今週の戯れ歌

お子さんと「たけのこ」を語らふ母ありて「お母さんが『ふみ』だから、あなたは『ふみのこ』ね」とぞ

寝て醒めてなほ道行きの途中なり通過列車の身を揺るがしつ

ある朝は耳聞こへざるを驚けり重き病ひの友あるが故

ものごとに裏あるを知る歳になり思つたことを皆は言はれず

様々の裏と表を知りながら惚けてをるも処世の術なり

嘘つかず正直者で通したくあへて黙せることを選べり

今にして思へば我の来し方はただ欲につれ足を運べる

夜の底に沈みつつある暮れ方の町にぽつぽつ灯火の増え

体温を超える外気を吸い込んで吸つた心地の無きぞ悲しき

体温を超える外気を吸つたとて頭上の靄は晴れぬままなる

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読書の記録(2018年7月)


ピアノの名曲 メジューエワ
買った本。なまなかの知識では読み進めることすら難しく、あるていど知っている曲のみを無理やり読んだところである。
でも、こういう方の考えていることの一端であれ、知ることができるのは面白く、ありがたいことである。
私は、メジューエワ様の演奏がきっかけでメトネルを聴くようになった者であるが、アムランの演奏は速すぎるように思ってしまう。メジューエワ様は、ロシア人ピアニストはゆっくり歌いたがると指摘されているが、その好例であり、私はロシア人の側にいるようだ。
今後、さらに学びを深めつつ、本書を読めるようになりたいものだ。

日本景観論 アレックス・カー
古書店で購入。皮肉な景観論。正論にさらに皮肉がまぶされているのには、正直苛立たしくはあるのだが、私自身、小学生時分に新幹線から見る車窓が看板で汚されていることに悲しんだ覚えがあり、他人の指摘とは思えない。
そしてまた、猥雑なるを「アジアの特質」として誤魔化すこともまた私のなすところであったが、カー氏にはすでに先回りされている。まさに、ご指摘のとおり。

君たちはどう生きるか 吉野源三郎
古書店で購入。良い本だった。
この「叔父さん」は三十歳をいくらも出ていないであろうが、「大人」である。私たちは本当に「大人」であろうか。

電車基礎技術
少しずつ読み進めている。大変勉強になる良書。(偶に誤字があるが、そんなことが問題になる書ではない)。自分自身の興味や背景知識から、章立ての順番には読まず、台車、働力制御の順で読み、ブレーキ系はまだ読めていない。

磁力と重力の歴史 山本義隆
古書店で三冊買ったうち、第一巻の半ば過ぎまで。
古代あるいは中世人が磁力についてどんなに変ちくりんな理屈を展開していようが、私の実生活にはなんら関係はないのである。で、読書としては、歴史的概観の部分は面白いが、昔の人の変ちくりんな理屈は少々退屈だ。それを言っちゃあおしまいよ、ではあるものの。ということもあってか、ちょいちょい古書店で三冊揃いを見つける。

新宿烏森口青春編
サラバ国分寺書店のオババ
古書店で百円。椎名誠氏の有名な書。面白かった。解説にもあるとおり、中小企業を描いた「企業小説」はあまりない(なかった)。
ともあれ、後者は国分寺書店の部分は少なく、また、それが主題とも思えぬ。たしかに最良の部分ではあるけれど。
「国鉄」なんて言葉が懐かしい。さすが「昭和軽薄体」。

青春デンデケデケデケ 芦原すなお
昔買った本。繰り返し読むに足る良い本。

魯山人味道
昔買った本。文章の味わいがあって、つい読んでしまう本。魯山人はただならぬ人であった、と感じる。何よりも、自分自身が手ずから料理をしており、大根の皮まで食べる意気がある。

雨月物語 上田秋成
買った本。なかなか面白く読めた。現代ではあまり使わぬ大和言葉が見られるが、漢字にかなをふってあるおかげで、意味は漢字をみてわかるという具合だ。
講談社学術新書版であるが、解説は非常に難解にして長いので、ほぼ読まなかった。解説を書いた時代背景がわからねば、解説自体が理解できないのではないか。古典の物語を解釈するのに「イデオロギー」という言葉を頻用することに私は違和感を持つ。私のように、物語として楽しみたいものは、この版を買う要なし。

ヨシダ裸でアフリカを行く ヨシダナギ
買った本。これまた無謀な若者のお話。面白くはあるが、不安になってしまう。でも、知恵長けたるまで待つと、こうした冒険心が失われてしまうので、若く、無知なうちに冒険をしておくべきものかもしれない。(でも、海外に単身行くのであれば、英語はあるていど身につけておくべきではないだろうか)。
まだ、読み始めたばかり。

CDを買う。アファナシエフのシューベルトの晩年のピアノソナタ、タブラトゥーラの「放浪」、デンマーク弦楽四重奏団の民謡集、シア・キングのブラームスのクラリネット五重奏・三重奏。350円のものもあり、なんだかごめんなさいな気分である。

以前読んだ『「言語技術」が日本のサッカーを変える』(田嶋幸三)では、サッカーにおいて「意図のあるプレイ」を大いに称揚しており、私も大いに共感している。今回のワールドカップにおける日本チームを垣間見るに、「意図のないサッカー」 をしている瞬間がごく少ないのは、これまでと比べて大きな進歩であると思った。嬉しい限りである(偉そうにスミマセン)。

合唱曲「樹氷の街」の歌詞を思い出してみる。「黒い鉄路を白く繋ぐ」というくだりは、雪国に暮らしたものには、むしろ逆に思われる。黒い鉄路は降雪によって一面の白色の中に塗り込められ、春になって再び黒く繋がれる。また、樹氷というのは、ある程度の風速がないとできにくいように思うが、街は多くの凸凹があり、風速が落ちがちで、あまり樹氷ができる環境ではないように思われる。もちろん、もっと象徴主義的に捉えるべきなのであるが。(野暮でスミマセン)。

奥歯を抜歯をしたり、帯状疱疹らしきものが出たり、ご年齢もあって、だんだんに劣化してゆく私。今月は少々本が読めた。それだけでも良しとしよう。

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読書の記録(2018年6月)

マッティは今日も憂鬱 カロリーナ・コルホネン
買った本。静かで面白い。何冊も読むかと言われると疑問だが。

電車基礎講座(改訂版) 野元浩
買った本。これはいい本だ。説明も技術的根源に遡ってなされており丁寧だ。
とはいえ、電車技術も相当に複雑なので、簡単に頭に入るというわけではない。相応の覚悟と時間を要する本だ。でも、時間をかけて読むに足る内容と記述がされていると思う。
もちろん、まだ途中。
昔々、電気学科に行こうとしていたことを思い出した。行っていたら、まったく違う人生であったろうね。

縄文人に相談だ 望月昭秀
買った本。面白いことは面白いけれど、シャレで読む程度かな。

アイヌと縄文
買った本。背景知識がないせいか、短期記憶や文章読解力が落ちているせいか、頭に入らない。
ともあれ、万葉集に現れる「しだ」がアイヌ語の借用ではないか、というのは面白かった。「我が面(おも)を忘れむしだはクニはふり峰(ね)に立つ雲を見つつ忍はせ」という万葉歌は、教科書で見て以来私の大変好むところであるが、この「しだ」について知識が得られて大変嬉しい。
(うたの意味は、「私の顔を忘れてしまったときには、大地から沸き起こり、峰の上に立ち上る雲を見て偲んでください」であろう)。

クッキングパパ うえやまとち
古書店で三冊購入。人目を気にしない梅田夫妻の、その後の成長が端々にあって嬉しい。正確に言えば、彼らが成長した、というよりも、彼らの良さをわかる程度に読者が(私が)成長したというべきか。

多忙ゆえ読書量は少ない。仕事関係の本は読んでおり、まあ、こんなものか。

新幹線の車中で、幼いお子さんと「たけのこ」について語らっていた女性。「お母さんが『ふみ』だから、あなたは『ふみのこ』ね」。素晴らしいポエジー。

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今週の戯れ歌

他人の褒む書物厭へる我なれば百万売るるを憎み読まざる

人は人我は我なり羨みて向上せるなら羨みてもみむ

永休みする事も無く過ごせれば深酒するもちと悪からず

我を我と措定し得るは人達の我を我とぞ言へる故なる

我は我を以て我とぞ覚ゆれば人達もなく我はあらざる

人の見る我は我なり我の見る我我ならず心得よ我

世の人の色々あらむ詳細は守秘義務あらばあへて黙せむ

人の行かぬ道を歩けば心軽く歩く人あつてと道と思はず

我よ我失はれつつある自我なれば絶って探すも不要なるらむ

笑ひ声のまこと良からむ世を捨つる我にありても心慰む

有楽町新橋浜松町田町麦酒開ければ旅をしぞ思ふ

弓矢持つ老若男女駅に在り狙はる的の寝覚め悪しかる

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読書の記録(2018年5月)


スターメイカー ステープルドン
長野で買った本。「最初にして最後の人類」と勘違いしていたのではある。
まだ、前半三分の一。
宗教があれば、教会があり、聖書がある、というのは、キリスト教者の素直な表現なのであろう。翻訳者が、「伽藍」や「経典」あるいは「聖典」と訳してもよかろうとは思うのだが。
ちなみに、日本語でキリスト教に用いている「教会」とは建物の意味ではなく、ギリシア語の「エクレシア=集会」の意味らしい。確かに、「教会」とは「教会堂」ではない。

臨済録 
昔買った本。若い頃の私には奇矯極まりない禅者たちのやりとりが面白かったけれど、常識人として生きている現在において、彼らの狂気が真実のものなのか、つい疑ってしまう。己の小さきことを反省すべきだろう。

カレー・カルチャー
長野で買った雑誌。カレーの世界もなかなか大変だ。カレーを食べに行きたくなる一方、カレー屋さんの大変さを思うと心から楽しめなかったりする小心な私。

多忙ゆえあまり読書のできなかった五月。仕事の本も読んでいるので、無読というわけでもない。

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今週の戯れ歌

意味もなき人生を生きる我なれど優しき人の我を支へむ

「中山式」の看板懐かし東京駅その意味するところは未だ知れねど

目を細め看板見上げ戯るるあの一時のかけがえもなきを

我が膝の悪しかる様を伺ひつ共に歩ける一時のあり

人たちと対して行くには面倒と感じることの多き我なる

独り酒独りで飲みて人生の退屈なるを暫し慰む

二十年隔てて友の形見来る嗚呼己も又直ぐに逝かなむ

若くして逝きし友あり疎略なる最後の別れをただ悔やむのみ

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読書の記録(2018年4月)

国鉄電車ハンドブック(旧型電車編)
鉄道ピクトリアル 飯田線特集
昔昔買った本。飯田線関係。最近買った宮下洋一氏の本を読んで、昔の本も読んでみたくなったのだが、やはり情報量に格段の差がある。(時代もあって仕方がないのだが)。
ハンドブックは1971年初版だけあって、多くの車両の様子が宮下本と異なる。例えば、クモハユニ64はまだ岡山におり、飯田線のスカ色塗り分けは、車両前面において扉を貫く直線塗り分けである。また、運転台窓をHゴム化している例は少ない。そうした違いも含めて、どちらも楽しい読み物なのである。

マエストロ さそうあきら
古書店で購入。指揮者とオーケストラの一断面を描いていて、面白かった。
私の経験から言えば、良い指揮者には、本当に地獄の底までついて行きたくなるものである。一方で、思い出したくない方も、思い出すだに哀れをもよおす方もなくはない。
この漫画の主人公天道は、特定のモデルあっての人物像ではないと思うが、それを分かった上で、どこに源流があるかを考えるのはなかなか楽しい。シューベルトとベートーヴェンのカップリングとして、私は、クレンペラーがウィーンフィルハーモニーを指揮した録音を思い出す。また、独自性の強い指揮者が非力なオーケストラを指揮した例としては、例えば、ケーゲルの指揮した運命を思い出す。また、打点を出さない振り方という点では、クライバーの映像が忘れらない。(あえて邦人指揮者に言及しない)。
この漫画において、楽器が相当きちんとした形で描かれているのは嬉しい。でも、弦楽器以上に管楽器のフォルムが良いのは、この作者がブラスバンド出身であることを示すものかも知れない。こうした細部の描写が、筋の(良い意味での)荒唐無稽さをうまく現実に着地させる。
さあ、演奏活動から離れつつある私は、この漫画を読んで、心を入れ替える気になるのであろうか。

陸軍よもやま話 棟田博
古書店で百円で購入。基本的には戦前の多少のんびりした兵役の話であり、日中戦争時に応召した話が加わっている。読み易い文章ではあるが、さまざまな軍隊知識を読者に要求しており、現在の若い人が読んで簡単に理解できるような記述ではないだろう(この点は、「戦争入門」が適しているか)。
ともあれ、非戦時と戦時の違いや、「戦闘」だけではない、将校集会所の話等、むしろ新鮮に感じるのであった。


某日、列車内で「失われた時を求めて」岩波文庫版第六巻を読んでいる人物を発見。偶然にも同じ駅で降りたので、つい声をかける。現在二年目とのこと。私はちくま文庫全十巻を三年かかって読んだので、おおむね同じ旅程であろうか。二十年以上昔のことであり、巻ごとの中身は思い出せない。六巻ならばソドムとゴモラまで行っているであろうか。名も知れぬ御仁であるが、同好の士が近くに居られることに意を強くする。

神田神保町の古書店で、大蔵経一冊五百円也で、数十巻。私にはこれを読めるほどの学問はないのだが、興味本意で覗いていると、「これは安い」と言いつつ過ぎる人あり。どうやら、毎日新聞社の資料室からの放出らしい。ジェーンの鉄道年鑑もあった。もちろん買うこと能わず。「勝海舟の嫁 クララの明治日本日記」の上巻のみを発見し、購入。下巻も読みたくなれば頑張って探そう。

ユジク阿佐ヶ谷で、クルテク、アマールカ等チェコのアニメーション映画を見る。現代的ではい緩やかな流れは、話を追う者にはまどろっこしくもあるが、絵の色調と相まって詩的でもある。幼い頃、クルテク(もぐらくん)がズボンを作る絵本を好んでいた。そうしたキャラクターに年長けて巡り会うことができるのも、幸いである。

読んでいないことはないが、読んでいない私。その他、昔読んだ本や昔買った本をめくり見た、とのみ書いておこう。ステープルドン「スターメイカー」はなかなか進まない。

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今週の戯れ歌

特段の面白き事なき夕べかな地球の上のどこにでもある

雲白く今此処のみの装ひに失つた時を思ひ返しぬ

異星には異なる空のあるならむ足下に踏める土は無くとも

黄金なる酒に向かひていふ事なし心の隙間少し満たせよ

どの親も歳半分の子を愛し嗚呼あの頃は良かつたといふ

パスカルは虚しさにつて語りをり長く読めども学ばざる我

生きるとは虚しくありて虚勢張りその虚しさを虚しうすること

生きるとは自己嫌悪して時を過ごし反省なきまま日を過ぐること

人生に様々な局面あり知らぬままに過ぎたきこともあつたかも知れぬ

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今週の戯れ歌

樹の中に丸まつちいのが二羽三羽寒雨に濡れる街の片隅

この人は我を見切らる人ならむ見切らる我は少し悲しも

昔我楽器を弾ける自覚あり今在る我の同じからざる

楽器弾かぬ我在ることの思はざる今在る我は思はざる我

我は何か我が在ることの意味はあるか我は己を侮蔑しつつあり

我は在る我に望みのあらざれど我は只在り只在るがまま在り

昔我只生き抜くを事として人殺めるも覚悟のうちなれ

知らぬ街の夜道伝ひて探し当つ宿にある我心細くも

どの場でも我は我なりさはあれど我の縮めることも見るあり

我将に信用せざるは我ならむその余の人と較べられざる

我は我の表も裏も知られける忘れたき事数多ありつつ

酒飲みて語れる事の常に常に後の我には恥ずかしかるべし

生きる意味の興味も持たぬ輩とは同じ席には居るも辛かり

昂奮の峰の向こうに空疎あり我が在る真の何れなるかな

我の知らぬ遠いどこかにあると云ふ黄金郷の手も触れざれば

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読書の記録(2018年3月)

ゲーデル・エッシャー・バッハ ダグラス・ホフスタッター
2012年版。ようやく読み終えた。mu-システム云々のような部分を完璧に理解した気は全くしないし、適当に読み飛ばしたのは事実だが、一応はソフトウェアについて勉強したこともあり、システムの階層性についての理解はあるつもりの読書ではある。また、「音楽の捧げ物」からトリオソナタと六声のリチェルカーレを弾いたことがあり、かつまた、ジグソーパズルを通してエッシャーの版画の細部に目を通す機会があったという、選りすぐりの読者(であるはず)の私なのである(笑/泣)。
楽しくも苦しい読書であったのだが、再度の人工知能流行りの時代にあって、この本の意義があるかと問われると、これだけ長い書を読む必要があるか疑問である、と言わざるを得ない。
本日、偶然マーチン・ガードナー「円周率と詩」に、GEBの記事があるのを見つけた(昔目を通したはずだが、全く記憶がない)。

ドローセルマイアーの人形劇場 斎藤洋
借りた本。ホフマンの愛読者であれば、題名だけ見て何をか理解するであろう。静かな本。背景が見えないので、いつの時代のいつの人物かあやふやな雰囲気がある。
私は、E.T.A.ホフマンの愛読者であるので、(また、「ドロッセルマイヤー」表記に慣れ親しんでいるので)、少々物足りなくはあった。

殿様の通信簿 磯田道史
古書店で買った本。非常に面白い。各種一次資料に当たり、立体的な人物造形を見せてくれること、深い知識から、多角的に時代を浮き彫りにする点等、磯田師の書は読まざるべからず。

日本渡航記 ゴンチャロフ
古書店で買った本。川路聖謨の逸話で有名である(と私は思っている)が、それはほんの一部にしか過ぎない。また、ペリー来航と並行して、というよりも、ペリー来航を米国議会で決定したとの報を受けてロシア側が急いで派遣したプチャーチン艦隊ではあるものの、ヨーロッパの戦争と合わせて英仏艦隊から逃避するなど、まさに世界はつながっているということを思わせるものである。
元々が、祖国にいる人々に向けて書かれた手紙でもあり、深く分析的であることはあまりないが、小笠原や沖縄の文物を描き、鎖国を解こうとする諸外国に最後の抵抗を試みる日本が描かれており、それはそれで面白いものではある。

忙しいなりに読書ができて良かった。

私が、初めて手に入れた鉄道模型の車輛はキハユニ26であった。今回のクモハユニ64と合わせて、合造車は一両で色々積み込めてお得である、という貧乏性丸出しな私である。そういえば、当時模型化されておらず、なんとか作りたいと思ったオハユニ61が製品になっているという。これもまた手に入れてみようか。

ロシアのドラマを見ている。
https://www.youtube.com/watch?v=eOqOLdfIJjc
ロシアの風景やロシア人のあり方に興味がある。40分のところで、弾くアコーディオンがドヴォルザーク「こんな女に誰がした」とつい歌詞をつけてしまう。これを弾いている女性兵士は、音楽学校出身だが、二年間も爆弾運びをしていて、もう楽器を弾く気にもなれない、と言っていたのではあり、その意味でも「こんな女に誰がした」とは意味深長である。
苦労人の現地指揮官、ウザい政治将校、粋がる若者。航空兵らは風呂にも入れて綺麗だが、不時着した先の塹壕戦は夜も寝られず苦労している。
女優MARIA ANDREEVAさんがとっても素敵。
http://www.kino-teatr.ru/kino/movie/ros/ser/112941/foto/a30159/689406/
http://www.listal.com/viewimage/2439020

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