読書の記録(2017年8月)

朝、上海に立ちつくす 小説東亜同文書院 大城立裕
古書店で買った本。東亜同文書院については、かねて断片的に知るところであり、当然その興味で読んでいる。上海にあって、各県給付生、台湾、朝鮮から来た院生がいるものの、中国人は一時期しか在籍していなかった等、耳新しい情報もあった。
また、日本/中国(国民党と共産党)/朝鮮/台湾/沖縄(中国から見ると琉球)のそれぞれのあり方が、描かれているのが、今は亡き書院のあり様を伝えているものとして貴重である。
ただし、小説として食い足りるものか、といわれると少々難がある。書かずもがなの内容もあり、また、小説としてみるとさらに掘り下げて欲しい部分もありということである。

ニュクスの角灯 高浜寛
1から3巻を読む。買った本。面白かった。が、面白かったが故に、少々難をつける。明治初期の人々の考え方や言葉遣いが、我々二十一世紀の人間と同じであることは、私のような年寄りには少々気持ちが悪い。明治初期を舞台にした楽しい仮装(仮想)パーティー、あるいは、現代語翻訳された映画を見ていると思えば良いのやもしれぬが。戊辰物語、明治百話、海舟座談に垣間見られる江戸と明治を生きた人々との連関が見つけづらいのは少々悲しい。と、思わせるほどに、面白い話なのだ、ということではある。
「おたまさん」の表情が雅で悲しげで美しいなあ。いい加減に設定された登場人物や情景がないことは読んでいて気持ちが良い。

水滸伝 岩波文庫第九巻・第十巻
以前買った本。古書店で百円の類だ。
これもまた口承文学の習いで、常に最上級の表現が並んでいる。現代人は「何度も最上級が出てくるのはおかしい」と思うわけだが、例えば、十日に一遍、市場が立つたびにやってくる旅の講談師が街角で口演しているのを、綿菓子でも舐めながら聞いているならば、情景が眼前に浮かんでくるのに集中して、前回、前々回との脈絡など気にしはしないだろう。これは、イーリアスでも、西遊記でも、水滸伝でも同じである。
(そういう意味で、南総里見八犬伝は、浜たかやという現代語へのよき翻訳家に恵まれ(さらに、山本タカトという稀代の絵師に巡り合って)本当に幸せな物語である)。

ねじまき片思い 柚木麻子
以前古書店で買った本。なかなか面白い。与えられたお題がどういうものか確とは知れないが、少なくともミステリー雑誌において、女性が主人公であることという条件で書かれたものと思われる。職業作家というのは、こういうことが出来なければならないのだと感心。

気候の文化史―氷期から地球温暖化まで ヴォルフガング・ベーリンガー
買った本。翻訳者のみなさん語学は達者でいられるが、科学に関する素養はあまりないらしく、用語や言い回しが理系の者には極めて不自然で読みにくい。特に最初の二章は原語の文章をよく理解できていない人が書く和文そのものである。自分がそれなりに触れたことのある分野ならば、修正しながら読むことで、(原文からみた)誤読を減らすことができるかも知れないが、己の知らない分野であれば、お手上げであり、それを思っただけで怖くて読めず、泣きたくなるのである。編集者はきちんとついたのだろうか等々心配でならない。
古書店で百円であったならば文句は言わないが、正札で買ったのであれば、愚痴も言いたくなる。

ドラネコぐんだん パン屋の巻 工藤のり子
借りた本。楽しかったです。パン屋といえば「からすのパン屋さん」が名作であり、私も大好きだが、ドラネコ軍団が現れた以上、そんな平和なお話ではない。

世界の果ての通学路
借りた本。世の中は本当に色々であるなあ、ということと、世の中全体豊かになったのであるなあ、と、彼ら彼女らの服装や持ち物から思うのである。豊かになったのでれば、戦が止んで欲しいものだが。

ビザンチン皇妃列伝 井上浩一
買った本。大昔に滅んだ帝国のお妃方の来歴を読んだとて、我が人生に全く役に立たないことは自明である。が、読んでいてとても楽しい。遠い時代、遠い世界に行くことができた。良い本を書き、出版してくださった方々ありがとう。
読みやすく軽快な文章も非常によろしい。歴史学としては踏み込み過ぎている部分があると指摘されたと筆者は書いているが、素人目には、丁度良い踏み込みであるように思う。あまりに事実のみではつまらないし、かと言って、根拠のない想像は小説ですべきものであって、歴史書に想像がてんこ盛りでも困るのである。

東海道線 汽笛一声から新幹線まで
古い教養文庫。鉄道唱歌が掲載されている。鉄道唱歌には、地形や風俗が読み込まれていて、地域によっては、「ブラタモリ」の答えが見えたりする。うーん大したものだ。でもって、鉄道に関する解説は当然旧聞に属するものであり、今さらなのではあるのだよね。仕方がないが。この本を見ながら東海道本線その他を乗り歩くのも楽しそうである。老後の楽しみと思おう。

ノラネコぐんだん きしゃぽっぽ 工藤ノリコ
ビラネコぐんだん おすしやさん 工藤ノリコ
借りた本。いずれもドラネコの自然で穏やかな「悪さ」が面白い。彼らの野放図だが、悪意あるとは言えないいたづらと、穏やかに怒るワンワンちゃん。もともとの「さすらいの就職犬ワンワンちゃん」を知るものには、ここに居る落ち着いた職業人ワンワンちゃんを見て感涙を流すのである。
例によって工藤さんの絵は食べ物がおいしそうで、つい見入るのである。

5歳の子どもにできそうでできないアート Susie Hodge
以前買った本。めくり見る。面白いテーマで面白いものを集めた良書。

天の声 スタニスワフ・レム
以前買った本。変容病棟を買ったので、玉突きで読む。以前読めずに放り出したのだが、あまり素晴らしい日本語ではないね、これは。原文も晦渋というか、行ったり来たりだが、日本語はそれをさらにわかりにくいものにしていように思う。残念。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

今週の戯れ歌

寂しさは見知らぬ街をさまよひて宛なきままに日の暮るること

寂しさは手持ち無沙汰に街を行き夕風吹いて頬撫でること

寂しさは独り食事を整ひて食べる宛無き人思ふこと

寂しさは昔の如く独りあれと己が心が語りかけること

寂しさは紫陽花秋桜薄の穂一時に咲きて冬思はすること

寂しさは己が住みし街に来て知りたる様の見い出せぬこと

寂しさはもしを重ねて思ひ侘び無きあれこれを描き出すこと

寂しさは話しかけたき人の居て己が姿のしかと無きこと

この町で生きたかも知れぬと思ひ侘び夕風浴びれば少し悲しも

夕風の思ひの外に涼しければ有り得ぬ過去を思ひ描ける

山の端に日は沈みをり路面電車は暖かき灯火掲げむ

遠き街に独りしあれば泡沫(うたかた)のうたをや為せる

| | Comments (0) | TrackBack (0)

今週の戯れ歌

酒飲みて少しうたをや詠みてみむ夕暮れ時の風涼しければ

飲酒詩を少し読みては真似もせむ旅の空なる独り手遊び

楼台なく河なく霧なく柳なくただ目の前に酒杯あるなる

聖俗の絡まんことぞ常ならむ門前町にはお土産物屋

(被災地再訪)
人ありき土台を残し草萌ゆる見渡す限り人の跡無し

此処は昔人住むと聞く青野原風吹く先には入道雲湧く

草原に学校だけが残りをり人住む跡の絶えて無きかな

青草は優しかりけり人跡を包み隠して町を野にする


知る人も無き楽隊に我は座し曖昧のま本番を迎ふ

花も咲き薄揺れたる蝦夷の地の短き夏の今盛りなり

| | Comments (0) | TrackBack (0)

読書の記録(2017年7月)

鎌倉物語 西岸良平
出張先の暇つぶし。人が死ぬ話も多いのだが、西岸先生の絵柄・話柄・人柄で、すっと読んでしまうのである(それが良いのか悪いのか)。でもね、好きなんだよね、この人の郷愁あふれる情緒的な側と、実は怪奇/SFの知性的な面のバランスとが。
今回は、特に横浜ドリームランドとそこに行くモノレールの話が(ただもうそれだけで)ぐっと来た。

漂流怪人きだみのる 嵐山光三郎
古書店で買った本。こういう本がふと置いてあったりするのだから、古書店を端倪すべからず。
私は「気違い部落周遊紀行」のみしか読んだことがなかったが、それでも大変面白かった。

プログラミング道への招待 竹内郁男
買った本。意外と骨があり読みにくい。ということで、気になるところ、読みたいところから少しずつ読んでゆく。結果として大体は読めたと思う。楽しかった。
プログラムを書く人々にもいろいろあるだろう。業務系ならば、着実に仕様に沿ったプログラミングが必要で、突飛なアイデアは全く求められない。一方、OS系の研究者であれば、様々なアイデアを求められる等々。

イーリアス
古書。買っておいたもの。冒頭ですでに戦争は始まっており、終盤まで続く。なぜ戦争が始まったのか、なぜ戦い続けるのか、納得がいくほどの説明があるわけではない。神話なので、仕方がないが。
どうやら口承文学そのものであって、討つもの討たれるもの一人一人を、父の名、出身地、エピソードで紹介すること、冗長この上なく、また、さらに長い続きものを適当にぶつ切りにしたものらしく思われる。

先月の読書記録を読み直すと、ヤマザキマリ先生と金沢百枝先生の話をしている。私はこうした賢い女性が好きなようだ(他に、おいしい料理を作る女性も)。
NHKの「探検バクモン」で児童図書館の回を見たが、同じ感想である。ちなみに眼鏡をかけている女性は好みに合うが、「目病み女と風邪引き男」と言って、相当古くから言い習わされた普遍的?事実ではある。そしてまた、私は真に眼鏡を必要とする女性が好きなのであって、伊達眼鏡については、真の眼鏡者を愚弄するものとして、むしろ毛嫌いしている。

多角形動輪の蒸気機関車。円形車輪以上の粘着力が得られると考えて作られたが、摩擦に乏しく失敗だった。
https://en.wikipedia.org/wiki/Onward_(locomotive)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

読書の記録(2017年6月)


ようこそ文化人類学へ 川口 幸大
買った本。非常なる良書。
文化人類学入門者に、文化人類学の楽しさを様々な実例をもって示し、また、苦しさについても包み隠さずに述べる、非常なる良書である。
高度な内容や包括的な記述を求める向きには不満があろうが、参考文献/関連書籍も詳しく記されているので、そこから辿って行けば良い。

ロマネスク美術革命 金沢百枝
買った本。最近(私の中で)流行っているロマネスク。ヤマザキ先生のルネッサンスから、金沢先生のロマネスクに浮気するとは、なんという怪しからん(でも楽しい)自分であることか。
この価格にして仕方がないことだが、写真は小さい白黒であり、また、本文で言及された全ての図像が掲載されているわけではない。ここに書かれたカタカナ地名をwikipediaを使ってアルファベット化し、google画像検索でそのアルファベットとromanesqueと入力してそれらしい画像を探す、ということをしつつ楽しむのがよかろう。
一頃、新潮社のホームページに金沢先生のロマネスク美術を含めた旧約聖書を題材としたる美術作品に関するページがあって、豊富にカラー画像が上がっていたのだが、消え失せてしまった(ああ、新潮社の恨めしいことよ)。

水車小屋攻撃 ゾラ
買った本。水車小屋などというと、つい、ドーデのようにのんびりと読んでしまうが、これはゾラであった(しかも、ドーデは風車小屋)。ドーデ、メリメ、ゾラ。時代と雰囲気の共通性があって、しかも、それぞれに個性的であることをつい忘れがちである。

落ち穂拾い、犬の生活  小山清
「わたしの小さな古本屋」で見て「落ち穂拾い」を読みたくなって。
中里介山や太宰治に関連する思い出の記が面白い。とは言え、私小説にしては掘り下げが浅く、自己憐憫が強い文章は読んでいて楽しいものではない。そこはかとなき叙情を愛することはできるが。「弱さゆえに愛される」という可能性があるだろうか。

修道女フィデルマの叡智 トレメイン
百円で購入。ローマ、アイルランド
アイルランド法廷の弁護士資格を持つ修道女フィデルマの推理をテーマにしている。おおむね古代らしさが生きていて楽しく読めるのだが、偶に現代人の感覚が覗き見えてしまうのが残念。まあ、仕方ないがね。
用語はアイルランド、ローマの風を生かすようにしており、それも楽しい。例えば、「フィンガル」が「肉親殺害」の意味だとか。(綴りが分からないので、「フィンガルの洞窟」が関係あるのかないのかわかりませんが。)

ティグリス号探検記 ヘイエルダール
古書店で購入。
「湿原のアラブ人」と重なる部分があり、読んでおいてよかった、と思った。
ともあれ、無人の海を行く「コンティキ号」に比べ、多くの石油タンカーが行き交うペルシャ湾の航海は少々窮屈ではある。イーゴリ船長が一服の清涼剤。
シュメール人についてさらに知りたくなるのだが、インターネット上で検索しても、なかなか興味を持てる情報に行き合わない。

今月は忙しいなりに読書はできた。でも、七月も同じであるかはわからない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

今週の戯れ歌

理想無き輩(ともがら)に言ふ言葉なし我が目の前を疾く去れよかし

トラブルにクレーム喰らひ離脱して馘に成らずばいとどよからめ

かにかくに人の縁(えにし)は切れてをり我が忍耐は有限なるらむ

愚痴言はず背筋伸ばせる我なりき今の我には信ぜられぬが

面白きうた詠みたしと思ひながら日々の鬱のみ只漏らしけり

友に逢ひてよしなしごとを話しけりまた明日から我が力満つ

昔昔我の鬱なる事を知り心配れる人有り難し

我の居る淵の心は解り難く理解さるるを夙に望まず

我は我我ならではの使ひ得る道あるものと我は思へり

| | Comments (0) | TrackBack (0)

読書の記録(2017年5月)

柳多留名句選 上・下 岩波文庫
古書店で購入。おおむね面白かった。
楽しめないのは、やはり背景知識がない部分である。これは仕方がない。
全般に、江戸時代の人々は、我々が古文の時間に習うような、和歌や物語等をよく知っていたのだろうと感じられる。当然といえば当然であるが。さらに、俗説のようなものはよくよく知られていたようだ(例えば小野小町伝説等等)。

ルバイヤート集成 矢野 峰人
蟲文庫で購入。国書刊行会本なんだね。楽しく読むことができた。が、私としては、最初に読んだこともあって、小川亮作訳が最高なのである。例えば、「チューリップ」の詩句等も、私には大いに馴染む。本書はフィッツジェラルドからの重訳でもあり、詩句の華麗さを重んじているのは判らぬでもないが、少々重く感じる。
話がそれるが、マーラー「大地の歌」の歌詞に用いられている唐詩について、朝比奈隆が「若々しいロマンチシズム」と評しているが、私には、小川訳の方に、若々しさを感じる。
ともあれ、好きな作品のバリエーションを、今後も細かに楽しむにはなかなかよろしいのである。多くの訳者たちも同じようなことを考えて異版をつくり続けたのであろう。

小泉武夫のミラクル食文化論
西荻窪ウレシカにて購入。博覧強記にして幅広い視野で大変勉強になりかつ楽しめる。
講義したものを書き起こしたものらしく読みやすくはあるのだが、舌足らずな部分が残っており、もう少し編集さんがんばれな気分。事実誤認的な部分もなくはない。その場で消えてゆく話し言葉としては問題ないと思うが、いつまでの残る書きものとしては少々よろしからず。楽しい仮説なのか、学問的真実なのかを区別しない書き方も少々危険ではある。
最近、こういうのを見つけることが多くなった。歳をとるというのは難しいものだ。
できれば、ここから読むべき参考図書を紹介して頂けるとさらに学びが深まってありがたいのだが。

教えてゲッチョ先生 雑木林のフシギ
先般、書泉で買った本。
例によって、編集上の誤りを記す。これを記したいと思って本を読んでいるわけではないのだが。
キヌガサタケの成長速度の表現は「わずか半年ほど」ではなく「わずか半日ほど」であるべきだろう。
ともあれ、この人の本は、ずいぶん以前にも読んでいて、面白かった。(「ネコジャラシのポップコーン 畑と道端の博物誌」)

ヤマザキマリの偏愛ルネサンス美術論
買った本。
ヤマザキの視線は鋭い。全ての好みが私と同じでは(もちろん)ないが、私とは異なる視線で、異なるものを見つけだし、異なる嗜好を持っておられることを、きちんと言葉にして教えてくれる。こういうのは大変面白い。レオナルド、ミケランジェロ、ラファエロの自画像の違いなど、確かに合点がゆくものである。
ただし、本文に言及されている絵が必ずしも所収されているわけではないので、google Art 等で積極的に補う必要はある(価格から言って仕方がない)。
特に、美術を超えた最終章には含蓄がある。

他に、金沢百枝先生のロマネスク本や文化人類学の本を読んでいる。
また、映画「マーラー」をDVDで再見。高校時代に、映画館で見たものだったので、大変懐かしい。だいたいにおいて面白く出来も悪くない映画なのだが、時々絵が荒いというか、アイデアをこなしきれていなかったりするのが残念。「夜の歌」の場面は非常によかった記憶があるが、見直すと(自宅の散らかった部屋で見ているせいもあって)、今ひとつ新鮮さに欠けてしまうのである。また、コジマ・ワーグナーのシーンは、高校時代にも噴飯物と思ったが、今見ても変わらないなあ。メジャーにならなかったのも仕方がない、という映画である。(この後の楽しみに、ドクトル・ジバゴがとってあるのだよ)。

少々は本が読めるようになって嬉しい。忙しいことは忙しいのだが。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

読書の記録(2017年4月)

ロシア文学うらばなし
古書店で購入。なかなかに面白かったけれど、物凄く素晴らしいという本ではない。
「世俗臭ぷんぷんたる」は、「世俗臭がぷんぷんする(している)」か「世俗臭芬芬(ふんぷん)たる」のどちらかだろう。私としては前者を推したい。こうしたことに気づくのはヒネクレ老人化の一端であろうか。

ホジャの笑い話〈1〉トルコの民話 児島満子、児島和男
古書店で購入。面白くはあるが、量的に物足りない。昔話だけにあっさりしていて、情景を彷彿とさせるところまで行かない。トルコの頓智王ナスレッディン・ホジャについては、佐々木マキ氏の絵物語(たぶん、「かがくのとも」)で知ったのだが、あれは、佐々木氏の軽妙でトボけた絵と相まって、非常によろしかった。

湿原のアラブ人
リクシルブックセンターで買った本。
例えば、人類学的な洞察が見られず、描写が表層に流れるため、いささか興を削がれる。私自身のバックグラウンドが浅いためではあるけれど。
一箇所「部族連合」が「部族連造」になっている。こうした「本」もまた、原稿用紙ではなくワードプロセッサ(ソフトウェア)で作られているのだなあ。
(誤変換や誤変換が残ってしまったのは、ワードプロセッサのせいではなく、入力者の誤入力、日本語インプットメソッド、スペルチェッカーのせいであろうけれど。)
今でいうトランスジェンダーの人々が、世の中に正当に位置付けられて穏やかに暮らしていることが書かれているのが面白かった。

ペスト カミュ
昔々買った本。私の中で小説最高峰のひとつ(順位づけをいちいち考えているわけではないけれど)。
冒頭、ペストが蔓延しつつあるのは間違いないのに、統治機構がそれを公式に認めない重苦しい描写に、3.11の頃を思い出した。なぜ、あの時あるいはもう少し後でこの書を読み返さなかったのだろう。あまりに同調していて、読むことに自分の気持ちが耐えられなかったであろうことは間違いないけれど。

映画「やさしい女」を見逃していることに気づいた。仕方がない。

二年ぶりの蟲文庫訪問。覚えていて頂いた。身に余る光栄。
「モンドリアンドリとケープドリ」、「ルバイヤット集成」を購入。後者は、二年前に4冊ほどあった関連書の残り。ここで見つけたならば買わざるべからず。
蟲文庫が開くまで、裏山探検をしたが面白かった。宮崎駿であれば、長編アニメーションを作ってしまいそうな複雑奇怪な構造だ。ともあれ、蟲文庫周辺は、実は私が過ごした町を思わせるものがたくさんある。旧街道の古い町並み、格子窓、瓦屋根に乗った銅製のランプ。海鼠壁に「うだつ」。家々の隙間の細い道。裏山の細道等々。あの場所の、ある時代を生きた人々を描くことができるならば、と思ってしまう。倉敷のまた別な場所でもご記憶いただいていた。ありがたいことである。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

今週の戯れ歌

老木を這い登りたる葛青み雲白く流れ春まだ浅き

スイッチを入れたるやうに空の変はり今日から春は街を覆へり

白雲の空に浮かぶは地の熱の対流せるを直ぐ現せり

羨まず妬まず嫉まず己あるがまま只在るやうに只在らば在れ

いずれなる態になるとも驚かず只在るやうに在りたしと思ふ

己にはできぬ事をば頼み難し試せるうちに出来てしまつた

敵襲に敵前逃亡するならば銃殺さるも覚悟せよ汝

愛をもて語る教への尊かるされど現世の我は愛せず

許せぬは言葉なくとも伝はるらむ伝へるつもりの皆無なるとも

許されぬ人の遠くに逃げるべし我は当面許す予定なし

人生の様々な面にあつて来て醜晒さぬを安らかに思ふ

己が持つ時間を全て仕事して人間らしさの些か減ぜり

| | Comments (0) | TrackBack (0)

読書の記録(2017年3月)

新折々のうた第一巻 大岡誠 
古書店で百円。楽しく読めた。坂田修一氏のうたは好きだ。いわゆる文科系の人間からみると、理科系の人間は謎めいて不可解なのであろう。

薔薇十字団 ロラン・エディゴフェル
昔買った本。文庫クセジュは端倪すべからざる奇書を含んでいる。この本は、奇書についての書であって、この本自体が奇書ではないのだろうが、結局のところ、奇書に等しいようなものだ。読んでも全く役に立たないことは保証できる。でもね、そういう本が面白いのだよ。偽史についての正史とでも言おうかね。

地の果ての獄 山田風太郎
古書店で購入。江戸から明治への過渡の有様には、興味があるけれど、なかなかこうした書はないので、大変面白い。もちろん、これは小説であって、記録ではないけれど、或る程度の事実と小説家の空想がない交ぜになっているのは間違いない。
私の個人的体験として月形町についても少々知るところがあって大変楽しめた。とは言うものの、回収されていない伏線がたくさんあるとか、少々ご都合主義もあるということは致仕方ないこととしよう。
娯楽作品とはいえ、これだけの活字を読む気になるだけ仕事が一段落したということで大変喜ばしい。

写真で綴る 飯田線の旧型国電
書店で購入。昔々の鉄道ピクトリアルの飯田線特集や、旧型電車ハンドブックを愛読している(していた)者にどうしても必要という書ではないけれど、それはそれ。
同好の士と気持ちを分かち合うために買ったということではある。

柳多留名作選
古書店で購入。俳風柳多留は読んでみたいし少々触れたこともあるけれど、全文読もうという気までは起きない。これくらいがちょうど良いのでは。

作画汗まみれ 大塚康生
以前買った本。一読ではわからなかったことも、手塚治虫ブラックジャック創作秘話(全4巻)を読んで理解が大いに進んだ。
私自身は、ハンナ&バーベラの「トムとジェリー」を見て育ったので、チャック・ジョーンズ版を見ると「絵が雑」(話も雑)に見えてしようがない。また、昔の「妖怪人間ベム」に至っては「ほとんど紙芝居」だと思う一方、動きの制限を、話の暗さや硬さに同調させているところは、実は優れているように感じている。
いずれにせよ、この書から教えられるのは、ものを創り上げることの困難と喜び、また、現在という時間が過去の様々な積み重ねによって成り立っていること、である。
再読してよかった。

日本史漫談 パオロ・マッツァリーノ
古書店で購入。いつもながら学びが大きい。

氷川清話 勝海舟(談)
昔々からの愛読書。角川版。私の人生の根底にある書のひとつであろう。
いわゆる道歌は、国語の教科書に出て来ない和歌であるが、道歌に初めて出会ったのも実はこの書である。
「斬り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ踏み込みゆけばあとは極楽」

仕事が少々落ち着き、本も少し読めるようになった。ありがたいことである。一方、記憶力が落ちているので、昔読んだ本を楽しく再読することができる。これはありがたいのかどうか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

«情景