今週の戯れ歌

久方に千鳥足なる男見ゆコロナの怖れは未だ去らねど

仕事しつ庭を眺めつお茶飲みて隠居の後の我を垣間見

日の当たる庭を眺めて茶を呑めばすでに隠居の心地こそすれ

冷春の過ぎてコロナの去らざらむ如何なる夏の来れるや知らず

在宅も日常なると思ふ頃出社せよとの声も聞こゆる

苦を忍び満員電車に乗り込むの何故出来たのか今や解せず

健康で文化的なる日のあらむ通勤残業の苦のみ覚へて

ともかくも職のあるこそ有り難し日々の糧にも飢へる人あり

雨の降るやうな音してムクロジの小さな花の我に降り積む

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読書の記録(2020年5月)

デカメロン  ボッカッチョ
中巻。冒頭殺伐とした話が続くが、十人目が話題を変える。そうか、このために、「自分は十人目にして欲しい」と初期の段階で言わせているのか。そういう意味で、長編小説としての構成があり、伏線と回収が行われているといえよう。 下巻に入った。 物語はクライマックスに向かう、というわけでもなさそうだ。話題はそれなりに変化しているが。

ガリア戦記 カエサル
以前買った本。すごく面白いかというと、まあ、そうでもない。基本的には、「●●族と●●で戦った。その様子は云々」的事実記載の連続である。そうした直裁な表現が実務家カエサルの面目を施しているとも言えようが。
前に読んだアーサー王の立場から言えば、カエサル率いるローマ軍はブリトゥンへの侵略者であり、カエサル側の立場で見れば、ブリトゥン人/ガリア人/ゲルマーニー人は、「まつろわぬ輩」である。
現代人の目で読んで面白いとすれば、敵味方とも「カエサルがそこにいるかどうか」で出来ることが変わってくる、すなわち、「カエサルの異能」が際立っているらしい描写が(頑張れば)読み取れること、および、現代においては先進国中の先進国である英仏独もこの時点ではローマから野蛮人と目されており、カエサルによる風俗観察の対象になっていること、そして観察の結果、程度であろう。
まあ、淡々として面白いと言えば言えるけれどね。

働きたくないイタチと言葉がわかるロボット 川添愛、花松あゆみ
買った本。非常に面白かった。自然言語とその計算機処理の話と言ってしまえば言ってしまえるが、どちらかというと自然言語(つーか人間の言語処理)の恐ろしいまでの複雑について書かれた本。
これを読んでも、例えば機械学習の原理がわかったりしないし、機械学習のプログラムを動かせるようにはならない。いや、これらを理解するための重要な素地を与えられるのは間違いないと思うが、それを重要と思うかは人により異なるであろう。 主人公(?)であるイタチ氏と私の知的レベルが同等であるらしく、大変読みやすい。昔の「人口無能」の話題も出てくるなど、歴史的進歩(とその背景)がきちんと書かれているのも、普通の技術書では見過ごされがちなので、貴重である。

はじめてのイスタンブール 若山ゆりこ
以前西荻ウレシカで買った本。様々な飲食店、お土産だけでなく、音楽やダンスについても詳しく楽しい本。イスタンブールに行ってみたいね。
(以前読んだビザンチン皇妃列伝の面白さを思い出し、最近、Wikipediaでビザンチンの皇帝たちの話をたくさん読んだのであった)。

陶然亭ほか 青木正児
再読。一読まさに陶然たること請け合い。今も同名の酒家が京都にあるが、内容が大きくことなるらしい。残念。

今もMacBook Air (11-inch, Late 2010)を使い続けている。一人で使う分には何も困らないのだが、ウェブブラウザは一部のページから対応外と言われるようになり、メールソフトは遅い。どうしたものか。一番安いiPadで十分な気もするが、ふつうにファイルシステムにアクセスできないと辛い等々。

東洋文庫の「甲子夜話」三冊ばかり入手して楽しんでいた。あと何冊で全巻だろうと思いきや、大変なる大部であることに気づく。どうしたものか。

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読書の記録(2020年4月)

デカメロン第一巻 ボッカッチョ
以前三冊いくらで買ったちくま文庫。疫病を逃れた男女十人が暇に飽かせてする一口話の数々。多くは艶笑譚。現代教養文庫の抜粋を以前買って読んでおり、あれで十分とも言える程度の軽い話だが、こういう時に読むにはこういう深刻でないものが良いのかも知れぬ。
第一巻は艶笑譚が主であったが、第二巻に入り、恋愛悲劇になった(この巻は、ちくま文庫での巻。)。時々冗長なので、多少すっ飛ばしている。
(カミュのペストを再読したのは、確か東北大震災ののち三年ほど経ったころであろう。放射能の影の濃いなかでは、とても読む気にならぬ、と思った覚えがある。今回もページをめくり始めたが数ページで放棄した)。

働きたくないイタチと言葉がわかるロボット 川添愛
西荻窪ウレシカで買った本。読みやすく書かれているが、簡単ではない本。
現時点で前半のみ。前半を読むに、AIの歴史を簡潔かつ的確に辿っていると感じる。AI等計算機科学に興味を持ってきた人間であれば、なかば常識的に知っているであろう事ごと(たとえばELIZA)を、理屈ではなく、素朴な出会いとして書いている点に、自分の記憶を重ねて、好感を持つ。(「人工無能」についても言及して欲しかったが、必要がないのは認めます。)
挿絵も雰囲気があって素敵である。

反哲学入門をめくり見る。なかなかに良い書だが、もう少しのことろもある。最終的には「反」まで行くのだろうが、半分までは「哲学入門」である。「けいじじょうがく」のような難解なことばの解説がきちんとしているのが大変に良い。

外出ができないのであれば、長い長い物語を読もうか。新しく買わなくとも、千夜一夜物語(岩波、十巻)、失われた時を求めて(ちくま、十巻)、指輪物語(現代教養文庫、十巻相当)、ダルタニャン物語(復刊ドットコム、十一巻)、ヴィルヘルム・マイスター(岩波、徒弟三巻、遍歴三巻)などなど、溜め込んだ書物があるではないか。

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今週の戯れ歌

生きるとは一秒一秒死に行きて一秒一秒無駄にすること

生きるとは病の気配感じつついつもと同じ道を踏むこと

車内にはマスクをせざる人もなし一席おきに座る用心

人たちの掴まりもせぬ車内ならば分岐なるたび波打ちをりぬる

数多人の亡くなりつるこそ恐ろしく我が知る人の無事を祈らむ

世界中がオラン市の如く封ぜらる我はリウーをただ待望せる

接客と煙草をコロナは狙ひ撃ち我が来し方を顧みてみむ

はつかのみ息苦しさを覚ゆならコロナならむと不安に襲はる

新幹線いつまで新といふのやら

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読書の記録(2020年3月)

牛乳屋テヴィエ
買った本。多少類型的ユダヤ人という感なきしもあらずだが、「テヴィエは女々しい人間ではありません」というのは良いなあ。小説らしい小説で面白かった。「屋根の上のヴァイオリン弾き」の原作にあたるらしいが、私は「屋根の上」を知らないので、そこはなんとも。

ザ・コックピット 松本零士
再読。全てが敗者の物語。勝利を得たものはいない。死んだ者も生き延びた者も全て何らかの敗者である。すらっと長身の英雄たちと、ガニ股でチビ助のある種等身大の男たちの両極端の登場人物があるが、後者もまた英雄であり、両者ともに誇り高き敗者である。

シュメル神話の世界
少しずつ再読。やはり編集が悪いや。シュメル独特の詩形を説明するのに、関係のない国の関係のない詩形を長々と説明例示するのにはやりきれない。シュメル人の神話は面白いのだけれどね。

Prossesing
買った本。数理的なところはかっ飛ばして、絵だけ見ている。でも楽しい。

大砲とスタンプ 第3、4巻
古書店で買った本。軍隊は多くの人や機材が関わる以上、たくさんのお金や物資が手続き上も物理的にも動くのは当然であって、そうした兵站が重要であるが、なかなかその中身は見えない。この漫画が「正しい」兵站を描いているわけではないけれど、個々のディテールはきっとどこかにあったであろうそれに合致するように思う。前2巻よりも少々話が殺伐としてきているように思うけれど、それもまた筆者の意図かもしれない。

「鶴瓶の家族に乾杯」で、聴いた歌。「言い訳するより聞かせろ。」非常によかった。

散歩の途次耳に入ったことば:
母娘の会話「ミホちゃん、今日どれだけ勉強した?」「さんじかん!」「ウソばっかり!」 笑いにまぶしつゝ淡い怒りを込める、なかなかの声芸でした。

若い男女二人連れ「中学生時代のことをみんなに話したら、ヤバイ中学生だったんだって言われた」。どんな中学生だったか気になります。見た所穏当な方のようでしたが。

カミュ「ペスト」は生々しくて読み難い。ボッカチオ「デカメロン」を読み出したが、これで良いのかと思ってしまう。

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読書の記録(2020年2月)

みんな彗星をみていた 星野博美
再読。珍しくあまり間をおかぬ再読であるが、内容をあらかた忘れているのだから、それで良い。スピリチュアルな記載は、私には訳がわからず、全ての調査経緯を書かれても読者としては困るものの、多くは面白い。
日本に来ていた宣教師たちも一枚岩ではなく、当時のポルトガル/スペインの世界分割と関係していたこと。また、教団による雰囲気の違い、日本人信徒から見た宣教師の良い面・悪い面、遣欧使節団の経緯や意味あい等々、多面的で冷静なものの見方と、また、鈴田牢にあっての宣教師たちの有様のような感動的な面の双方を味わうことができた。
ハシント・オルファーネルの書いたものを私も読んでみたいものである。
私自身の感想の全てが星野と重なる訳ではないにしろ、深い理性と感傷のそれぞれを述べる星野の姿勢には大変な敬意を表したい。大変な良書と思う。

失われた地平線 ヒルトン
買った本。面白かった。
この本をこれから読む方へ。できれば、ラモーのガヴォットを聴いておくのが良いと思います。別に謎解きに使われる訳ではないけれど、ある種優雅さの極致として扱われているようだ。たぶん、「ガヴォットと6つのドゥーブル」でよかろうと思う。
私は、高野文子「黄色い本」を読むために、「チボー家の人々」山内義雄訳を読んだ者だが、やはり「レ・チボー」を先に読んでおいて良かったと、高野を読んだ際、心から思った。こちらはさほどの切実さはなかろうが、それでも。と言っておこう。 原信太郎氏が、自身の鉄道(模型鉄道)に「シャングリ・ラ鉄道」と名付ける意味に得心がいった。そんなことを調べるための読書ではなかったが、偶然、原に続いてこちらを読んだ。
ヒルトン「チップス先生さようなら」も良い小説であったが、同一作者とは思えぬ雰囲気の違いに少々驚く。でもまあ、読者が感情移入しやすい主人公を誂え、感情移入しやすい場を設定する、といった点では共通しているやもしれぬ。

牛乳屋テヴィ、失われた地平線を購入。

落語番組に出ていた俳優が、夫人以外の女性に関係したと聞く。つい「次は『悋気の火の玉』だな」と思う。この話題は、「文春砲」と関係があるらしい。以前「文春砲の銃弾」と書いた広告を見たことがあり、「それは『砲弾』だろ」と思わずツッコんでしまった。こうしたことを思うのも、私が(それなりの)落語愛好者であるからだが、以前、噺の枕で「こういうところでお笑いになるのは、相当落語ばっかり聴いている人で、碌なもんじゃありません。ええ、こんな知識ないほうが立派です。」くらいのくすぐりがあって、大変よかった。私は、そういう「軽さ」を落語に求めている。

映画「翔んで埼玉」をテレビで見る。本当にヒドい(笑)映画。でも、disりも割合に品良く、役者の皆さんの演技もよく、映画としてもよく出来ている。枠になっている現代部も良かった。
(https://www.chintai.net/news/2020/02/07/82402/ にあるヒナタカ氏の評論も良い)。
私はというと千葉に縁者があるが、この千葉県人たちは、確かに銚子にある網元経営の料理屋に毎年通っていた云々と、やはり「海」を楽しむ習慣があったという。また、この人々は、落花生を「いつ買うか」「どこで買うか」「どの品種が良いか」等々で議論ができるのであって、あながち映画も間違いではない(いや、相当間違っているだけど)と思ったりしたのであった。
河原に双方集まって、「有名人競争」をやるのもまたよかった。
(あ、私は崎陽軒の醤油差し「ひょうちゃん」を収集しているので、都知事と同じ趣味だね)。

こんにゃく座「イワンの馬鹿」を観る。開演前のロビーで歌われた「泉のほとり」、「赤いサラファン」、「カリンカ」で一気にロシア世界に引き込まれる。
(「泉のほとり」は「髭面の兵士」が出てくる正調だ。小学校であまりにも違う歌詞に出会って面食らった余り音楽教師に詰問されたことがある。「どうして良いかわからない」とはああいうことを言うのである。)
高野うるお氏は、最も注目する「うた役者」である。「銀河鉄道の夜」における狂気の化石学者など絶品であったのだが、「遠野物語」において物語への興味が深いばかりに、若い友人佐々木鏡石への配慮に欠く柳田邦夫を演じてまさに理性的なものの狂気を表し、「忠臣蔵」では封建制下の高貴な殿を演じるなど、「誰にでもなれる」役者であり、「誰になっても人生の真実を表しうる」役者だと思う。今回の役柄は重くなかったが、相変わらずのうたと演技で嬉しい限りであった。
全般に役者の若返りを目指しているように感じるが、それもまた着実に進んでいるように感じる。こうした楽しい劇が末長く続くことを願ってやまない。

ついでに、私にとってのロシアを知るための書物を挙げておく。
クロポトキン ある革命家の手記:ロシア貴族の生活、革命家としての逮捕と牢獄。そして脱獄など、読んでただただ面白い。ロシア貴族が家で舞踏会をするために、どんな準備をするか(させるか)なんて、なかなか知ることができないよね。
ヴォルコフ編 ショスタコーヴィチの回想:偽書の疑いもあるけれど、ショスタコーヴィチの時代のロシア人がロシア人の実感を込めて書いたことは間違いがないと私は感じる。様々な逸話の数々がロシアそのものと感じられる。ネット上で読める吉松隆氏の評論も面白い。

高杉一郎「極光のかげに シベリア俘虜記」、朝比奈隆「我が回想」、山田耕筰「若き日の狂詩曲」にみられるロシア民衆の温かさは記憶に残る。(後二者のロシア部分は多くないが)。
ギリャロフスキー「帝政末期のモスクワ」も面白いけれど、クロポトキンやヴォルコフの後で読む方が良いように思う。

もちろん、ドストエフスキー忘れるべからずで、ロシア的という意味ではあまりペテルブルクに寄らないものの方が面白いかも知れぬ。となると、「死者の家」や「悪霊」などになろうか。
プーシキン「大尉の娘」も昔から好きで読んでいるけれど、非常に劇的とも言えず、なんとも言えないのであるが、そこはかとなくものぐるをしけれと思いつつ愛惜してしまう。

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今週の戯れ歌

また一年無為に過ぎゆく無為ならぬ一年が何時あつたといふのか

かつて我有為の人を志ししつちかめつちやか無惨なる今

今此処に何故あるものか不思議なれ不思議と思ふ心のさらなる

記憶薄れ我は昔の我ならずさこそ生きらる所以なるべし

いつか我「ありがたう」だけ伝へたく今暫くはこの世にあるべし

記憶薄れなかば嬉しく悲しくも薄れし我の将に我なる

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読書の記録(2020年1月)

スーパー鉄道模型 わが生涯道楽 原信太郎
古書店で購入。すさまじい趣味人生。「鉄の線路に鉄の車輪」などと、今まで誰が考ええたであろう。敬服する他ない。

金枝篇
相変わらず第1巻。

風邪をひいたりでほとんど本を読めず。そういう時もある、と自らを慰めるのみ。

シュメル本を読み、エデン、パラダイスの元の意味を知る。読みにくい本ではあるが、新しく知るところの多い書である。

スタニスワフ・レム「完全な真空」河出文庫版、長谷川時雨「近代美人伝」、「柳樽名句選」を入手。柳樽はたぶん持っているが。

「東京スーダラ2019―希望のうたと舞いをつくる」なる謎の催しに行く。「わからない」ということは、私にとっては不快ではなく快に近い。

シューベルトの弦楽四重奏第13番を弾く。

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鯨川地方鉄道余波

昔(たぶん1978年6月)、雑誌「鉄道模型趣味」に「自由形ローカル電車のバラエティー」という題の記事が掲載された。

淡い光が吹き込む窓を
遠い田舎が飛んでゆきます
煙草をくわえ一服すると
僕は君のことを考えるんです

という題詩とともに、北陸にあるらしい「鯨川地方鉄道」の路線と車両の数々が簡単に紹介されるという内容であった。それは、小学生であった私に強い印象を残した。四十年経った今も題詩を暗唱していることからも知れるであろう。

一台一台がそれぞれの歴史を重ねており、その歴史にふさわしい姿をしている、というのは非常に魅力的だった。
それまで「鉄道」全般を好んではいたものの、「歴史を重ねた鉄道とその車両」への興味が決定づけられた瞬間であった。

小学生だった私は、ボール紙とバルサ材で私なりの地方鉄道風電車を作り続けた。もう少し成長し、プラスチック製のキットを加工できるようになっても、同じようなことを続けていた。

ボール紙の方はすべて廃棄したけれど、プラスチック製の方は今も手元にある。接写には堪えないが、いちおうこんな風だ。

P1050058

興味を持つ方もおられまいが、自分のメモのため説明を記す(手前から)。なお、全てグリーンマックス製プラキットの加工・あるいはほぼ素組である。

1)箱根登山鉄道のステップを切り捨て、屋上の抵抗器を切り捨てたもの
2)クモハ11400をベースにした荷物合造車デハニ
3)東急3700系から作ったクハ。電装解除した風。
4)同じく東急3700系クハ。
5)東急3700デハ。頑張って張り上げ屋根化。
6)鉄道模型趣味誌別冊プレイモデルにあった、東急3700の12m化記事に従ったもの。2両分使うのが勿体なく、1両分で作っているため、乗務員扉は左側のみ。また、関水金属製キハ20の動力を切り詰めて動力化してある。

今となっては、トミーテックの「鉄道コレクション」で適当に集めればよかろうものである。私も琴平電鉄を1両だけ買ってはいるが、きりがないので、そこまでとしている。

写真はソフトフォーカス機能を使っている。接写に堪えない理由があるものと理解されたい。世の中の模型を作って写真を発表されている方々の技術と努力には恐れ入るばかりである(本当にありがとうございます)。

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2019年のまとめ

◆音楽
ハイドンの四重奏曲第74番ト短調 『騎士』 、ベートーヴェンの七重奏を弾くことができた。日々あまりに多忙につけ、まるで遠い昔であるように感じる。ともあれ、しばらく遠ざかっており、忘れかけていた演奏活動を少々思い出しつつあるように思う。

若くして亡くなった友人を偲ぶ音楽会で、久しぶりのオーケストラ。私が彼と一緒に弾いた曲ばかりではなかったが、私が愛して止まない曲を彼が弾いていたということや、演奏を通じて彼が多くの人々に愛されたことに、幾分の慰めを感じることができた。

◆読書
それなりに本が読めたように思う。歳長けて、まだ読むに足る書物があるのはありがたいこてだ。これまで読まなかった愚というよりも、読むに相応する齢もあるだろう。

面白かった三冊を挙げておく。
みんな彗星を見ていた 星野博美
未知の次元 カルロス・カスタネダ
KATO Nゲージ生誕50周年記念誌

◆文化的な活動。
月に一度は文化的な活動をしようと思っていたが、後半失速。演奏活動が忙しかったからではある。

こんにゃく座「遠野物語」。
映画。ホフマニアーダ、芳華、山猫。
絵画。トレチャコフ美術館所蔵品展、五美大卒業制作展。藝大・武蔵美・多摩美の学祭に行く。
落語。連雀亭に三度。中でも感心していた柳亭市楽は、2020年3月から真打に昇進し、六代目 玉屋柳勢(たまやりゅうせい)を襲名されるとのこと。確かに他の噺家とは一段二段格が違っていたと思う。良いと思った方がそれを認められているということで、大変嬉しい。

◆しごと
自分で手を動かすよりも、若い人に動いてもらうことが増えた。オーケストラで若い人を教え、就職して営業職をした経験が大きく役に立っている。
人生は不思議だ。
オーケストラをやらず、営業をしたことがない人は、どうやって「上司」の立場を演じるのだろう。

◆その他
工作も料理も必要に迫られ。最低限をなすのみ。仕方がないね。

鉄道ファンの真似事を少々。本気にはなれないけれど、他に暇潰しもなく。倉敷・新見・津山・姫路周遊。姫新線完乗。鉄道模型を引っ張り出して運転したり。

しばらく会っていなかった友人に会う機会がしばしばあった。やはり嬉しいものである。
以前、一つのマンションに、小学校の同級生と大学の同級生が住んでいるということがあった。後者は遠地に移ったが、出張先が彼の任地(というか職場)であった偶然で、しばし歓談の機会を得た。また、前者とも会う機会を作ることができ、嬉しかった。

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