今週の戯れ歌

世に在りて行なひも良き積もりなれど巡り合わせの良き事ぞなき

詰まらない奴に限って人を否み己が心の支えとするらし

馬鹿者と接していると伝染るとやさもありなむと我が身省み

見世窓の猫動かざり電池切れ冬日の中の一場の夢

何となく心寂しき思ひありさしたる訳とてありはせねども

夢の中でひとつ予定をすっぽかすかくも仕事に悩める我なり

朝ぼらけ人待ち顔に駅に居る若き男子(おのこ)の我が姿哉

ゆったりと本線に出る緩行の拍手無き程名優なるべし
(河村かずふさ「シーナリィー・ガイド」に想を得)

悩むとは堂々巡りと斬り捨てた若き日の論理に今は敵わじ

こんなにも天気の良い日はあの町へ行きたいお弁当を持って

二杯目は安い酒でも満足す一杯目だけは良い酒を飲み

空き腹に酒入れたるも苦しくて何はなくとも肴の良き哉

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読書の記録(2010年1月)

2010年の目標は読書の記録を付けること。年間に何冊読んでいるのか、知りたいから。ただそれでけでは勿体ないので、少しだけ感想やらを記すことにする。

1/1 海辺の小さな町 宮城谷昌光
  宮城谷らしい緻密な小説。写真撮影の方法論に執着するのが意外だったが、写真雑誌に連載されていたとのこと。
 私は、この人の歴史小説を読んだことが殆どない。書きすぎない文章はよくこなれているが、ひらがなの多用を読みづらく感じる。
 この人の歴史書でない「クラシック千夜一曲 — 音楽という真実」も面白かった。
 古本屋で100円だった。

1/6 日本の秋 ピエール・ロチ
 素晴らしいSFのような明治の日本。江戸や平安の面影を遠くに残しつつ、鹿鳴館では舞踏会が開かれ、人力車に乗った西洋人が集まると、弁髪の清国大使一行が現れると言う、想像だにできない物凄さ。(テレビドラマ「坂の上の雲」でその一部をなかなかよろしく再現していますが、もっと陰影の濃いのが良いなあ)。
 ロチの素晴らしい観察眼、そして、詩魂。読まざるべからず。
 書店の古本コーナーで300円だった。

1/7 ボートの三人男(犬は勘定に入れません)
 イギリス風ユーモア。モンティ・パイソンもMr.ビーンも、ウッドハウスのジーヴズもみんな仲間だ。凄いぞイギリス人。どいつもこいつも駄目男。ボートの三人男はシャーロック・ホームズと同時代人だと思うのだが、腑抜けの具合はここで挙げた二十世紀〜二十一世紀の連中と変わりないぞ。こういう国民こそ長い踏ん張りが効くのだろうか。
 以前正価で買った。

1/11 怪盗クイーンはサーカスがお好き はやみねかおる
 日本風(?)ユーモア。現世は金銭主義のようになってしまったので、美学やロマンを標榜できるのは、おとぎ話だけになってしまった。
 図書館で借りた。

1/13 デッドライン トム・デマルコ
 プロジェクト管理のおとぎ話。大変面白く、教訓に富んでいる。読み易くてためになるのだけれど、一人でこれを読んで、一人でこれらの内容を実行できるかというと、決してできはしまい。組織の文化的背景に関係する部分が大きく、結局、直接役に立てられるところは少ないだろう(甚だ残念ながら)。
 10年程前に正価で買った本。あの頃はこんなことを勉強していたのだね。

1/16 千一夜物語 (岩波版、第一巻)
 昔に変わらず面白かった。闊達で、荒唐無稽で生き生きとしている。仕事の行き帰りに読むには丁度良い。
  随分以前に買ったもの。

1/17
風をおいかけて、海へ! 高森千穂
不思議メッセンジャーQ  人形は月夜にほほえむ 斉藤洋
 最近の子供達は良質の書物がたくさんあって羨ましい。私が子供の頃は、なんとなく暗さの感じられる本が多かったように思うが、それは、書物とは関係のない、私だけの感懐であるのだろうか。
 ともに図書館で借りたもの。

米朝よもやま噺 桂米朝
こちら葛飾区亀有公園前派出所(読者が選ぶ傑作選)
 いずれも古書店にて買ったもの。
 「ざこば」というのが「雑魚場」であったとは、目から鱗。
 「こち亀」のうち、思い出ものは好みにあう。それ以外も含め、実に荒唐無稽で面白い。

NHKきょうの料理 1999年11月
 当時買ったものであろうが、あまり読んだ記憶もない。なかなか良さそうな料理が多いので、来週の休みに試みるつもり。10年前の本とて、紙質が相当良いので、さして古びた印象を受けない。まあ、終戦直後の岩波文庫等と比べるのがよろしくないのであろうが。
幼い頃、家にあった「きょうの料理」のうち、お菓子の特集号に魅入られていた。こんな素敵なお菓子を作ることができるなんて、夢のようだと思っていた。料理をすることが苦にならなくなったのは、この時の憧れも大きいようだ。

1/22 千一夜物語(岩波版、第二巻)
 第一巻に続けて面白かった。でも、朝の通勤電車で読む様なものではありませんね。開けっぴろげて楽しいけれど。人間の弱さに対して正直である点において、中東人は関西人に近いような気がする。

1/24
復活 虹北学園文芸部 はやみねかおる
ふしぎメッセンジャーQ かえってくるゆうれい画 斉藤洋
ズッコケ 海底大陸の秘密 那須正幹
トイレの秘密(学研まんがでよくわかるシリーズ)
 子供の本にも付き合っています。読み易く、暢気でよろしい。

1/25
与太郎戦記 春風亭柳昇
 以前買ったのが「陸軍落語兵」であるか思い出せないままに、古書店にて買ったもの。うまい具合に、両者かちあわずであった。私は、この人の落語が好きである。飛行機の中のラジオ番組(?)で、軍隊時代の毒薬が仏壇に隠してあって云々、というのがあった。また、高座でも「そして以前は陸軍軍曹」といった台詞を口にしていたように思う。なぜ、新作に志したか、あるいは、新作に志さざるを得なかったか、やっと知れた。戦争とは、そう遠い日の出来事ではなかったのだと思う。

少年時代、性に眼覚める頃、或る少女の死まで 室生犀星
こういう本が読める様になるとは思わなかった。我が若き日の入学試験で、室生犀星の文章が出た事があり、その叙情性に感銘を受けた。もう忘れかけているけれど、髑髏や風車が出て来る散文であった。懐かしいそれを探しつつ、これらの文章を読んだ。
こうした書としては珍しく図書館にて借りたもの。

1/31 怪盗クイーンと魔窟王の対決 はやみねかおる
子供の本ばかり読んでいて、ちっとも自慢にはなりませんが、これが、私の1ヶ月の読書でした。

その他、今月は、氷川清話(勝海舟)、数のエッセイ(一松信)、こわれた腕輪(ル=グウィン)、宇宙創世記ロボットの旅(レム)、等を拾い読みしました。

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今週の戯れ歌

我が心定まらぬまま年を越し定まらぬまま年を始めぬ

今少し考える時間の我にあれ心の整理の必要なりせば

美しきうた詠みたしと思へども我が内心の雑然たるかな

我が心定まることのありやなしや不確かな時を送り重ねて

世の中は未だ休みらし仕事行く我に一抹寂しさのあり

背の伸びし息子にコート買ってやり上から言われる謝辞の寂しき

給料が下がるといへり贅沢を知らぬ我には何も返せず

人と人に信頼関係を求めるのは唯甘えだろうかそんなものか

死に体を整えていると我は思う退職届を出す日を数えて

詰まらない奴を相手に職を賭す我は豪儀な賭博者なるべし

選択は合理性より好悪なる我生きて居る合理性のなし

人間は心の傷を厭へれば心の傷を認めたりせず

指先のささくれ手袋にひっかかり少し痛むも冬の道行き

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Beethoven, and so on.

いつものように解説じゃない解説。
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音楽にはいろいろな「らしさ」がある。

ベートーヴェンにはベートーヴェンらしさ、ドヴォルザークにはドヴォルザークらしさ。

それを感じたいがために、楽器を弾き、いろいろな作曲家の曲を弾いてみようと思うのだ。

そしてまた、作曲家が楽曲を書く時、どんな楽器でも指定できるのに、わざわざ、弦楽四重奏を選んだということは、作曲家が弦楽四重奏らしさを求めているということだ。

でも、弦楽四重奏らしさって、なんだろう。

自分がチェロを弾いていて、大きな音程の跳躍があった時、時間をかけて跳躍をするのが普通だ。だって、作曲家は、チェロの特性を知らずに書いたはずはないのだから。そしてまた、人声をはじめとして、音程の跳躍は、それだけの緊張感や高揚を必要とするし、それにはそれなりの時間が必要だからだ。

そういうことを思いつつ、弦楽四重奏をするにも、どちらかというと、相手志向でものを進めていた。それをもって「アンサンブル」ができるようになったと思っていた。

でもね、或る日、弦楽四重奏のレッスンに行ったならば、やんわりと否定されてしまったよ。
完全否定ではなかったけれどね。「安全運転し過ぎ」って。

確かにな、そうだよな。

音楽としての全体の流れがあって、その同じ流れの中で、相手も自分も浮揚している、そういう感覚も大切だ。そして、浮揚をどちらが先んじてするかは、流れと相手と自分があっての平衡であって、どこまでその平衡を崩しつつ立て直せるかが「アンサンブル」の楽しみなんではないかなと思ったりする。ちょいと溺れてみるのも、思いのほか、洒落ているかもしれない。

そう言えば、前々回のバルトークで、お客さんが手に汗握って、面白かったっけ。狙ってやったことではないけれど、お客さんも(弾いている私らも)心臓ばくばくで、終った時に、喜んでもらえた(嬉しかった)のは、そうはない体験だった。そういうのもあって、やはり「ライブ」のお楽しみなんだ。

閑話休題。
弦楽四重奏とは何か、弦楽四重奏らしさって、なんだろう。今しばらく考えてみたい。
どうやら、とても面白そうな問いだから。

ベートーヴェン弦楽四重奏曲第三番 ニ長調 作品十八ノ三
第一楽章 Allegro
冒頭ののびやかなのか窮屈なのか判らない不思議なパッセージで始まる。ちょっとハイドンの「日の出」みたい。ベートーヴェン氏は、自分の話を聞いて欲しいタイプだったのだろうと思います。それがため、色々な話法を繰り出して、相手の耳をそばだてさせる。いや、良い奴なんですよ。

第二楽章 Andante com moto
いつものベートーヴェンの緩徐楽章。こういうのが好きだ。私は、こういうのが弾きたいのである。そして、ベートーヴェンは初期にしてこの風格。この豊かな歌がもっともっと続けば良いのにと思ってしまいます。中期ベートーヴェンなら、この三倍の長さで書きそうですが、思いの他あっさり終ってしまいます。

第三楽章 Allegro
一応伝統的メヌエット風だけれど、やはりベートーヴェンの雰囲気が横溢している。いわゆるトリオではなく、短調と長調の変奏がついているところが、中期の弦楽四重奏にも似ている。交響曲におけるスケルツォ楽章は専らベートーヴェンの発明になるらしいけれど、このメヌエットも少しスケルツォに通じるようだ。いわゆる古典舞曲の謂いではない。

第四楽章 Presto
ベートーヴェンらしい、拍のずれた変な曲である。楽し気だけれど、余人のつけいる隙がないというか、この雰囲気はシューマンにも通じるのかも知れない。人文主義的な「フモレスケ」よりも、ちょっとラリって楽し気な「ユーモア」に近い雰囲気。で、ありながら、忘れずに小難しい顔もしてみせる。「根は陽気な教養おじさんが、小難しい顔をして酒場で冗談を言っている」という一文(実はヒンデミットに対して言われたもの)を思い出させるものです。

普通、弦楽四重奏曲第三番として数えられているものの、実は最初の一曲だったそうです。近いところで、交響曲第一番は作品二十一、ピアノソナタ第八番『悲愴』が作品十三番だそうです。恥ずかしながら、私は「悲愴」と「熱情」の区別がつかず、ついでに「月光」は「激昂」と思っていた時代がありまする。だって、ベートーヴェンなんだもの。
(もろもろの情報についてはWikipediaに教えられました)。

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今週の戯れ歌

保護モード優しい響きの用語あり甘える気持の我に湧き出ず

限界と何が決めるか知らないが私の心は一杯である

虐げるのも虐げられるのも嫌たとえ一生を棒に振っても

耐えよとて世に送り出す気もないのにそうなったのを許して欲しい

賞与なく今年の冬は過ごすらむ買うべきものを先に送りて

何となく虚しき思ひを抱きつつ日曜の夜の床に向かへり

色々の事したいとは思ひつつ仕事の為に寝るも虚しき

もの作る仕事をせむと若き日に志したるを何時違えしか

正月に百人一首を覚えむと娘にうたを選ぶ楽しさ

責任とは不利益を受く事なりと法学生と話す日もあり

同じ陽に夕映えを見る人もあれ冬の朝日に息白くして

雲の峰今宵の雪の前触れか

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今週の戯れ歌

(携帯電話)
携帯の通信量を比べれば私は妻の百六十分の一

子を抱いた若妻の夫に手を伸ばす恥ずかしがらずに握ってやれよ

いつもとは違う頭を使いたいと飲み屋を捜して町をうろうろ

熱あれば時の流れも異に思へくさめ有りこれ生きる証しか

私の中でひとつの気持が死んで行ったこんな事が何度あるのか

仕事からは少し距離を置こう生きる為心健やかであらむ為に

体中を使って考えているさもなくばかくも体は痛まざるべき

我を賭けて為すべき仕事と思へねど賭けたる我もまた乏しきかな

省みて我小人であればこそかくも心を労すものなれ

炬燵なく長椅子もなき我が家なればごろ寝するのも簡単ではない

暖かき心を持ちて生きていたい冷たき手指に息吐きかけながら

人らしき仕事を望む我なれど左様な仕事に恵まれもせず

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今週の戯れ歌

人生にはさういふ面があるさう思ふしか無いではないか

週末にインクを注ぐを忘るればやる気も早く枯渇したりき

人と人の諍いに我は挟まれぬ頑ななるは人の心よ

長らえば又この曲も弾くであらう同じ気持は抱かざれども

何時如何に我はこの世を立ち去らむ為すべき事を指折り数えて

諍いを何より厭ふ我なれば辞表のひとつも懐中にあり

諍いて何が嬉しきものなのか諍いのある家に育ちて

父母の諍う言葉を書き留めて寂しく眺む子供部屋哉

諍いを避ける努力を無にされてそれは私の最後の一線

人と人の諍いの中に我ありて己が幼き日々を思はむ

折れ合えぬ事ありと人言ふならばその応報をその身に受けよ

人と人の諍いの場を立ち去れば我に嬉しき家族の待ち居り

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2009年のまとめ

例年どおり、2009年のまとめです。まあ、年齢相応に失速して来た感は否めません。

◆音楽(弾いて楽しむ)

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第15番
 難しい曲でした。1月に弾いたので、遠い昔のように思います。

ブラームス クラリネット五重奏
 これまた難しい曲でした。以前から弾きたい曲だったので、大望を遂げた思いがあります。でも、やっと噛み合わせが判ったという程度でもあったので、もう一度弾きたいものです。

レッスン
 チェロの個人レッスンに就きました。ひとつの曲を人に精密に聴いてもらう前提で弾くという体験が絶えてなかったので、緊張しました。レッスンに繰り返し行く程、日々の練習が出来ているとは思わないのですが、きちんと弾く習慣、きちんと弾く意識を持つ習慣ができるだけでも良いと考えております。ともあれ、楽しく練習ができているので、良しとしましょう。

その他
 ピアニストに遊んでもらいました。ベートーヴェンのピアノソナタ第二番を弾いたのですが、色々発見があって面白かった。ベートーヴェンは、この水準を考えつつ四重奏を書いている筈である、ということを痛切に感じました。

◆音楽(聴いて楽しむ)
演奏会にはちっとも行っていません。酷いものです。

西村朗と吉松隆の対談を読み、私と意見が近そうな西村が好むというボロディンやら、ハチャトリアンを聴いています。でも、音楽は吉松の方により親しみを感じそうなところが、複雑であります。

ボロディン 交響曲第二番
 ロシアらしい素晴らしい曲。ヴィオラ弾きなら惚れると思うのだが。

ハチャトリアン 仮面舞踏会、幸福の頌歌
 例の仮面舞踏会。これを純情可憐なお嬢さんが踊るのは、没義道だと思う。このワルツは、物凄く「悪者」の雰囲気がする。悪い。悪過ぎる。否、これを・・(以下際限のない繰り返し)。
 もう一つは『幸福の頌歌』。ヴァイオリンが四十とハープが十本に独唱と管弦楽という物凄いもの。昔々、夜中に海岸近くを車で走らせていて聴いて、忘れ難い印象を得ている。まさかこんなもののCDを買う事ができるなんて驚き。しかも同じ演奏だ(まあ、自作自演以外有り得ないような曲ですが)。

キューネル、マレ(平尾雅子)
相変わらず、ヴィオラ・ダ・ガンバに惹かれております。私には、チェロの張りの強さは、過酷に過ぎるのかも知れません。もはや叶わぬ夢とも思いつつ、ガンバに憧れる日々です。学生時代、大学のオーケストラを「脱走」した後輩が、ガンバ弾きになって、古楽器研究会の演奏会に誘ってくれたのにね。本当に惜しい事をした。

◆読書
ぼちぼちです。

デュ=ガール チボー家の人々
 久方に小説らしい小説を読みました。第一次世界戦前〜半ばにかけての、欧州の変動に巻き込まれて行く人々。

スタニスワフ・レム 泰平ヨンの航星日記
 相変わらずのレム節。嬉しくなってしまう。ユーモア小説の書体をとりつつも、人を思索させずにはおかない。「地球には生命は有り得ない」論証なんて、本当に楽しいです。

ピエール・ロチ 秋の日本
 「逝きし世の面影」もそうですが、もはや有り得ない日本を追うようなものを読んでいます。考えようによっては、とんでもなく想像力に富んだ作家によるSF小説のようなものです。ロチには、差別的な視線もあるものの、その一方で、詩人ならではの洞察力や詩心を見せることも多く、非常に面白いものです。鹿鳴館の描写、京都、吉原、日光。そして、そこに生きる人々への眼差し。
 その他、「戊辰物語」のような幕末ものを繙いています。

比類なきジーヴス (国書刊行会ウッドハウス集)
 「ボートの三人男」に表現されているイギリス人の間抜けさは、非常に愛好するところですが、「比類なきジーヴス」もまた、それに列するものです。面白いシリーズなので、急がず少しずつ読んで行こうと思います。

◆その他
歳を取り、昔のことを思い返すことが多くなりました。同窓会に出る様になったのも、この数年です。

また、懐かしい人々を尋ね歩きたいと思っております。会えるうちに、会える人にあっておく、というのは、私がかつて思っていたことではありますが、今になって、また、身に沁みて思うことでもあります。

いわゆる工作ものは殆どしていません。12Vの直流電源の上に、銅線(より線のうちの細い一本)を落としているのに、気付かずに通電したため、破壊したのが、夏休みのことで、以来、意気消沈しております。本当に間抜けですね。注意力の低下がこの数年で露呈してきました。

料理はそこそこしていますが、新機軸にはなかなか辿り着けない。細君と子供達は、ピザやケーキ作りの経験を積んでいるせいで、粉ものの扱いに長けて来ておりますが、私は遅れをとっております。

体も心も耐久性は有限であるということがよく判って来ましたので、それらの許容範囲内でぼちぼちやって行こうと思っています。それ以上の事は望むべくもないということです。

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今週の戯れ歌

お父さんと呼ばれる事の嬉しさに休みの日には早起きをする

一日が一年が又過ぎて行く生きるというのはこういう事か

淡々と生きたいと我願いつつ一杯の又一杯を呼ぶ

自分には何が出来るかしたいのか考えずには居られざる我

命によりいのち供せし人の有りし平和なる世の有難きかな

生きるのに意味があるとは思っていない意味がないのに何故生きるのか

貧しくも好きなるままに生きて行こうでも好きなことが見つからぬ

我は信ずサンタクロースは存在すその又の名を愛と言ふべし

風に乗って焼鳥のにほひ我に至る寒さ身に沁むしはすなるかな

出来ぬ事の出来ぬ理由は出来ぬから出来ないことを出来るというな

包丁を研ぎ肴らを用意して一杯やるも楽しき夕暮れ

自らの好める肴誂えて料理の出来る我が身の幸せ

何事も早速実行してみよう標語作りの三十一文字

何故なのか日々要求の高くなり我の望まぬ方へ傾く

世に在りて我の望みの少なかれど我に望まる事の多かり

年長けて己が心の小ささを幾度ともなく味合わせられ

この先を二十年生きる宛がない明日の自分ですら判りはしない

生きるとは如何なることかと問はれても我に返せる言葉だに無き

様々の不安を我は抱きつつそのやり場なく日々を送れり

何事も勿れと祈る日もあった神仏こそは信ぜざれども

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今週の戯れ歌

おぼろなる月の明るく天に在れば我が道行きも少し楽しき

忘れ物の大なることに戸惑ひて歳長けたるを寂しく思ふ

時に依りて胸の痛みの我を衝く思ひ返せる故は無くとも

平日に出掛けるは良しと退職者心寂しく端で聞く我

自由なる時間の我にわづかなれば生きる意味こそ問いたくもなり

楽器持つ人のありせば何となく親しみ深い気にもなりたり

やらせれば何でも出来ると言ってくれたあの一言は心の支え

子供等に御馳走すると言うままに果たせぬことの心苦しき

生垣に郁子(むべ)の実の生る秋の日にふと思い出す美しき人

毎日を同じ中身で送るれば何時か我にも末期の来れる

(十一月十一日)
揃い目の誕生日の奴が居た今頃何処で何して居るやら

目の前の問いを解くのに熱中し大問題を忘れるも良き

丁度良い問題なんて有り得ない難しすぎるか詰まらないのか

適当に適当に生き四十年切実な事も少しはあった

寝て覚めて唯仕事する毎日に己の虚しうなると思ほゆ

スイッチの入る様にして朝目覚め切れる様にして夜眠る唯それだけが人生なのか

生き急ぎうどんを好む友のあり

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