今週の戯れ歌

他人の褒む書物厭へる我なれば百万売るるを憎み読まざる

人は人我は我なり羨みて向上せるなら羨みてもみむ

永休みする事も無く過ごせれば深酒するもちと悪からず

我を我と措定し得るは人達の我を我とぞ言へる故なる

我は我を以て我とぞ覚ゆれば人達もなく我はあらざる

人の見る我は我なり我の見る我我ならず心得よ我

世の人の色々あらむ詳細は守秘義務あらばあへて黙せむ

人の行かぬ道を歩けば心軽く歩く人あつてと道と思はず

我よ我失はれつつある自我なれば絶って探すも不要なるらむ

笑ひ声のまこと良からむ世を捨つる我にありても心慰む

有楽町新橋浜松町田町麦酒開ければ旅をしぞ思ふ

弓矢持つ老若男女駅に在り狙はる的の寝覚め悪しかる

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読書の記録(2018年5月)


スターメイカー ステープルドン
長野で買った本。「最初にして最後の人類」と勘違いしていたのではある。
まだ、前半三分の一。
宗教があれば、教会があり、聖書がある、というのは、キリスト教者の素直な表現なのであろう。翻訳者が、「伽藍」や「経典」あるいは「聖典」と訳してもよかろうとは思うのだが。
ちなみに、日本語でキリスト教に用いている「教会」とは建物の意味ではなく、ギリシア語の「エクレシア=集会」の意味らしい。確かに、「教会」とは「教会堂」ではない。

臨済録 
昔買った本。若い頃の私には奇矯極まりない禅者たちのやりとりが面白かったけれど、常識人として生きている現在において、彼らの狂気が真実のものなのか、つい疑ってしまう。己の小さきことを反省すべきだろう。

カレー・カルチャー
長野で買った雑誌。カレーの世界もなかなか大変だ。カレーを食べに行きたくなる一方、カレー屋さんの大変さを思うと心から楽しめなかったりする小心な私。

多忙ゆえあまり読書のできなかった五月。仕事の本も読んでいるので、無読というわけでもない。

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今週の戯れ歌

意味もなき人生を生きる我なれど優しき人の我を支へむ

「中山式」の看板懐かし東京駅その意味するところは未だ知れねど

目を細め看板見上げ戯るるあの一時のかけがえもなきを

我が膝の悪しかる様を伺いつ共に歩ける一時のあり

人たちと対して行くには面倒と感じることの多き我なる

独り酒独りで飲みて人生の退屈なるを暫し慰む

二十年隔てて友の形見来る嗚呼己も又直ぐに逝かなむ

若くして逝きし友あり疎略なる最後の別れをただ悔やむのみ

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読書の記録(2018年4月)

国鉄電車ハンドブック(旧型電車編)
鉄道ピクトリアル 飯田線特集
昔昔買った本。飯田線関係。最近買った宮下洋一氏の本を読んで、昔の本も読んでみたくなったのだが、やはり情報量に格段の差がある。(時代もあって仕方がないのだが)。
ハンドブックは1971年初版だけあって、多くの車両の様子が宮下本と異なる。例えば、クモハユニ64はまだ岡山におり、飯田線のスカ色塗り分けは、車両前面において扉を貫く直線塗り分けである。また、運転台窓をHゴム化している例は少ない。そうした違いも含めて、どちらも楽しい読み物なのである。

マエストロ さそうあきら
古書店で購入。指揮者とオーケストラの一断面を描いていて、面白かった。
私の経験から言えば、良い指揮者には、本当に地獄の底までついて行きたくなるものである。一方で、思い出したくない方も、思い出すだに哀れをもよおす方もなくはない。
この漫画の主人公天道は、特定のモデルあっての人物像ではないと思うが、それを分かった上で、どこに源流があるかを考えるのはなかなか楽しい。シューベルトとベートーヴェンのカップリングとして、私は、クレンペラーがウィーンフィルハーモニーを指揮した録音を思い出す。また、独自性の強い指揮者が非力なオーケストラを指揮した例としては、例えば、ケーゲルの指揮した運命を思い出す。また、打点を出さない振り方という点では、クライバーの映像が忘れらない。(あえて邦人指揮者に言及しない)。
この漫画において、楽器が相当きちんとした形で描かれているのは嬉しい。でも、弦楽器以上に管楽器のフォルムが良いのは、この作者がブラスバンド出身であることを示すものかも知れない。こうした細部の描写が、筋の(良い意味での)荒唐無稽さをうまく現実に着地させる。
さあ、演奏活動から離れつつある私は、この漫画を読んで、心を入れ替える気になるのであろうか。

陸軍よもやま話 棟田博
古書店で百円で購入。基本的には戦前の多少のんびりした兵役の話であり、日中戦争時に応召した話が加わっている。読み易い文章ではあるが、さまざまな軍隊知識を読者に要求しており、現在の若い人が読んで簡単に理解できるような記述ではないだろう(この点は、「戦争入門」が適しているか)。
ともあれ、非戦時と戦時の違いや、「戦闘」だけではない、将校集会所の話等、むしろ新鮮に感じるのであった。


某日、列車内で「失われた時を求めて」岩波文庫版第六巻を読んでいる人物を発見。偶然にも同じ駅で降りたので、つい声をかける。現在二年目とのこと。私はちくま文庫全十巻を三年かかって読んだので、おおむね同じ旅程であろうか。二十年以上昔のことであり、巻ごとの中身は思い出せない。六巻ならばソドムとゴモラまで行っているであろうか。名も知れぬ御仁であるが、同好の士が近くに居られることに意を強くする。

神田神保町の古書店で、大蔵経一冊五百円也で、数十巻。私にはこれを読めるほどの学問はないのだが、興味本意で覗いていると、「これは安い」と言いつつ過ぎる人あり。どうやら、毎日新聞社の資料室からの放出らしい。ジェーンの鉄道年鑑もあった。もちろん買うこと能わず。「勝海舟の嫁 クララの明治日本日記」の上巻のみを発見し、購入。下巻も読みたくなれば頑張って探そう。

ユジク阿佐ヶ谷で、クルテク、アマールカ等チェコのアニメーション映画を見る。現代的ではい緩やかな流れは、話を追う者にはまどろっこしくもあるが、絵の色調と相まって詩的でもある。幼い頃、クルテク(もぐらくん)がズボンを作る絵本を好んでいた。そうしたキャラクターに年長けて巡り会うことができるのも、幸いである。

読んでいないことはないが、読んでいない私。その他、昔読んだ本や昔買った本をめくり見た、とのみ書いておこう。ステープルドン「スターメイカー」はなかなか進まない。

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今週の戯れ歌

特段の面白き事なき夕べかな地球の上のどこにでもある

雲白く今此処のみの装ひに失つた時を思ひ返しぬ

異星には異なる空のあるならむ足下に踏める土は無くとも

黄金なる酒に向かひていふ事なし心の隙間少し満たせよ

どの親も歳半分の子を愛し嗚呼あの頃は良かつたといふ

パスカルは虚しさにつて語りをり長く読めども学ばざる我

生きるとは虚しくありて虚勢張りその虚しさを虚しうすること

生きるとは自己嫌悪して時を過ごし反省なきまま日を過ぐること

人生に様々な局面あり知らぬままに過ぎたきこともあつたかも知れぬ

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今週の戯れ歌

樹の中に丸まつちいのが二羽三羽寒雨に濡れる街の片隅

この人は我を見切らる人ならむ見切らる我は少し悲しも

昔我楽器を弾ける自覚あり今在る我の同じからざる

楽器弾かぬ我在ることの思はざる今在る我は思はざる我

我は何か我が在ることの意味はあるか我は己を侮蔑しつつあり

我は在る我に望みのあらざれど我は只在り只在るがまま在り

昔我只生き抜くを事として人殺めるも覚悟のうちなれ

知らぬ街の夜道伝ひて探し当つ宿にある我心細くも

どの場でも我は我なりさはあれど我の縮めることも見るあり

我将に信用せざるは我ならむその余の人と較べられざる

我は我の表も裏も知られける忘れたき事数多ありつつ

酒飲みて語れる事の常に常に後の我には恥ずかしかるべし

生きる意味の興味も持たぬ輩とは同じ席には居るも辛かり

昂奮の峰の向こうに空疎あり我が在る真の何れなるかな

我の知らぬ遠いどこかにあると云ふ黄金郷の手も触れざれば

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読書の記録(2018年3月)

ゲーデル・エッシャー・バッハ ダグラス・ホフスタッター
2012年版。ようやく読み終えた。mu-システム云々のような部分を完璧に理解した気は全くしないし、適当に読み飛ばしたのは事実だが、一応はソフトウェアについて勉強したこともあり、システムの階層性についての理解はあるつもりの読書ではある。また、「音楽の捧げ物」からトリオソナタと六声のリチェルカーレを弾いたことがあり、かつまた、ジグソーパズルを通してエッシャーの版画の細部に目を通す機会があったという、選りすぐりの読者(であるはず)の私なのである(笑/泣)。
楽しくも苦しい読書であったのだが、再度の人工知能流行りの時代にあって、この本の意義があるかと問われると、これだけ長い書を読む必要があるか疑問である、と言わざるを得ない。
本日、偶然マーチン・ガードナー「円周率と詩」に、GEBの記事があるのを見つけた(昔目を通したはずだが、全く記憶がない)。

ドローセルマイアーの人形劇場 斎藤洋
借りた本。ホフマンの愛読者であれば、題名だけ見て何をか理解するであろう。静かな本。背景が見えないので、いつの時代のいつの人物かあやふやな雰囲気がある。
私は、E.T.A.ホフマンの愛読者であるので、(また、「ドロッセルマイヤー」表記に慣れ親しんでいるので)、少々物足りなくはあった。

殿様の通信簿 磯田道史
古書店で買った本。非常に面白い。各種一次資料に当たり、立体的な人物造形を見せてくれること、深い知識から、多角的に時代を浮き彫りにする点等、磯田師の書は読まざるべからず。

日本渡航記 ゴンチャロフ
古書店で買った本。川路聖謨の逸話で有名である(と私は思っている)が、それはほんの一部にしか過ぎない。また、ペリー来航と並行して、というよりも、ペリー来航を米国議会で決定したとの報を受けてロシア側が急いで派遣したプチャーチン艦隊ではあるものの、ヨーロッパの戦争と合わせて英仏艦隊から逃避するなど、まさに世界はつながっているということを思わせるものである。
元々が、祖国にいる人々に向けて書かれた手紙でもあり、深く分析的であることはあまりないが、小笠原や沖縄の文物を描き、鎖国を解こうとする諸外国に最後の抵抗を試みる日本が描かれており、それはそれで面白いものではある。

忙しいなりに読書ができて良かった。

私が、初めて手に入れた鉄道模型の車輛はキハユニ26であった。今回のクモハユニ64と合わせて、合造車は一両で色々積み込めてお得である、という貧乏性丸出しな私である。そういえば、当時模型化されておらず、なんとか作りたいと思ったオハユニ61が製品になっているという。これもまた手に入れてみようか。

ロシアのドラマを見ている。
https://www.youtube.com/watch?v=eOqOLdfIJjc
ロシアの風景やロシア人のあり方に興味がある。40分のところで、弾くアコーディオンがドヴォルザーク「こんな女に誰がした」とつい歌詞をつけてしまう。これを弾いている女性兵士は、音楽学校出身だが、二年間も爆弾運びをしていて、もう楽器を弾く気にもなれない、と言っていたのではあり、その意味でも「こんな女に誰がした」とは意味深長である。
苦労人の現地指揮官、ウザい政治将校、粋がる若者。航空兵らは風呂にも入れて綺麗だが、不時着した先の塹壕戦は夜も寝られず苦労している。
女優MARIA ANDREEVAさんがとっても素敵。
http://www.kino-teatr.ru/kino/movie/ros/ser/112941/foto/a30159/689406/
http://www.listal.com/viewimage/2439020

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今週の戯れ歌

茜差す崖に連なる烏瓜我が手届かぬ赤き輝き

いつしかも冬来にけりと烏瓜枯木の梢にひとつ輝く

地獄落ち決まってゐると人の言ふ我が身顧み覚え少しは

実り無き会話続ける虚しさの我に慣れた事の無かりし

久方にうたを詠まむと覚ゆれど久方なれば心許なし

あらばあれなからばなかれいずれとも我の決め得ぬものごとなりけむ

長らくの出張暮らしの終はりぬれば明日会社行く我を思へり

この町にまた来る事のあらざらむ我持つ縁のいと細かれば

行く列車来る列車あり暇(いとま)無く人の出会ひと変わらざりけり

我が町に来る旅行者がに我はただある風景ならむ

いつか我もしも遊びに来るならと思ひしことの少し楽しき

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読書の記録(2018年2月)

言語設計者たちが考えること Masterminds of Programming
古書店で買った本。多くの言語設計者へのインタビュー。言語そのものの説明はほぼないので、背景知識がない者には読み難いであろう。
インタビュアーも翻訳者も相当の知識が要求されると思うが、大いにその任に応えていると思う。
こうした記事はネット上には散見されるが、こうして多くの言語についてまとまって読めることは大変ありがたい。

太宰治の辞書 北村薫
買った本の再読。初読では、久しぶりの嬉しさに、雰囲気だけで読んでいて、論理を追っていなかったからね。再読でももちろん面白かった。(江美ちゃんにも会いたかったし、「私」の配偶者の隠されているっていったら、もう)。

モサドファイル
借りた本。面白いことは面白いが、人の多く死ぬることは快くない。
例によって訳語が気になるが、信憑性そのほかこだわるべきではない書のようにも思う。
 爆発レンズ 爆縮レンズ
 イスラエルの安全保持 イスラエルの安全保障
 終結した大部隊 集結した大部隊

大人のための国語ゼミ  野矢茂樹
買った本。ある種レッスンに埋め尽くされた「論理トレーニング」の軽い入門といえよう。入門書として良書であると思うが、言語技術のような体系性の裏付けよりも「気持ち」を重視しているのは、一般向けとしての便法であるのか、著者の根本的な信念なのか、少々気になる。(どちらであっても構わないが)。
今のところ冒頭のみ読んだところ。

日本渡航記 ゴンチャロフ
古書店で買った本。まだ前半。なかなか面白い。


中古で鉄道模型の車輛を買った。クモハユニ64000とクハ68400のセット。欲しいと思っていた横須賀線色。私にはクモハユニ64の茶色時代を見た記憶がある。正確には、飯田線の下り列車に乗っていて、天竜峡駅の辰野側留置線に茶色の車輛を先頭にした列車がいるのを発見し、後々調べて、それが多分飯田線唯一の茶色い営業用車輛クモハユニ64であることが知れた、ということである。1984年2月のことであったと思う。

割合に新しい製品であるのに、何故中古品になってしまったか考えてみた。きっと、横須賀色を購入してしまった後で、茶色版が発売されることになったからであろうと思った。私も茶色を見ているので、茶色も良いと思いつつ、後年仲間と同じ横須賀線色に改められた美しい姿の方を手元に置くのが良いとも思っていた。繊細で美しい模型である。

昔のNゲージも素朴かつ温かみがあってよかった。それは、たとえば、木炭画が粗いと言って怒る者はいないのと同じである。今の関水金属製Nゲージの繊細でかっちりとしつつ、そうであり過ぎない様は、昔とは違うという寂しさを超えて、背筋を伸ばして覗き込みたくなる魅力を持ったものである。

汽車遊びとは随分遠ざかっているけれど、他に遊びも知らぬゆえ。といったところである。流行のお陰で、私が好むような飯田線の電車が製品化されるのはありがたいものである。(スクラッチビルドを行う技量はとてもないので)。C51、8620、6200といった英国流の蒸気機関車があれば鉄道模型の世界に戻るのに、と思って久しいが、それはそれで良いのかもしれない。

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今週の戯れ歌

いま一度あの人のピアノで歌いたきは「行こうふたたび」憧れに担われて

あのひとの我を見つめる眼差しの未だ夢に見ゆ万日を超え

夢だにもあのひとの我が前に唯あれば我が生涯の少し意味あり

我が記憶忘れずにあれあのひとの瞳の奥の謎の輝き

寂しかる日々にありては夢に見るあの女性(ひと)の眼差し我を慰む

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