆発レンズ 爆縮レンズ
 イスラエルの安全保持 イスラエルの安全保障
 終結した大部隊 集結した大部隊

大人のための国語ゼミ  野矢茂樹
買った本。ある種レッスンに埋め尽くされた「論理トレーニング」の軽い入門といえよう。入門書として良書であると思うが、言語技術のような体系性の裏付けよりも「気持ち」を重視しているのは、一般向けとしての便法であるのか、著者の根本的な信念なのか、少々気になる。(どちらであっても構わないが)。
今のところ冒頭のみ読んだところ。

日本渡航記 ゴンチャロフ
古書店で買った本。まだ前半。なかなか面白い。


中古で鉄道模型の車輛を買った。クモハユニ64000とクハ68400のセット。欲しいと思っていた横須賀線色。私にはクモハユニ64の茶色時代を見た記憶がある。正確には、飯田線の下り列車に乗っていて、天竜峡駅の辰野側留置線に茶色の車輛を先頭にした列車がいるのを発見し、後々調べて、それが多分飯田線唯一の茶色い営業用車輛クモハユニ64であることが知れた、ということである。1984年2月のことであったと思う。

割合に新しい製品であるのに、何故中古品になってしまったか考えてみた。きっと、横須賀色を購入してしまった後で、茶色版が発売されることになったからであろうと思った。私も茶色を見ているので、茶色も良いと思いつつ、後年仲間と同じ横須賀線色に改められた美しい姿の方を手元に置くのが良いとも思っていた。繊細で美しい模型である。

昔のNゲージも素朴かつ温かみがあってよかった。それは、たとえば、木炭画が粗いと言って怒る者はいないのと同じである。今の関水金属製Nゲージの繊細でかっちりとしつつ、そうであり過ぎない様は、昔とは違うという寂しさを超えて、背筋を伸ばして覗き込みたくなる魅力を持ったものである。

汽車遊びとは随分遠ざかっているけれど、他に遊びも知らぬゆえ。といったところである。流行のお陰で、私が好むような飯田線の電車が製品化されるのはありがたいものである。(スクラッチビルドを行う技量はとてもないので)。C51、8620、6200といった英国流の蒸気機関車があれば鉄道模型の世界に戻るのに、と思って久しいが、それはそれで良いのかもしれない。

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今週の戯れ歌

いま一度あの人のピアノで歌いたきは「行こうふたたび」憧れに担われて

あのひとの我を見つめる眼差しの未だ夢に見ゆ万日を超え

夢だにもあのひとの我が前に唯あれば我が生涯の少し意味あり

我が記憶忘れずにあれあのひとの瞳の奥の謎の輝き

寂しかる日々にありては夢に見るあの女性(ひと)の眼差し我を慰む

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読書の記録(2018年1月)

アーロン収容所 会田裕次
古書店で購入。快い読書でないに決まっているが、やはり読んでよかった。この時代のこの人でなければ持ち得ない視点を提供してくれる。昨年の「忘れられた日本人」に続く、読まざるべからずの書である。
敵味方の憎しみについていえば、大勢ではないとはいえ、英兵の「私の友人は誇り高い日本の侍と戦って死んでいったのであって、日本人が誇りをもって戦っていなかったというのは心外である」(私の意訳)という感懐もまたタッポーチョに通じるものがある。

エンジニール  鉄道に挑んだ男たち(1) 池田邦彦
古書店で購入した漫画。「明治の機関車コレクション」や「早風」などと聞いて蒸気機関車の姿が思い浮かぶのであれば、読まざるべからず。
島安次郎の物語でもあるのだが、なかなか面白い。もっと時代を掘り下げ、ディテールにこだわっていただけると嬉しいのだがなあ。様々な人々が非常な勢いで出てきては去って行くように思われる。

平賀源内捕物帳 久生十蘭
古書店で購入した本。雰囲気は悪くないが、さほど面白くはないね。投げ出さずに最後まで読めはした。特に源内ならではという場面には乏しい。

人間をお休みしてヤギになってみた結果  トーマス・トゥエイツ
買った本。「トースターを作ってみた」よりも深い問いである。軽妙な文章(翻訳)はありがたいが、やはり問いは重い。
年寄りとしては、こうした根源的な問いを持ち、それに立ち向かう気力と知力のある若者が、あたら将来を危機に晒していることに心を痛めるのだが、それとても世知に阿る浅知恵にしか過ぎないかも知れない
訳者は大変であろうと思うが、読みやすいものでありがたい。

古書店で、「貴志康一と音楽の近代(ベルリン・フィルを指揮した日本人)」を購入。面白い本が出てくるものだ。私が貴志の話をみたのは、出谷啓氏のエッセイで「朝比奈が、貴志がいたら、今の自分の存在はなかった」という一言を紹介している場面である。

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札幌市電のササラ電車

札幌市電のササラ電車が稼働しているのを初めて目の当たりに見ることができました。

札幌市電のササラ電車

また、動画で撮影することができました。

いずれも、2017年11月19日撮影です。

wikipediaで使って欲しいのですが、手続き等々判らない。また、動画もこのページに埋め込みたいが、cocologでは難しいようなので、リンクしています。リンク先をご覧ください。

通常、ササラ電車は早朝や夜間に稼働しているようであり、私の札幌在住時代にも稼働しているのを見たことがなく、この度、稼働しているのを初めて目の当たりにすることができたので、大変うれしいです。

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氷川清話

テレビドラマ「西郷どん」放映に便乗して氷川清話を売り込むの図。

国立国会図書館デジタルコレクション「海舟先生氷川清話」
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/781233/1
28コマ末尾より

<引用ここから>
あの人見寧といふ男が若い時分に、おれの處へやつて來て『西郷に会ひたいから紹介状を書いてくれ。』といつたことがあつた。所が段々様子を聞いて見ると、どうも西郷を刺しに行くらしい。そこでおれは、人見の望み通り紹介状を書いてやつたが、中には『この男は足下を刺す筈だが、兎も角も會つて遣つて呉れ。』と認めておいた。
</引用ここまで>

西郷の応対や如何に。いやその前に桐野半次郎はいったいどうするのでしょうか?(講談風に)

吉本版にはとかく改変の評が付きまとう。江藤淳・松浦玲編(講談社学術文庫)を読むのが良いらしい。私は勝部真長編(角川文庫)を長く読んでおり、気分として江藤・松浦版と大きな違いを感じてはいない。

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読書の記録(2017年12月)

忘れられた日本人 宮本常一
古書店で買った本。
立ち読みしたところ、「名倉談義」の名が見えた。昔々、名倉に訪れたことがあり、懐かしさゆえの読書であるが、大変面白かった。
日本風の意思決定の有様は、実は私が日々見ている会議そのものではないかと思う。欧米風意思決定を目の当たりにしたことがあるわけではないので、日本風以外の意思決定の方法がを知っているわけではないものの。
有名な「土佐源氏」はもちろん面白かった。
「世間師」における明治に生じた「各々志を遂げよ」の誤解からくるドタバタも面白い。たしかにそのように読んでもおかしくはない。
この本を三十才くらいで読んでおけばよかったかも知れない。網野善彦もよかったけれど、並行して読むべきであったようにも思う。「忘れられた日本人」を新渡戸稲造「代表的日本人」と誤解していたかも知れない。こうあって欲しいという願望を込めた「日本人」という部分が全くないとは言わないが、それを微小にした「事実こうあった日本人」として重要と思われる。

おいしいロシア シベリカ子
借りた本。最近ロシアづいているが、その中でも暖かく可愛らしくおいしそうな本。せめて、サラダ・オリヴィエ程度は作ってみたいものだ。

ロコス亭(奇人たちの情景) フェリぺ・アルファウ
札幌で買った本。最初は実験的過ぎて、あまり面白くないが、読み進むにつれてスペイン情緒が溢れてくる。スペイン風自虐がやはり面白い。奇人たちの情景、というより、スペインの奇人たちの情景、というのがふさわしい。

世界でさいしょのプログラマー エイダ・ラブレスのものがたり フィオナ・ロビンソン せなあいこ
借りた本。エイダ・ラブレイスの生涯と業績をわかりやすく記した絵本。私のようなものにもちょうど良い。

おいしい ”つぶつぶ” 穀物の知恵 ゲッチョ先生の穀物コレクション 盛口満
借りた本。「ネコジャラシからポップコーン」以来時々読んでいる盛口満の本。野生の米なども記されていて面白い。
この本における「穀物」は「毎日食べているおいしいつぶつぶ=穀物」ということだが、粟、稗、マランサスも取り上げており、これらを「毎日食べている」とは(私には言いがたい)。また、通常は穀物扱いしない油を摂るつぶつぶも挙げられており、少々視点が定まらない感じがする。面白い情報を扱っているだけに残念。

どんぐり図鑑 宮國晋一
借りた本。さまざまなどんぐりについて調べてみたかったので、役立った。どんぐりに興味がない者が読むような本ではない。

シュメル 人類最古の文明  小林 登志子
買った本。「世界最古の物語」、ヘイエルダール「ティグリス号探検記」、「湿原のアラブ人」に続くメソポタミアの書。
馴染みのない神名や人名が続いて少々苦しいが、全般に面白く読むことができたと思う。ともあれ、淡々とした書き振りであるので、もう一度読み返さねばならぬかも。

天災から日本史を読みなおす 先人に学ぶ防災 磯田道史
買った本。磯田師の書は読まざるべからず(買わざるべからず)。
磯田師は年来災害史についてお考えであったとのことであり、その成果を惜しみなく開陳して下さる。誠に読まざるべからず。
勢いよく書いていられるので、少々書き飛ばされている感なきにしもあらずであるが、そんなことは編集者に任せれば良いのである(編集者さんしっかりしてください)。先生はご研究とその研究の普及という双方を担っておられるだけでも大変なのですから。
この本で全てが説明されているわけでもなく、この本で述べられた全ての説が正しいとも思わない。この本を出発点に様々なことを考えてゆかねばならないが、その意味で良書と思う。

バッタを倒しにアフリカへ 前野ウルド浩太郎
借りた本。私のように歳長けて要らぬ世知を身に着けた者には、筆者はあまりにも若く拙く無知無謀であって、人に迷惑をかけ過ぎている、とも思う。ともあれ、これだけ己をさらすことができ、志は甚だ高く、身は謙虚であり、既に多くをなしつつあるというのは、私が若い頃に願いつつもできなかったことであって、大いに尊敬する。研究を含めてまだまだ未完の物語であるが、これからの成果を願って已まない。
(私も幼い頃にファーブルに馴染み、昆虫について学び見る楽しさを感じたので、筆者の感懐は他人事ではない。)

2017年は忙しいながらもなんとか本を読むことができた。ありがたいことである。

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2017年のまとめ

2017年はなにしろ多忙であった。

楽器を演奏する機会は大きく減り、室内楽の演奏会には一度も出ていない。また、演奏会に行くこともほとんどなかった。私の自己認識には長く「アマチュア演奏家」が含まれていたが、どうやらそれも薄れつつあるらしい。人間というものは、生きるためには捨てられるものは捨てて顧みない機能が付されているのであろう。

■読書
多忙な時期を過ぎて少々読むことができた。良い本も多かった。嬉しいことである。特に三冊挙げておく。行きがかり上、私は社会の中の他者であることに拘っているのだが、それがこうした読書癖にもつながっているのだろう。

○岡本太郎の東北 岡本太郎
○ビザンチン皇妃列伝 井上浩一
○ようこそ文化人類学へ 川口 幸大
○忘れられた日本人 宮本常一

■舞台・映画・落語
「こんにゃく座」の「銀河鉄道の夜」を見られた。本当の舞台は集中して見るので楽しい。音楽とことばの調和、楽しい舞台装置。ちくま文庫で全集を(大体すべて)揃えてしまった。これまでにきちんと読んだことのない詩集にも目を通して嬉しい。(私の多忙な年度末になりがちなのが少々辛いが)。

タルコフスキーの「惑星ソラリス」を映画館で見られたのはうれしかった。ユジク阿佐ヶ谷。回りの飲食街も素敵。これが中央線文化というものか。また行こう。騒音おばさんがいないと良いな。

「神田連雀亭」を発見し、落語を聴けくことができた。また行こう。ここに出ているのは皆二ツ目の人々だが、素人が聞いても、もうすぐ真打という二ツ目と前座からなったばかりの二ツ目が見分けられるような気がする。そしてまた、それが面白い。

■散歩
自宅から横浜中華街への歩行。ついに到達した。距離三十kmを約八時間。五回目の挑戦にしてやっと成功。でも、思ったより早く達成できたと思う。川沿いと旧街道沿いを選べば一見遠回りでも歩行には合理的なのだろう。でも、合理的ではない道を見出したいものと思っている。また行ってみよう。

■音楽(演奏)
オーケストラとチェロアンサンブルの助っ人が一回ずつ。

室内楽の本番を一つ途中放棄した。皆さんにはご迷惑をかけ、そのことも含め、自分には苦痛であった。事情のあることでもあり、できない本番を無理にすることはさらに迷惑かつ苦痛であることが明らかなので、この選択肢以外はないのである。

一方で、休みの朝に起きるのと、楽器を担いで歩き回るのが苦になってきた。これら苦痛と引き換えるほどの楽しみを、自分は演奏活動に見出しているのか、と考えてしまう。これまでの人生、なんでも体験できるものはしておこうと考えてきたけれど、無駄な時間を使いたくない、という思いが生じてきた。人生そのもが無駄であるならば、すべての生きる時間は無駄であるに違いないのだが。

■音楽(聴く方)
私は長い間クラシック系の人間として過ごしてきたけれど、時間・知識・資金という資源が限られていたことと、最も手近にあって楽しみ方を知っていたからクラシック系で過ごし続けてきたのであって、他を排除してきたわけではない。
近年、youtube等を通して、改めていろいろな曲を聴くことができ、大変嬉しい。

特に米国のラジオ局(というと短絡的だが) NPR の Tiny Desk Concert はお気に入りである。

Rahim AlHaj
https://www.npr.org/event/music/452560735/rahim-alhaj-tiny-desk-concert
https://www.youtube.com/watch?v=osf1gckzf70
この音程がたまらない。クラシック系ではこういう音程を作る人はみないなあ。

Monsieur Perine
https://www.npr.org/2016/03/02/468875757/monsieur-perin-tiny-desk-concert
https://www.youtube.com/watch?v=JGL-eQAAxGs
いろいろな人々がいて、同じ人種と思える人は二人といない。面白い音楽である。

DakhaBrakha
https://www.npr.org/event/music/401767767/dakhabrakha-tiny-desk-concert
https://www.youtube.com/watch?v=hsNKSbTNd5I&list=RDhsNKSbTNd5I
ヨーロッパ系民族音楽という意味では最もクラシックに近いはずだが。ブルガリアンヴォイスには長年親しんできたが、それとも似ているところがある。このチェロの奏法は、私が考えているものと全く違う。

Red Baraat
https://www.npr.org/event/music/519692416/tiny-desk-special-edition-red-baraats-holi-celebration
https://www.youtube.com/watch?v=lgmw41CY1Fo
もちろんこういうのは大好き。

My bubba
https://www.npr.org/event/music/454889833/my-bubba-tiny-desk-concert
https://www.youtube.com/watch?v=uzzVdi3HOfU
このデュエットが、私が親しんできたクラシック音楽の世界に最も近いかも知れぬ。面白いものだ。

Mariachi Flor De Toloache
https://www.npr.org/event/music/460841484/mariachi-flor-de-toloache-tiny-desk-concert
https://www.youtube.com/watch?v=-rl26QKPHtE
うらぶれた喇叭、さびしいピチカートのヴァイオリンとギター。こういうの好きだ。

NPRの演奏の中でも、ワールドミュージックに近いものを私は好むようである。ドラムセットの入った音楽は、私には皆同じに聞こえるらしいというのも発見。これら好みに合うものは、完全なドラムセットを含んでいない。

また、こんなのも好き。

フィリップ・ジャルスキー&ラルペッジャータ
https://www.youtube.com/watch?v=OMnLV38EVxQ
その中で、天国と地獄
https://www.youtube.com/watch?v=OMnLV38EVxQ&t=3396s
http://bonnjour.exblog.jp/12839781/

CDで楽しんでいるのはこちら。

シュザンヌ・ファン・ソルトの鍵盤音楽帳(1599)  Harpsichord Recital: Penson, Guy (The Susanne van Soldt Virginal Book)
楽しいヴァージナルの曲集。時々入るリコーダーが天空海闊さらに楽しい。

吉松隆 プレイアデス舞曲集
田部京子様の演奏。ひそやかで美しい。

メトネル ピアノ曲集 
メジューエワ様の演奏。時に明るく、特に暗く。幅広くもしなやかな演奏が好ましい。

ラモー ナイス
サヴァール師の指揮になるもの。演奏したいが、あまり見かけない肘押し式バグパイプの宛てがない。

■その他
仕事ゆえの多忙ではありましたが、一方で仕事のために多くの土地に行くことができました。札幌、青森、秋田、仙台、長野、松本、岡山、福岡、奄美。これら多くの土地に行くことができたので、案内本など見ず、店の外面を見ただけで入ってみるというのを楽しめるようになりました。

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今週の戯れうた

生きるとは叶はぬ事と知りながら見果てぬ夢を否定せぬこと

生きるとは己が齢を省みて年相応に装へること

寂しさは話合わせて酒を飲み主旨に反して頷けること

寂しさは詰まらぬ会で酒を飲み詰まらぬままにひと日終ゆこと

寂しさは行く宛てもなく地図を読み行く筈もなき地形見ること

寂しさは己が理想を隠しをきて世知に長けたるふりをすること

寂しさは酒を飲みたる時ばかりペシミスティクなうたを詠むこと

寂しさは梢高くの烏瓜枯れ果てた末欠けてあること

寂しさは風になびける烏瓜日に焼け白く乾きをること

寂しさは我に縁無き高くある烏瓜こそ輝けること

寂しさは「お前だけだ」と言ひながらその嘘なるを互ひ知ること

寂しさは終えるあて無き仕事してなほ宿題の増えし見ること

生きるとは締め切り間際に出されたる不完全書類の面倒見ること

生きるとはブラックホールの如くなる光放たぬ御仁みること

生きるとは宛無き宛を宛にして宛の外れて宛探すこと

「人生に意味を」と君の言ふならば考えてみむサン=テグジュペリよ

負け戦アラスに飛べる君思へば我が身の上はいたく良からむ

寂しさは待ち合わせして噛み合はず会えぬままにて気まずくなること

もの集むこころ乏しき我なれば趣味持つことも易しからざり

愚にもつかぬ言葉並べて世に晒す我は愚かと我も知りけむ

雪降ると天気予報の言ふなれど心の準備のまだ足らざらむ

眠り足らぬ鈍き頭を抱えては平素以上に足らぬ我なり

烏瓜梢高くに輝きて手の届かないあのひとのやうなる

溌剌と輝く笑顔残しては我無きが如き烏瓜なる

彼処にも此処にも赤く輝いて秋の日差しの明るきを知る

遠くまで歩くひと日の愉快なり数多紅顔の美人と戯れ

崖の上の梢の先の蔓にある赤い瓜には手は届かざる

青空を背に輝ける烏瓜我が見上げるを知らぬ振りして

烏瓜梢高くに輝きて手の届かないあのひとのやうなる

筑紫なる霞める山も穏やかに我が見納めの事も無く過ぐ

昔昔通える日々は半ば眠りうつつ無きまま乗り換へをも為す

多忙なる我を覆へるペシミスム昔の馴染みまたも来ませり

人生の空なることはバビロニアなる粘土板にあり古今の真理

リビドーの人を動かす源なれば我はそろそろ店仕舞いなる

生物として子成せり育てり役終はり生きる意味とて残ると思へず

人よりも早い帰宅の気詰まりな理由なけれど長き習ひなる

公私なく感情的な生き物に距離を置くべく言葉濁せり

取り留めも無き一日の過ぎにけりそしてそのまま一生の終はる

素晴らしき明日もや有ると期待する心の既に失はれける

己が知る数多記憶は毀たれて我は我をば失ひつつあり

きのう無くあす無くけふ無くひるも無くよる無く我なく唯うたの在る

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