読書の記録(2024年6月)
チェロ・レポート: 社会人になってからチェロを習い始めて、 いったいどこまで上達できるのか? 竹内千寿
社会人になってから楽器を初めた方のレポート。なかなか参考になる。が、参考にならない部分ももちろんある。
時間がない社会人としての練習方法や、理系(特に物理系)としての考え方は参考になる。あるいは、自分が考えてきたことの確認になる。
一方、ものすごいエネルギーを投じてチェロに取組んでいることについて、現在の私には(今さら)参考にはならない。これは筆者の咎ではなく、単なる時期の問題である。
とは言え、同じアマチュアとしてこんなにも凄い仲間が居るのだ、と楽しむのに良い本である。
壮年茂吉 北杜夫
北杜夫はトーマス・マンへの愛好から始まっている、と永年信じてきたが、父茂吉へのあこがれも大きかったことが知れる。
本来、「仮説」であろうところが、繰り返し「仮設」になっている。岩波ともあろうものが。。。
また、「ソップ」がオランダ語であることから、オランダへの接点を探されるが、明治・大正期の方は「ソップ」なる語をオランダ語と意識せず、一般に使っていたように思う。池波正太郎などにも用例があったと記憶する。ちゃんこ鍋などでも「そっぷ」という言い方をしたのではないかな?まあ、今更な感懐ではあるものの。
そんな詰まらないことを書いても仕方がないが、私は自分が散文的な人間であることを再発見しているようだ。茂吉より杜夫の方に興味があるのもそういうことであろう。
空軍大戦略 リチャード・コリヤー
早川書房の古い本。実は今を遡る四十年以上以前、小学生だった私は、この本(ハヤカワ文庫版)を、ほぼ立ち読みで読了してしまった。その罪滅ぼしでもないけれど、今回古書店で購入。そんな高値がつく本でもないが。
古い訳であり、訳語について文句を言うとキリがない。昔は様々な情報が乏しいなかで翻訳していたのだなあ、と感じる。
人が亡くなるところはさらりと書き、生存者バイアスに満ち満ちた書、ということができるかも知れない。
あるいは、実際の戦争を経験した当時の人々には、こうした多数の死の有様は当たり前のことであって、わざわざ詳述するまでもなかったのであろうか。(あるいは出版営業上の事情もあろう)。
英国の努力が大きかったのはもちろんだが、ドイツの戦術的錯誤によって英国独立は保たれたと言えるのだろうか。また、記載の仕方を見ていると、戦闘員同士の戦闘はある種「騎士道」作法であるかのように記述されているように読める。この点、独露戦、日中戦、日米戦とも雰囲気が異なるように思われる。「戦争」への見方さまざま。
どんな軍隊でも自国を守る戦いは他とは異なるのだろう。だが、二度の欧州大戦に参加した米軍は?不思議である。
逆説的には、戦争こそ米国の基盤であると言う説はこの辺りから出るのだろうか?
イシ 北米最後の野生インディアン シオドーラ・クローバー 著、行方昭夫
たいへん貴重な書。
白人(アングロサクソン)の行ったインディアン虐殺について、時代的言い訳が長いな、と思ったが、その後の虐殺の様子を(白人読者に)読ませるための伏線であったかと思ったりする。インディアン虐殺の記述については、相当程度気分が悪くなる。しかし、これは世界中で起こったことでもあり、日本人にも無縁でない。そう思いつつ耐えて読む。(日本人が大日本帝国の名の下に行ったことごとをも私は考える。粗雑なる精神を持つ者は民族人種を問わず何処にでも居るのであろうか、と。)
スペイン人はある程度現地住民と和したが、アングロサクソンは虐殺に走ったというがなぜだろう。ゴールドラッシュなど「ならず者」が大手を振って生きる時代であったとも言えるのだが。
ともあれ、イシと友人たちの交流には少し心慰むるように想う。
西洋人が出会ったアメリカ原住民への感想を、東洋人が読むと違和感なきにしもあらずであるが、それを考えることが考えると言うことではないかと思う。
様々に思うところの有り、一定の言では言い表せない。即ち良い読書であった。
暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ 堀川 惠子
なんだか読みにくそうと思ってしばらく積んでいたが、読み始めると速い。文章が非常に読み易く、たいへん助かる。
例によって例のごとく旧軍の悪弊が頻出。その中で奮闘された有為の人々を思う。どうしてもそうした人々に肩入れしたくなるけれど、戦争そのものが断罪される時、その戦争に対して有為も無為もないではないか、とも思う。ともあれ、「失敗の本質」がそうであるように、無為が有為に卓越している場合に、「必要のない戦争」が起こるとも言える。(必ずそうなるという蓋然性があるとは言えないとしても)。
「きけ わだつみのこえ」においても、科学的議論の不在が敗戦をもたらした、という感想があり、私は技術論だけで見ても、これは非常に重要な指摘だと思っている。
東野鉄道・上武鉄道
数十年前に廃止になった鉄道の本。楽しい読書。多士済済興味深い車両があの頃の風景の中を走っていたのかと感興。
陛下のお書きになった「テムズとともに」。調べると、私は2014年に読んでいる。あの頃、まだ町にあった古書店の店頭で贖ったのであった。
移動の自由をお持ちではない方だからこそ「道」あるいは「運河」に興味をお持ちになったとか。
野原などに自然にできる「踏み分け道」を、以前見たことがある。「これこそ道の道たるものだ」と思った。すなわち始原の道。
陛下はそんな道をご覧になったことがあるだろうか。
先日、古書店で「ソ連に幽霊は存在しない」を見つけた。買おうかと思ったが、思いとどまった。2012年8月に読んだではないか。
忘れているのだから再読しても良いが、この程度の感想しか書かないのであれば、再読するほどのものでもないのだろう。
http://folia.txt-nifty.com/musik/2012/09/20128-fa69.html
「太陽の季節」。短いのに読む気にならない。所詮金持ち学生の遊興生活を描いたものであって、通俗小説の域を出ないからだろう。
●雑感
小旅行。直前まで行き先定まらず、結局松本周辺。折りたたみ自転車は、雨のため断念。
大糸線で信濃大町に行く。立山黒部アルペンルートの一端ということに、行くまで気づかず。迂闊。
お昼は蕎麦屋さんで、信州の食べ物セット。塩烏賊の酢の物、エゴ、野沢菜。そしてキノコ蕎麦(冷)、日本酒常温。塩烏賊が特に美味しかった。
穂高の碌山美術館。碌山氏出身地。館の建て様、初夏の若葉が雨に濡れるの有様もよろしく楽しめた。
文覚は西行伝説でも聞いていたが、たしかに西行に限らず気に入らぬ輩を殴りつけそう。
ほんとは、折りたたみ自転車で安曇野を走り回るはずだったのだが。。。
松本に戻り、雨の中ぶらつく。格好良い画材店の隣、電気屋さんの古い看板をかけたまま営業しているカフェ。本も売っているのが良い。
向かいに銭湯があるのが目につく。カフェにも銭湯の楽しいパンフレットがある。
カフェの女性に、銭湯は百年ほども歴史があるなど聞いて楽しい。もともとは材木屋さんだったのが、木っ端を燃やしたのが始まりらしい。
銭湯最高。
湯上がりに番台の女性と少し話す。雲がなければ常念岳が見えるなど。松本の方は皆親切だ。
その後、パン屋さんでクリームパンを購入後、なかなかよろしい居酒屋を発見し沈潜。野菜のおばんざいを特に称揚したい(わざわざ一人用にしてくださった)。
こうして、雨ながらも蕎麦屋・彫刻・カフェ・銭湯・居酒屋となかなか良い一日であった。
二日目は大変晴れた。宿でクリームパンを食した後、ウロウロしていると、昨日のカフェを再度発見。朝からやっている。そういえば、そんなことを聞いたような気もする。酔って忘れた愚。
朝のコーヒーを飲んでいなかったので、もいちど入る。後から入ってきた客人ドウグヤタサキ氏(ヴィオラ弾きの友人に似ている)としばしお話。
昨日もらいそびれたパンフを見ると、カフェの主は市議会議員でもあるようだ。そう言えば、銭湯の脇に出ている看板を昨日から見ているはずなのに、気づかない愚。
客人ドウグヤタサキ氏は芸術家で展示のため松本に度々来ているとか。
その後、宛もなく歩き出し、大きな木が生えているのに向かって歩くと。旧制松本高校の遺構。
北杜夫「どくとるマンボウ青春記」の舞台であり、先日、松高教授であった蛭川幸茂氏の著書も読んだばかり。感慨深い。
さて、松高の後、地図を見ると、松本民芸館が近いので、行ってみる。道が少々わかりにくく、偶然行きあった近所の方にわかりやすいところまでご案内いただく。まこと松本の方は親切である。
松本民芸館は、非常によかった。先般、世田谷区美術館での民芸展も良かったが、松本の風景の中にある民芸やまた良し。
バスで松本城に移動。その後、ドウグヤタサキ氏の展示を見る。軽妙で楽しい。買わないのは申し訳ない。
松本→甲府→富士→熱海→小田原なる経路で帰途。身延線全線は本当に久しぶり。富士・富士宮間のみは仕事で2往復(以上)しているが、全線は小学生だった頃、父に連れられて以来。あの時も甲府から富士に向かった。
直前まで松本に行くと決めていなかったし、松本でどうするかも考えていなかったし、その割には楽しめた。そういう自分にとって行きやすく、行けば楽しい土地がひとつふたつあると良いものだ。松本の皆さんには感謝するばかりである。
神秘主義者グルジェフやその弟子ハルトマンの音楽らしい。
https://www.youtube.com/watch?v=rlq3a2JfMRc
相当不思議。ふつうの調性音楽ではあると思うのだが。
仮名表記でハルトマンになる作曲家は複数いるが、この方は、露人 Thomas Alexandrovich de Hartmann 。
素敵な歌、ガンバの素敵な伴奏と素敵なオブリガート
https://www.youtube.com/watch?v=UwfPKcTNv-4
もともとは、歌手 Barbara が歌った「 Ce matin-là 今朝」のカバーらしい。
特にオブリガートが良い。譜面が欲しい(同じ雰囲気で弾けるかどうかは別問題)。
訳詞はこちらにあった。有り難い。
http://chantefable2.blog.fc2.com/blog-entry-313.html
道楽亭橋本氏逝去
道楽亭には、数度行っただけのご縁だが。最初は、行けなくなった同僚の切符を引き取って代わりに行ったものだった。うんと狭い、膝を抱えるような客席で、でも楽しかった。
そして、記憶に残るのは舞台に上がるはおふた方、お客に来たのは私ひとり「演っても良いですが、キツいですよ」と言われ、止めにしてもらったもの。今思えば、一生に一度のこととて、演って貰えばよかった。で、ご祝儀の一つも出せば「イイ男」だったんではないかな。私は往々にして判断を過つが、思い出に残るひとつがこれだ。
道楽亭。いい名前の良い席だった。
インテル入ってる、という宣伝文句があった。Intel inside の和訳だろう。英和とも韻を踏んでいるのが良い。
メンタル参ってる、という一文を思いついた。使いどころが見つからない。言葉の軽さに比して内容が重すぎる。
バザールでござーる、という宣伝文句があった。マジャールでごじゃーる、という一文を思いついた。やはり使いどころが見つからない。
いつかバルトークを演奏する時に唱えてみようか。
鉄道模型製造会社ホーンビー
https://uk.hornby.com/hornbytt120
日本ではあまり見かけない。1/120模型が結構作られている。この模型は英国型1/120なので、模型の軌間は12mmのようだ。日本型1/120だと9mmになるので、ちっとも互換性などない。自分には関係ないが、残念だと思った。
機関車も思いの他様々な種類が作られている。
機関車トーマスで、いじわるな「ディーゼル」と呼ばれていた機関車も。
https://uk.hornby.com/products/br-class-08-0-6-0-d3986-era-5-tt3028m
調べると、このディーゼル機関車 BR Class 08 は、「1010両が製造され、イギリス国鉄の 各形式の中でも最多数のディーゼル機」だそうだ。だからこそ、蒸気機関車愛好家に憎まれたのかも知れない、と思った。最高速度は32km/h というのも、ものすごい割り切りである。
鉄道の人たち 昭和27年制作
https://www.youtube.com/watch?v=3K_ttsioHTQ&t=126s
途中、除雪車出動時のBGMが「パシフィック231」。厳密には「場違い」だろう。電気機関車で雪が多いのは、上越線か?
youtubeで海戦の解説を見てみる。
米国人が作成したものは、艦長が主人公で人間サイズの物語、日本人が作成したものは、艦が主人公で人影は皆無。
偶然そうなっただけなのかも知れないが、日本人の行う種々の「擬人化」とも合わせ、何か戦争観・人間観の違いがあるようにも思える
偶々「響け! ユーフォニアム」(宝島社文庫)の表紙絵を見た。コントラバスのお嬢さんはフレンチ弓なのね。高校生ながら天晴!
あと、バスにパフリングがないみたい。
(まあ、そういうことではないのだろうけれど)。
「慶応大学は慶應年間に始まり、明治になって始まった東京大学より古い」理論がある。
で、緒方洪庵は適塾。適塾は大阪大学医学部の前身。福沢諭吉は適塾出身で慶應義塾を作った。だから、慶應大学は大阪大学の分家説。
だが、仏教系大学がより古い説もある。
Wikipedia「カレッジ」の項目より引用
学寮を起源とする仏教系大学としては、駒澤大学(1592年創立・曹洞宗)、龍谷大学(1639年創立・浄土真宗本願寺派)、大谷大学(1665年創立・真宗大谷派)、花園大学(1872年創立・臨済宗)などがある。
さらに「四天王寺大学は推古天皇の元年に聖徳太子により、仏の教えを学ぶ場、そして人間教育の場として創建された四天王寺敬田院(きょうでんいん)が起源である。」とも(Wikipedia)。だんだん面白くなってきた!
クイックおばけさん。大好き。
https://www.instagram.com/p/C8FEqVpyyNd/
どじょう星人も素敵だが、私の音楽にどじょう星人の宇宙船を動かすほどの感情があるだろうか。
感情的ではない理知の音楽も面白いが、私としては、理知と感情のたゆたい・混淆・混沌こそが音楽ではないか、という気持ちがある。
ウテ・レンパーほか
https://www.youtube.com/watch?v=GkpWgiJQnHM
レンパーさんご存命だったのね。というか、私とさほど変わらんやん。そうだっけ?
煙がある風景 峠を超えるD51 関西本線と中在家信号場
https://www.youtube.com/watch?v=Yuw0BcuW2RU
素晴らしい蒸気機関車の風景(現実にこんな煙に燻されたいというのではないけれど)。
コメントの中に「複数の蒸気機関車はどのように協調運転していたか?」とある。「汽笛で合図しあい、あとは乗務員の技倆・努力によっていた」くらいが現代的正解であろうか。
私世代の者は、親父から、あるいは身近な書物からそうした話を見聞きしていたけれど、もうそういう時代ではないのだ、と改めて感じる。
ポーランドの音楽学生オーケストラ(らしい)
https://www.youtube.com/watch?v=qxy_cftk0ho&t=2288s
ハイドンなどを聴いても音色が冷ややかであると感じるのは、ポーランドに対する先入観のせいか?
以前「通奏低音を弾いたことがあるか?」と訊かれた。適当に応えてしまったが、これって、通奏低音の例のアルファベット/数値を見て解釈できるか?という問いかも、と最近になって思ったので、テレマンの通奏低音教本をまずは買ってみる。(が、私の目的にはあまりそぐわないようなのを買って見て気づく。)
ともあれ、自分で解釈したのではないにせよ、若い頃、バッハ、ヘンデル、パーセルなどを弾いたことがあり、これらは今になっても大きな財産かも知れない、と思った。
モーツァルト協会例会、市川市文化会館(6/29)で、島根氏の演奏を聴く。
失礼な褒め方だが、音程感が非常によく、音作りも非常に良い。「歌い口」に惹かれる。
丸山韶氏のCD「Frenesia」を買ってみた。「熱狂」という掲題を軽んじるわけではないけれど、風の声・雲の流れ・暮方の光のような軽やかで繊細な音楽であるように感じる。こういうのが好きだ。この方のモーツァルトのヴァイオリン・ソナタを聴いた後、Youtubeで他の演奏を聴いた。現代ヴァイオリンは味付けが濃すぎて私には胃もたれするようだ。
活気ある通奏低音も素晴らしい。
Viola da Gamba 三兄弟(嘘)
treble viola da gamba
terrible viola da gamba
trouble viola da gamba
私は天与の才によって下ふたつは達人になれそう。
ついでに、Oboe 三兄弟(嘘)
Oboe da caccia
Oboe Focaccia
oboe d'amore
モーツァルトの弦楽四重奏第15番を練習:
1楽章:死人のように無表情に弾いておるな>>儂。
4楽章:時々変態ヴィヴラートが炸裂する。まあ強調したいお気持ちはわかるのだが>>儂。
臨時記号があるような音は「事件」なのだが、「事件」として求められている程度を超えて「大事件」になっておる>>儂。
最後のコラールはヴィオラが紙一枚音量大な方が嬉しいかも。
ブラームスの弦楽四重奏第2番を練習:
1楽章:
冒頭しばらくチェロが死んでいる。音程極悪。拍の70%くらいで意識喪失。ブラームスを弾くならば、白玉(全音符)は102%以上弾く気持ちでないとアカンよね。
皆で音程整理しないとアカンね(自分ができないのは連帯責任)。
ハイドンOp76-5:
1度は真面目に弾いた曲であり、おおむね形になってはいるけれど、第1楽章が思いの外やることが多そう。
「表情」を作る意識はオーケストラ奏者にはあまり要求されないし、モーツァルトやベートーヴェンでもさほどは必要ないだろう。
でも、ハイドンは表情を作らないと、まったく音楽にならない。そんな感じ。
後、細かい音符で急ぐ癖を是正しよう。十分弾けるテンポであることをよくよく理解しよう。
ベートーヴェンOp.131:
少し先が見えてきたかも。通せば通る。落ちるが戻れるの程度だが。
ベートーヴェンの話ではないが、「人間が覚えていられるのは7つ8つ。」という話がある。で、多くの場合、生活で2つくらい、趣味で2つくらい記憶領域を使っていて、仕事に3つ4つ割いていれば大したもの、と聞いた。仕事が忙しくなれば、一時的に趣味や生活を削ってしのぐ等など。その意味でも、この曲の7楽章は多いのよね。しかも、途中長い変奏曲(変奏の度合いが大きくて別な曲に聴こえる)が入る。
ともあれ、もっと「考えないで弾ける」ようにする必要がある。頑張ろう。
ブラームスはもっと「考えて弾ける」方が良さそうに思うのだが、この「考える」とは何を言っているのだ?>>私
とは言え、先日から取り組んでいるデュポールのお陰で左手は矯正されつつあり、様々なパッセージに活きているように思う。 デュポールは、第1番が弾けそうになかったので、8番、9番に取組み、これらもちっとも上達しないので、1番に戻って見た。どれも弾けないのだが、弾けないなりに楽しく練習している。