読書の記録(2025年10月)
続 小林信夫の模型世界 ~貴方も電鉄経営者~
楽しい模型鉄道のお話。少しずつケチって読む。
私はグリーンマックスカタログで小林氏の文章に馴染み初め、そこから鉄道模型趣味誌に小林氏が登場した最初の頃しか知らなかったので、これら正編・続編で知れたことが多い。
そのうち、小林氏が美術大学卒業とのこと。身内に美大出身者がいる感想として、「制作もそうだが、コンセプトをよく練り込むところが美大っぽい」。学科や指導教員によって同じではないだろうけれど、美大において一定数は「コンセプト重視」があるし、作品の説明を求められることも多いようである。小林氏の文言にそうした「美大らしさ」を感じることがある。とは言え、その中身はすべて「小林節」であって、美大がどうこう言うものでは全くない。(自分がちょっと気づいたと思っていい気になっている、ということ)。
私も長年放置している「石畑地方鉄道」をなんとかせねば。とはいえ「石畑」は他の方が使っておられるので、違う名前にしよう。私自身は自分が住んでいた土地の名前から、昭和の末頃に付けた名なので、それはそれで「由緒ある」のであるけれど。同じような地名繋がりで「善照寺電気軌道」とでもしようか。この名の寺は複数あるので、あまりご迷惑にもなるまい。(東京都西多摩郡瑞穂町、愛知県犬山市、滋賀県犬上郡豊郷町にあるのは今知った。)
幕末百話
少し読む。殺伐たる話が多い。現世もあまり感心しないことは多いが、意見が違うからとかんたんに殺す・殺されることがない(少ない)現世はありがたい。
とは言え、ロシアがウクライナに攻め込み、イスラエルがガザで虐殺をなしているのは幕末と変わりない。あるいは、幕末以前である。
大火災の後、小倉百人一首の替え歌を作るのは何か災害に対する強靭さを感じる。疫病も多く「いつ死ぬかわからない」時代と現代で同じであるはずもなかろうけれど。
わた史発掘 戦争を知ってる子どもたち 小沢昭一
昔から何をする人か分からないところがあったが、Wikipediaによれば「俳優、タレント、俳人、漫談師、エッセイスト、芸能研究者」とのこと。
確かにそんな風だったと記憶する。
前半は調べるのとその結果が混交して(よくあるけれど)進みが鈍い。
海軍兵学校進学あたりから明晰になってくる。この方が海軍兵学校におられたとは知らなかった。
「教育勅語もイイこと言ってる」説は福田赳夫あたりも言っていたのかと驚く。
そしてそれに対する小沢の反論も。「家族仲良くは良いが、結局天皇のために死ね、という『地ならし』で言ってるからアカン」と、当然の理屈。
「赳」の字が思い出せず「福田赳夫」Wikipediaを見る→フィクサー「大谷貴義」に飛ぶ→外部リンク「日美」に飛ぶ→「アクセス」を見る→1階に喫茶草枕。
そう言えば、「喫茶草枕は良いですよ」と聞いたことがあるので驚く。上の流れからは怖くて行けないや(一般庶民にはなんら関係ないけれど)。
「日美」に用事があって行くと、喫茶草枕のコーヒーが出たりするのかな?(一般庶民にはなんら関係ないけれど)
フランス中世史夜話
あまり中世っぽくない話(小説家スティーヴンソン)も出てきて驚く。まあ、そんなに正確性を期するような書でもないけれど、「中世史」と付けなければよかったのに、とは思った。
とは言え、こういう歴史エピソード集のようなのは好き。もちろん歴史の「メカニズム」も好き。中間的な「事実連呼型」はキライ。
スペインの異端審問官トルケマダ。ドストエフスキーなどで馴染みがあると思いつつ、他にもなにかある、と思ったならば。
ブラジル音楽マシュケナダ(Mas Que Nada)。なだいなだ Nada y Nada 。そもそも語尾は「なだ」と「まだ」で子音が違うぞ。
紋章の話もスッキリまとまっていて読みやすい。以前ちくま文庫の紋章学の本を買ってみたが、基礎的な知識がないので読みにくく途中で投げ出してしまった。こちらの本で読んだ基礎知識をベースに読むか・・・というと、基礎知識だけで十分という気もするね。
ノルマン騎士の地中海興亡史 山辺 規子
ノルマン人がシチリアに居たことを何かで読んだ(か、見た)。何だっけ?で、ノルマン人と言えば、「ノルマン・コンクエスト」で英国を征服したフランス人・・・と思っていたが、北方から来たヴァイキングだったのね。
このノルマン人による征服のせいで、「豚も牛も生きている間は英語だが、食べ物になるとフランス語(世話をするのは征服されたイギリス人だが、食べるのは征服したフランス人)」という自虐ネタが生まれた。
首領「ロロ」なんてのは、アルセーヌ・ルパン「奇岩城」にも出てきて雰囲気を盛り上げてくれるけれど、このあたりの人なのね。。。などと大変面白い。ちょっと事実の羅列が多いので、図表を作りたくなってくるのではあるけれど。
うんこ虫を追え 舘野鴻
良い本!笑いあり涙あり、科学のロマンを感じさせる。ファーブルへの言及も良い!
センチコガネとオオセンチコガネがこんなにも違っていたなんて!
(この絵本の内容、論文にされたのだろうか?と要らぬ心配)。
黄色い本 高野文子
出先の喫茶店にあり、つい読んでしまう。
詩的であり、引き込まれる。また、少々わかりにくい話回しなのだが、それだけに読むごとに発見があるように思う。
この本を買って読み始めてすぐ「『黄色い本』を先に読まねばならない」と思い、読んだのが2009年。
http://folia.txt-nifty.com/musik/2009/06/post-74a1.html
コロナより前、父母が身罷るより前、随分前のことだ。
長崎聞見記を読む
江戸時代長崎遊学をした医師の見聞記(聞見記)ゆるゆる眺めるにはちょうど良い。
マツカサウオの項に見られるように、現代の情報を差し挟むのも、博物学的で良い。
日本に輸入されている漢方薬は、大陸から見て二流品か?と疑うなどなかなか面白い。
カッテンディーケの回想も少し読んでいるけれど、近い時代・近い場所を複数の目で眺めるのも面白い。
サンキューピッチ
漫画。漫画らしい荒唐無稽さが楽しい。野球のルールを余り知らないので、これらが妥当なのか夢物語なのかも全くわからない。ルールも解釈もなんとなくそれらしいな、程度の理解。
鉄道ピクトリアル 平成元年7月号No.514 特集/列車編成の記録
昔の列車がどんな車両を連ねていたかの記録。
昨今は「固定編成」がふつうで、常に同じ車両が同じように連なっていると思って良い。しかし、昔々はそうと言うわけではなかった。
一般貨物列車は完全に偶然と言っても良かったし、客車列車も相当程度自由度が高かった。しかも、これらの公的な記録が整備されているわけでもないので、現場観察が趣味になり得た。
私が中学生だった頃日々名古屋鉄道に乗っていた。鉄道ファンだった教員が、電車の編成表をコピーしてくださり。日々どんな編成に乗ったか記録するのも大事なファンの楽しみと言っていることを理解できずにいた。当時の名鉄で言えば、おおむね固定編成ではあったけれど、途中で解結する列車は日々組み合わせが変わるし、時々、事故や故障などで編成が崩れるし、そういう意味では記録の楽しみもあったのだろう。
今回この雑誌を読んだのは、東北本線の急行「青葉」の編成記録を見たかったから。同志社大学鉄道研究会による「デジタル青信号」にも相当程度の詳細が記されているが、紙でも持っておこうという心がけ。もちろん楽しい。戦後の急行にまだ17m級のオハニ30が繋がっていたのだと驚く(C51ともども急行青葉がKATOで製品化されないものだろうか…)。
1980年代の鉄道模型趣味誌
思い出の記事の数々。こんなにも影響を受けているとは思わなかった。
『白井昭鉄道著作集』表紙写真に惹かれて買ってみようと思ったが、専門家向けとて断念。
風とともに去りぬ Gone With the Wind (1936) のパロディー作品 The Wind Done Gone (2001) (風はすでに去った かな?)というのがあるのね。
村上春樹氏。遠い昔に借りて読んだことがある。貸してくれた方は相応の感激を期待していたようだが、私のような粗野な人間には合わない繊細な話だった。
で、10年ほど前、中国に行った折、飛行機の中で、細身でお洒落なお嬢さんが「●●之森 村上春樹」なるお洒落な装丁の本を読んでいた。どうやら●●はノルウェーに当たる中国語らしいと知れた。
そうか中国の若い方にも村上春樹は受容されているのだ、と感心した。村上春樹がノーベル賞にふさわしいのかどうか私は知らないし、程度は知れないけれど、中国の方々にも一定程度読まれているのは確かである。
海洋小説ホーンブロワーシリーズに出てくる「爆弾ケッチ(砲艦)」
https://en.wikipedia.org/wiki/Bomb_vessel
描写に誤りあることも指摘されておる。まあ、ストーリーに障るようなことではないと思うが。
終着駅を題材にした本を持っている人を見かけた。
他路線に接続していない「真の終着駅」を考えてみると、自分はほとんど行ったことがないだろう。
適当に列挙すると、武豊線の武豊駅、名鉄谷汲駅(廃止)、伊豆急行下田駅、京急本線三崎口駅、伊豆箱根鉄道大雄山駅、松本電鉄新島々駅、叡山電鉄八瀬比叡山口駅・鞍馬駅、京福北野線北野白梅町駅、阪急千里線北千里駅、かな?思ったよりあるが、JR/国鉄はほとんどないなあ。
また、路面電車であれば、岡山、長崎は終点すべてを乗りつぶしているはず。
幾寅駅も根室本線の「終点」だった期間に利用したものの、鉄道連絡バスが走っていたし、ふつうの意味での「終点」ではなさそうだ。
東室蘭駅までは行っているが、後少し室蘭駅までは行っていない。所用のため仕方がないとは言え、根性の問題かも知れぬ(鉄道趣味休眠期だったのが大きい)。
強羅駅はケーブルカーに接続しているがどう考えるべきだろう。さらにケーブルカーの終点早雲山駅はロープウェイ(索道)に接続している?
何をもって「鉄道」とし、何をもって「接続」とするかで答えが変わるけれど、それはそれで面白い。暇つぶしに持って来いである。そしてまた、次なる旅行は「終点」にこだわるのも面白いかも知れない。
「とろりいぽうるの詩」高松吉太郎
昔の鉄道ピクトリアル誌に連載されていた写真集。当時であってもすでに古い写真だったのではないかと思われる。
私が見たのは、京阪電鉄石山坂本線のみだが他の号も見たいものだ。
あの頃「京阪」も「石山」「坂本」もどこであるか全く知らず、遠い遠い日本の遠い遠い僻遠の地だと思っていた。
当時の自分にとってはまぎれもない僻遠の地であり、それはそれで間違いではなかった。
そもそも「石山坂本線」が読めず「いしやまざか ほんせん」だと思っていた。
Wikipedia高松吉太郎の項からリンクされている「「鉄道趣味」を旅する」は鉄道趣味の概観としてよくまとまっている。
https://www.ikkyo-tekken.org/studies/2010/2010_all.pdf
私の興味は「考古学・史学」っぽい部分もあるが、「鉄道システム」「鉄道システム技術開発史」っぽく少々ふつうの趣味者からは歪んでいるようだ(例によって例のごとし)。
ところで宮脇俊三は理学部から文学部に転部しているのね。ひとつの理想である。
あめのひのえんそく 間瀬なおかた
あっさりしていながら読み進めると味わいがある絵本。
演奏会をひとつ終え、ふたつ準備し、もうひとつの準備に取り掛かった。
多忙に付きあまり本が読めていない。断片的に読んで済むような本だけを読んでいる。それはそれで構わないのだが、小説を読めていないと自分でちょっと悲しいね。まあ、一段落したらまたゆつくり読もうではないか。
読みたいと思いつつ忘れそうな本の名を列挙しておこう。だんだん忘れているものも多いし、忘れたら忘れたら仕方がないと思っているけれど。
子どもがほしい! セルゲイ・トレチヤコフ
来福の家 温又柔
李良枝セレクション
台北人 白先勇
台湾、あるいは孤立無援の島の思想 呉叡人
台北プライベートアイ 紀 蔚然
パピヨン本田 コンセプチャル・ガール第9話
「良い場所でする展示が良い展示」という一文に一瞬反感を覚えるけれど、「良い場所」を「多くの人々に見てもらえる場所」であると考えると、端的で間違ってはいない。だが、その時代に「見てもらえる」だけでなく、「未来の聴衆」に向かって書かれる音楽があっても良い(と、芸術家ではないので安直に書く)。今、目の前にいる人間だけが「人間」なのか。
この他、ギリシア哲学者列伝、史記(列伝)、古い鉄道模型趣味誌などを読む。
●雑感
モーツァルト K.428の本番
録音を聴く。なんというか、弾いている私の心の裡がよくわかるよね。
「真面目に弾いているか、そうでないか」は録音であってもよくわかる。
違う言い方をすると、「その音楽を正しく理解しているか、自分の音を正しく聴いて、音楽像の中に定位させているか(正しく修正しているか)」はすぐにわかるし、それをひっくるめた「心ばえ」はすべて録音から聞き取れる。
真面目に弾いている一瞬もあるようなので、それを救いにこれからも頑張ろう。
とは言え、チェロ(多くの場合、根音担当)が真面目に弾いていないのにヴィオラがまともに弾けるわけないよね。
スメタナ「わが祖国」
非常に難しい曲。オーケストラの団員になるとこんなに難しい曲を弾かなければならないのか、と絶望と尊敬の念が已まない。
オーケストラ入団も考えないでもないが、こんなにも難しい曲を毎週合奏しなければならないのはとても考えられない。
申し訳ないが、時々どうしても弾きたい曲だけ弾かせていただくような立場しか取れない。
ドヴォルザークの弦楽五重奏曲 Op.97
面白い。伴奏的伴奏も結構あるのだが、リズムパターンに富んでいて、旋律を(いい意味で)煽り立てることができる。
そしてまた、伴奏的伴奏をしている間も、他で旋律だけでない対旋律が動いていたりするので、いい気分である。
若干 2nd Va が独奏っぽいのは、ここをドヴォルザーク本人が(楽しく)弾くためであったろうかと思いたくなる。
ショパンコンクール。優勝者は米国人。彼も含め上位入賞は東アジア系が多い。
「我々東アジア人は真面目に練習するから」と誇るか?(誇ってどうする)。
欧米の管弦楽団のヴァイオリンは(楽団によるが)半分東アジアというところも珍しくないように思う。
低弦に行くほど東アジア割合は下がり、管打楽器にはほぼ不在と私は見ている。
もう東アジアで喧嘩するのではなく、この「優秀性」で全世界の平和と安寧をなんとかしたいものだ(そんなにも優秀な東アジア人同士で喧嘩させるというのこそ国際的邪悪組織の陰謀なのでは?)。
さて、様々な奏者の様々な演奏を居ながらにして聴ける素晴らしい時代。優勝者のYoutube演奏動画にも、たくさんの人々が書き込みをしているが、どなたもコンクールとしての熱狂ではなく、音楽としての良さを褒め称えているのが良い!(一部外国語は自動翻訳で読ませて頂きました)。
チェロの弦を交換した。
ダダリオのカプランは最初は暴れすぎ、しばらく悪くはなかったが、その後急速に黙り込んだ。私には合わない。
次はたいへん迷うしガットも張りたいが、当面オーケストラもあるため金属弦。
昔懐かしい、ヤーガー2本+スピロコア2本。これを嫌う人がいるのも知っているが、原点に戻るのもよかろうし、弦全般が値上がりしている中では比較的安価。3万円台前半。
D線が大人しすぎて、D線ーA線の切り替えが明確なのと、C線が適当に(いい加減に)ブーブー鳴るのがアカンが、使えないことはない。
一緒に弾いているヴァイオリン・ヴィオラの人々からは「聞こえる」と言われる。うーん。カプラン鳴ってそうなのに飛ばないのか。
これが弦の特性マップにおける Focus なのかな。ガットだと unForcus の極みみたいになるのよね。
とりあえずオーケストラの本番をこれで乗り越え、その後ガットに行こうかな。でも、次はR.シュトラウスのメタモルフォーゼンなんだよね。
相当程度 Focus が求められそうな気もする。
昭和における輸出ブラスモデル(鉄道模型)の話
https://ameblo.jp/kiyomori0928/theme-10109971151.html
山崎喜陽氏の「ミキスト」などで漏れ伝わっていたことがまとまって読める。貧しい戦後日本で輸出できるもの、米国で喜んで買ってもらえるものは、真鍮製の蒸気機関車模型だったのだなあ、と。確かに、古い鉄道模型趣味誌を見ていても、米国型模型が多いし、日本型を作ろうとしていても部品は米国型だったりした。それがコスト安や品質向上によって韓国製に置き換わって行く・・・などの歴史。
これから日本が何を作り・何を売っていくかを考える際のヒントになる部分があるかも知れない。ともあれ、ゲームやアニメーションなどのソフトウェア「コンテンツ」がひとつ、そしてまた、その場に行かなければ味わえない「(モノではない)コト」であるとかがひとつなのだろうか。
人類は「パンと見世物」が必要として、我々の時代に「見世物」として、自動車、オートバイ、カメラ、音響製品などがあり、それらはすべて「コンピュータ」に収まってしまいつつあるのが現実なのだろうか。そして、たまに「コンピュータ」の外に出たい時に「ある場所に結びついたコト」が生じれば良いのかも知れない。それでアカンとも思わないが、如何にも如実な「見世物」なので人類には進歩も発展もないものと少々暗澹とするものである。CO2排出量が少ないのは、もしかすると人類のそういう自衛策なのかも知れない。
メルクリンについて考える。
UX(ユーザーエクスペリエンス)なる語は、1990年代Apple社で使い出したらしいが、メルクリンこそUXの先駆け(のひとつ)であるように感じる。
重量感があって安定して走行する車両、しっかりした道床付き線路、多彩な分岐器、信号・踏切・鉄橋・駅・信号所などの鉄道施設。
そしてこれらを魅力的に見せるカタログ。
「次は何を買って何をしよう」という夢が趣味者向け商売には大切だと思うけれど、その夢をどこまでも広げてゆくカタログ。
鉄道模型の趣味は雑誌「鉄道模型趣味」のように「機芸」(機械芸術あるいは機構芸術)的な工作志向もあるけれど、それとは少し異なるメルクリンの方向性も面白くはある。
日本のNゲージ鉄道模型を普及して来た関水金属KATOもTOMIXもメルクリン的UXの充実を目指しているのは間違いないと思うけれど、車両他の商品数が爆発的に多くなることで、UX的な統一感やイメージを持つことが難しくなっているようにも思う。
(一方、昔のグリーンマックスは「作る楽しみいっぱい」と別な方向の「UX」で勝負していた)。
安楽マニア。
鉄道模型の世界には、「安楽マニア」という言葉があり、工作その他自ら行動しない(そして口だけ動かす)者をいう。
私もほとんど安楽マニアであるけれど、この言葉随分居心地が良い。もう安楽マニアでも良いかも、と思わせる。
そういう意味でも「工作もしないクセに文句ばっかり言いやがって」のニュアンスが見えにくい雅な言葉使いだなあ、と感心する。
「安楽椅子探偵」にも憧れるところがあるから、「安楽」の語感が良いと思うのかも知れぬ。
講談・落語に「西武家の一族」とあるのを、つい、堤康次郎らのシリアスな話だと思いきや。
「堤家の一族」ではないもんね。ああ、ヒヤヒヤして損した。
ピタゴラスイッチ
「ピタゴラ装置を作る装置」を見た。『メタ装置!』素晴らしい。
また、水中(液中)ピタゴラ装置も。ゆっくり動作が楽しい。惜しむらくはせっかくの浮力を活かす動作がなかったこと。他にも液圧を活かすなど、液体らしいピタゴラ装置を望む!(勝手な望み)。
小学生だった私が初めて買った(買ってもらった)レコードはカザルスのホワイトハウスコンサートだった。
私が初めて全楽章取り組んだ室内楽曲はシューベルトの弦楽五重奏。その時はカザルスとヴェーグ四重奏団のCDを繰り返し繰り返し聴いた。
私はカザルスから生きる勇気を教えられた。
すべてのチェロ奏者はカザルスに通じている。私がごとき素人チェロ奏者の末流のような者でも師匠筋を指折り数えればカザルスにたどり着く。
(すべての数学者がエルデシュに通じるように?)
というようなことをNHK「クラシックTV」を見ながら考えたが、この時期にカザルスを取り上げたのは、カザルスホール再開と連動しているのだろうか?
戦争反対ということであれば、ウクライナへのロシアの侵略が始まった頃に放映されて良いようにも思うし。
国勢調査
職場の事業内容、個人の業務内容を具体的に詳しく書けとのこと。
それはそれで良いのだが、これを集計するならば、AI(的なもの)を使って、予め用意したカテゴリにふるい分けするのだろうか。
それとも地域担当者などが手でちまちまと。。。
仕組みをちょいと知りたい。カテゴリごとに頻出単語を紐付けておいて、「この単語が出てきたらこのカテゴリ」とするのは単純だが、稀なケースをどう処理するのか?機械的処理を最初に行い、漏れたのを機械的処理できるよう新たな単語登録をしたり、人手で分類したり・・・が現実的ではあろうけれど、これらを大規模に・安全に行う手立てを私は知らない。
例えば「殴られ屋」「レンタルなんにもしない人」などはどんなカテゴリに入れるのが良いのだろうか?
(日本標準産業分類を少し見たことがあるが、「その他のサービス業」という気がする)。
乾電池006P。
他の「乾電池」と全く異なる形・接続方法なのはなぜか?
Wikipediaによれば、ソニーがトランジスタラジオ用に開発を求めたものだそうだ。「なぜ」までは分からないが、たしかに昔のラジオに使われていた記憶はある。
「ふつうの乾電池」のようなバネ接点より接触面積を稼げるような気がするのと、湿気などによるバネ劣化による接触不良が生じにくい気がする。そういう意味で、「ポケットなどに入れて使うラジオ」を志向して作られた電池としては適正でると感じる(真実は知らないよ)。
我が家では、電子メトロノームで現役。こればかりは充電式電池はなさそう(9V充電器が専用になる)と思ったが、専用充電器式およびUSB-Cを尻に指す製品の双方があった。うむむ。
他の乾電池と異なる形・接続方法である理由は結局定かでないけれど、最近のデジカメに見られる「専用電池」に近いものだったとも考えられる。たまたまそれが一般化した、と。
「ポジティブフィードバック」は人材育成では良いことだが、信号系では禁忌。
というのはおそらく正しいが、ジュール・シーフにおいては正帰還をしているとのこと。
あれは「電力系」であって「信号系」ではないからな。波形が汚いのは問題にしていないし。
Youtubeのお勧めに "The Flying Nun" (邦題:いたずら天使)が出てくる。
確かに英米の喜劇作品を好んで見ているからと思いつつ、なにゆえこの無名作品とも思う。
Wikipediaに日本語解説があって助かる。
KATOが南海電鉄6000系を発売。
関西私鉄を知らない私にはとにかく驚き。これまでJR西日本、阪急、近鉄と関西方面への目配りも忘れぬKATOであったから、当然つぎは南海だったのかも知れないが。また、この車両が60年間現役というのも知らなかった。
私の中の年表に合わせると、名鉄5500系と7000系の間に走り始めた車両が、まだ本線走行している、と。それは確かに驚きである。
名鉄5500系と8200系の模型は手元にほしいけれど、毎日見ていたような電車は、細かな印象がありすぎてどんな模型であっても結局気に入らないので、まあ持たぬが花であろう。
ED18の台車は、DD10の設計を引き継いでいると知った。
A-1-A+A-1-Aなる動輪-遊輪-動輪の構造は国内ではこの2形式のみであったし、どちらも電動台車だったのだから共通していてもおかしくはないけれど。
ED18の模型は売られているから、車体だけ作ればDD10を作り出すのも夢ではない(そこに価値を見出すかは人それぞれ)。
名鉄鳴海工場・鳴海検車区
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E5%8F%A4%E5%B1%8B%E9%89%84%E9%81%93%E9%B3%B4%E6%B5%B7%E5%B7%A5%E5%A0%B4
今はもうない施設。私が子供の頃、よく外側から眺めていた。黒地に黄色いポイントを入れた電気機関車(デキ370)が控車を従えて往復していた。
手前にある検車区はまだしも、奥にある工場で何が行われているか全く解らなかった。それを何十年も経ってこうして読めることの不思議さよ。
私が住んだ土地は4つあるが、そのうち3つは車庫(工場・検車区等)がある・あったのはなかなかおかしい。
地価が高い都心には住めず、地価が安い郊外に住む、という外来都市生活者の一族として仕方がないことではあろう。
鉄道模型Tomixの製品化予定。名鉄ワム6000とは渋い。ということは、名鉄の電気機関車も製品化していただけるのでしょうか?
デキ400とか。12m級動力を発売するが、11mのデキ400より長いか・・・。ま、そんなことないよね。
キンボー・イシイという指揮者がいる。物理屋・数学屋はどうしても「近傍」という文字列を思い浮かべるのではないだろうか。
曲線と直線が接するところとか、そういうε-δっぽいの。
ズーラシアンブラス等々の動画を見る。楽しい。
クラシック管弦楽入門のひとつの良きありかたのような気がする。
演奏もきちんとしている。入門向けの楽しい曲を、クラシックらしくキチッと演奏していることに好感が持てる。
私自身は演奏に構築性と感傷性のせめぎ合いみたいなものを作ろうとしがちだが、そもそも選曲自体がそーゆー「濃い曲」ではないしね。
演奏する立場からすると、前方の限られた視界しかないのが苦にならないかな?等は気になる。そのあたりを明かさないのがスマートで良いとは思うけれどね。もしかすると、全員ヘッドセット付きでメトロノーム音を聴きながら演奏している可能性もなくはないが、指揮と演奏のコミュニケーションを感じさせる場面も少数ながらある。
宇宿允人氏は「譜面台は一人一本」としていた。彼の場合、おそらくは「俺の指揮棒以外見るな」思想だったのだろう。そうした演奏形態もあるのだから、ズーラシアンのように視界が限られていても大きな問題は生じないのかも知れない。
(ズーラシアンの曲自体もいわゆる「管弦楽曲」で精緻な合わせが問題になるような曲ではない)。
ワルシャワ蜂起の展示を見た。歴史を知ることを重んじているので見させていただいて良かったと思っているが、なぜ、今日本でこの展示がされるのか。ワルシャワ蜂起については過去にWikipediaなどで見ており、また、ポーランド亡命政府などについても一応最低限の知識はあったので、見るのに困難を覚えはしなかったが、それでも細かい事実の積み重ねには圧倒される。
昨今の情勢から考えると、プーチンの軍拡へのヨーロッパの危惧がひとつあるのだろう。ポーランドとしてネタニヤフのイスラエルを考えているのかどうか。
“Ddiddiroo Diroo Diroo” Pansori Version
https://www.youtube.com/watch?v=KU5jtaWyUho
韓国の古風な女声合唱。力強くて野太い。そして濁らせる風がある。宮廷風なのだろうけれど、力強い。日本の宮廷女官たちはもっと弱々しいように思っているけれど。どんなもんだろ。
ギリシア スミルナ風の歌
https://www.youtube.com/watch?v=_hUlp13jpF4
そういえば、トルコのハンバーグ「キョフテ」。
この語は、ペルシア語の「叩く」が本で、トルコ語としては借用語らしい。
もっと東の国で「コフテ」表記をするのを見たことがあるが、同じ語だろう。
ビリヤード。孔に落とす以外のゲームもあると知った。
だがその勝敗の基準を知らず、出ている玉全てに当てることに価値があるらしい、とだけ知った。
そもそも孔のないビリヤード台もあるとのこと。
物理学者ホーキングは"気候変動は、我々が直面する最大の脅威の一つであるが、我々が回避しうるものでもある。"と言ったそうだ。
一方、愚かさは、我々が直面する最大の脅威の一つであるが、我々が回避しうるものであろうか?
賢い人間に理解できないのは愚かな人間の存在、愚かな人間の行動かも知れない。
留萠本線はすっかり廃線になったと思っていたが、深川から石狩沼田までは存続していた。が、Wikipediaを見ると2026年4月1日廃止予定。
まあそうだろう。留萌市の人口が18,000人程度であることを考えても。
GoogleMapで廃線跡を辿ると、線路(道床、枕木含めた軌道?)はすべてそのまま。撤去する費用も惜しいということか。恐ろしいことである。
日本国を担う皆さんは、日々地図を見て、廃線や人口減少地域に思いを馳せて頂きたいものだ。
ユニフロー蒸気機関
通常の蒸気機関車に見られるような往復動蒸気機関は、気筒内への蒸気の注入・排出の際、同じ弁を通り、蒸気が行ったり来たりする。
ユニフロー式の場合、入口と出口が別で、吸気(?)・排気は一方通行となる。種々メリット・デメリットがあるようだが、蒸気機関車としては習熟した機関士が必要であり、成功しなかったらしい。
複式の蒸気機関車(関西鉄道早風型など)があまり成功しなかったのも同じ理由だろう。当時の蒸気機関は、「操作しやすさ」に配慮することはできず、全て「機関士の感覚的習熟」に依存していたから仕方がないのだろう。
複式の早風は1898年導入・1925年全廃、単式の追風は1906年導入・1950年全廃。
「回るお菓子売り場」Gram 浜松の遠鉄百貨店にある!
https://www.endepa.com/floor/8jx21rjcz_4
昨年浜松乗り換えをした時に行くべきだった!己の愚かさに泣きたくなる。
昔々、関東にある母の実家に行く時、新幹線に乗る前の楽しみとして連れて行ってもらったものだ。おそらくは名鉄百貨店。
母が設けた値段上限をもう覚えていないけれど、百円だったか二百円だったか。
いつも「豆板」を必ず買っていた。豆の味、べっ甲飴の味が好きだったから。
その他、ゴムにくるまれた球状の「羊羹」。これは爪楊枝を刺すとゴムが脱げて中の羊羹が現れるのだが、思いの外静かに弾ける。もっとプリンと言いそうなものだが。
そんなのを三つ四つ買ってもらったのを新幹線の中で食べていた。できるだけ食べ伸ばして、東京につく直前、多摩川を渡る頃に最後のひとつを食べた。
買って良い量に制限を設けることで自分たちは一生懸命考えたし、それが楽しかった。そういう楽しみを作るのがうまい母だった。
「キャナリーナ歯磨900pw」終売
愛用していたのに。ネットで見つけて、歯痛時に使って良い効果を得ていたと記憶する。
韓国のバンド Ssing Ssing 解散してたんだ。。。
https://note.com/kid_dic/n/n9ad780a94fbe
凄い衝撃だった。何か知っているような不思議な懐かしさがある一方で、かっ飛んでいるので。ただ変なことをしても驚かない。何か知っている根があるものから飛んでいるから驚くのだ。
で、なんか似た人がいる、と思ってみていた 이희문 오방神과 (OBSG) はSsingSsingの縁戚なんだ。
https://www.youtube.com/watch?v=Bdmm1O9iVXc
遠い遠い宇宙の果の惑星でおふくろの作ったキムチを食べるような不思議な感覚。
バンドの人たちも控えめだが上手い。特にギターの女性が良い!
日本において芸能者を「かわらもの」などと言って、常民の外にあって畏怖すべきものとしていた時代があるようだが、なにかそうした畏怖を思い出させるような異常性が素晴らしい。
私は、音楽解説をあまり読まないにようにしているけれど、上記Noteは丁寧で頭が下がる。この人たちが「中性的」である意味のひとつに、日本の帝国主義が関係していることにも驚かされる。私には知らないことがたくさんたくさんある。
FACEBOOKの自動翻訳。サン=サーンスの「カーニバル・オブ・ザ・アニマルズ」。
この曲は「動物の謝肉祭」が定訳だよね。カーニバルはそのまま訳さないことが多いけれど。
引用符で囲われたものはカナに置き換える、という処理なのかな?
料理研究家星澤幸子先生
北海道在住時代に初めて知った。ウニひと箱とか鮭一匹を料理するような、北海道らしい豪快な料理本も買った。
いま関東でも「どさんこワイド」の料理コーナーをテレビで見られる。
先日は「サツマイモの昆布・バター煮」を紹介しておられた。
私が北海道にいた二十世紀末ごろ、まだ北海道ではサツマイモは余り見かけず、見かけても美味しいとは思わなかった。要するに、北海道では栽培できなかったのだろう。「わかさいも」なんてお菓子は、白豆にわざわざ切昆布までいれて筋っぽさを表現した「最大限の努力でさつまいもを模した和菓子」である。そんなことを思い出していたら、流石星澤先生。「お母さんが子供の頃はサツマイモはあまり食べられなかったのよ、とお子さんにお話しながら料理して下さい」的なことを仰る。良いな。星澤先生。
あの頃、北海道は大抵のものが美味しかったが、他に劣るものも少しはあった。冬の青菜っ葉、サツマイモ、里芋、青魚(鰯、鯖、鯵)。その後関東に移り住んで、これらのものが美味だが、北海道で美味しかったものがそうでもないことを知った。土地と風土。それが面白い。
石破首相の「所感」。良かったと思う。一方、共産党山添氏らの批判も正当だと思う。
双方が「言論」であることのありがたさ。
何か「思ったこと」を叫び続ける連呼への強い嫌悪が私にはある。
日本を「戦争に負けない国」にしたいのならば、「願望」と「現実」を明確に分ける必要があり、その点だけ考えても石破首相の所感・山添氏の批判双方に理があると私は考える。
一方、公明党はついに自民との連立を解消した。
この数年、公明党はもはや存在意義もなく自民党の一部になっていると感じていた。いわゆる「平和の党」としての役割も果たさず、「政治と金(自民党と金)」についても何らの行動も見られなかったから。随分遅くなったけれどやっと元の正気に返ったか、と思う。こちらについても、20年以上与党として行動してきた事(あるいは行動しなかった事々)について反省をして頂きたいものだ。
公明党サブチャンネルにおける石破首相と斎藤代表
https://www.youtube.com/watch?v=hTvLmES2A7Y
趣味の鉄道の話だが、石破首相は聞くことに徹している。斎藤代表はちょっと嬉しそう。
どちらも知性を感じさせる趣味。趣味をきちんと楽しんでいるから知性的なのだろうか?そして最後(おそらく偶然であり、必然でもあるが)交通政策の話になる。東北大震災時の鉄道物流の話がさらりとできるところ、やはり石破首相は(趣味半分としても)非常に勉強していると感じる。
趣味とは個人が個人であるために重要なのだと感じさせる対話だった。
「高級料亭」で親分子分で集まって酒食に耽る・・・前近代的な人々とは異なるのだなあ、などと思った。
という流れで「【緊急】公明党斉藤代表が“連立離脱の真相”をすべて激白!」も見てしまった。
https://www.youtube.com/watch?v=GIgch0dGKR4
きちんとした言葉使いで説明されており、沁みる人には沁みるはず。
公明党は長く安倍政権を支えた負の歴史があり、それをきちんと反省して頂きたいが、まずは「政治(自民党)とカネ」問題の対策を進めようという行動には賛成したい。
Ce matin-là - Barbara (cover by Louise)
https://www.youtube.com/watch?v=69LiGPXhbjk
ヴィオラ・ダ・ガンバ と歌。カバーらしいが、ヴィオラ・ダ・ガンバらしい優しいピチカートと切ないオブリガートが素敵。
多重録音であろうけれど、一人三役のようだ。
休日。でかい西洋人が電車の長手座席の対面同士で足を組んで座っている。30cmほどの隙間はあるけれど。
さて、このようなとき、なんと言えば良いのでしょうか?
Please make your legs compact. ではなさそうだね。
スウェーデンとスイスの違い。
https://www.youtube.com/watch?v=0oNX_BHgi3c
これを見ていると知性を感じさせ、ユーモアを感じさせる。
学生オーケストラの合宿の飲み会で、打楽器パートの人たちが遊び始める。
そんな雰囲気の高度版。やっぱり凄い!楽しい。
https://www.youtube.com/watch?v=pBFUFDh1XX0
たこさんウィンナーの発明者尚道子さん。沖縄の方。これからたこさんウィンナーを見たら沖縄の歴史を振り返ろう。
こんにゃく座の次回オペラは「比羅夫丸」。
北海道絡みで比羅夫の名を聞く。倶知安町字比羅夫にある「比羅夫駅」。北海道最初の鉄道である官営幌内鉄道で使っていた蒸気機関車「義經」「辨慶」「比羅夫」「光圀」「信廣」「しづか」。
阿倍比羅夫の北海道(蝦夷)征伐から来るのだろうけれど、それってば激しく和人の見方だね。時代的にはそうなるのだろうけれど、現代的ではないね。
また、「チャペック」なる再来年の題も気になる。
この題ならば、当然、兄ヨセフと弟カレルの双方が出てくるし、「ロボット」命名の逸話、ナチスが関わる二人の死についても出てくるだろう。
そしてまた、二人の合作戯曲「島」についても出てくると良いな!日本語情報がほぼないし、英語情報も少ないので、おそらくは傑作でないのだろうけれど、そうは言っても二人の名が並んだ時には気になるよね。
ついでに言うならば、田尻宗昭の生涯は面白いオペラになりそうだし、こんにゃく座が追求している(と私が勝手に思っている)「今、我々日本人(ら)がここにこのようにある理由」シリーズとしても好適だと思うのである。
仕事の会議で「・・・ってすると頭良さそうじゃない?」と言う。きわめて頭の悪そうな発言。
練習の時にも「・・・ってすると上手そうじゃない?」と言っている気がしてきた。きわめて下手くそ野郎の発言。
「文学は役に立つのか」なる書物があるらしい。
そこから連想するに「お前が生きていることは何かの役に立つのか?」と言われて、私には答えられる気がしない。
家のローンが残っているとか、仕事の〆切があるとか、そういう「役に立つ」がないとは言わないけれど。
それを考える(あるいは考えない)ために文学を読んでいるような気がする。
これで文学すら読まないとなると、私は人糞製造機あるいは二酸化炭素発生機ではないか?
沖縄方言 すぎる 白雪姫
元の禍々しい話より良いかも。王子が「ユンタク」するために沖縄弁を学んでいるのも素敵だし、王子の舌足らず沖縄弁を否定しないところも素敵。
安次嶺栄純なる名前も気になる。苗字も沖縄風だが、文字ひとつひとつも沖縄風味があるように感じる。
いつものNPR
https://www.youtube.com/watch?v=o9PoZ0Vcb_s
失礼ながらお歌に興味があるのではなく、チェロ・ダ・スパッラ(肩掛けチェロ)で参加している方がおられる。
奏者・楽器のお名前も明記されている Owen Pallett: cello da spalla 。
自分のような20世紀のクラシック音楽的発想だと「本当にこのような楽器があったのか。本当にバッハはこのような楽器を想定して作曲していたのか」と言った疑問が先行して、これらの楽器の演奏を(演奏者としても・聴衆としても)楽しむところになかなか進めない。
こういう点は、ポップス系の方の方が先に進みやすいのかも知れない。
ドラマ「孤独のグルメ」をよく見る。
誰にでも何時でもありそうな小さな葛藤と小さな不幸。見たことがあるような街角。身の丈にあった「ごちそう」。
創作物であり虚構であるのは当たり前の前提として、「嘘のない物語」として愛されるのではないか。
嘘くさい美男美女が嘘くさいセットの中で嘘くさい演技をするのに耐えられないとしてもこのドラマは見ていられそうだ。
主演松重豊は高身長ゆえに役がつかないことを恐れていたというが、一人芝居が多いこのドラマではその事はあまり気にならない。
松重豊は脇役も多かったそうだから、「邪魔にならない演技」が様になっている。これらの点も良かったのだろう。
これを「(嘘くさい)美女」に置き換えると途端に虚構性が鼻について見られなくなるように想像する。
「蛸足大学」なる語の存在を知る。
が、「きちんとした用語ではない」らしくWikipediaの記事いい加減(いい加減の見本みたいでそれはそれで価値がある)。
なぜ日本大学等の私立大学は「蛸足大学」と言わないのか何の説明もないあたりが極めていい加減。
ブレゲ(時計)の広告を見て「ブレゲと言えば飛行機に決まっとるだろう」とWikipediaを見ると、時計の玄孫が飛行機だった。あなや。
あまり迂闊に怒ってはいけないね。
健康診断が精密検査行きになる年齢に。
とは言え、運動して痩せろ、水を飲め、くらいで終わった。相変わらず何の薬も飲まずに生きられるありがたさよ(薬といえば正露丸)。
そう言えば、トーマス・マンの小説「ファウスト博士」で話者を務めるエルネスト・ツァイトブロームは素人ながらヴィオラ・ダ・ガンバを演奏する設定だったような気がしていたが、ヴィオラ・ダ・モーレのようだ。
ネットで見ると、そのあたりを掘り下げた研究をされている方がいらっしゃる。
https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/81495/mra_053_A055.pdf
私は主人公の名を「レーヴェルキューン」で親しんで来たが、ここでは「レーヴァーキューン」。ただし、一箇所だけ「レーバーキューン」。おそらく誤字(表記ゆれの不統一)。
これに関連するようなしないような、ブゾーニの「ファウスト博士」。
https://www.youtube.com/watch?v=xrFwfeKzRuE
居ながらにしてすぐさま演奏を聴ける凄い時代。譜面付き動画があるのも驚き。
R.シュトラウス「メタモルフォーゼン」に着手。
ふだん楽天的なR.にも似ず深刻な音楽。
ドイツ第三帝国の破滅
ワグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」のモチーフ辞典があった。
https://www.laits.utexas.edu/tristan/motives.php
メタモルフォーゼンに「マルケ王」のテーマが出てくるらしいので。
ショパンコンクール。
アメリカ、カナダ、中国、日本などが上位。
と言いながら、米加の方々も東アジア系。
東アジアの紐帯で嬉しいな、と思ってもいいし、所詮縁なき人よということもできる。
東アジア人は真面目でこつこつ努力する(タイプが一部にいる)と感じる。そして近年の経済発展もあって、ピアノやヴァイオリンでは優秀者を輩出しているようだ。そしてまた、チェロやコントラバスも徐々に。マーケットが追随すると良いのだが。。。
いい絵。本当の彼岸花がこの形か確信はないが、何か音楽性・弾力性を感じさせるこの絵が好き。
https://note.com/monokakiko/n/nb81f0c3974ae
問寒別の「しょぼいゲストハウス」について調べるついでに、GoogleMapを見ていたら、中川町に斉藤茂吉の歌碑があるのを見つける。
不思議に思うと、茂吉の次兄守谷富太郎が医師として中川町に住んでいたと。
https://www.town.nakagawa.hokkaido.jp/section/kyouikuiinkai/b02d3l0000000pdg.html
当時の北海道の生活・環境をうたった歌がたくさん紹介されており非常に目新しい。北杜夫の斉藤茂吉シリーズではこれらは扱われていなかったように感じる(記憶に自信がないが)。
世田谷区内に中川町のアンテナショップがあったように思うけれど、茂吉をもっと宣伝しても良いのでは?(とは言え、それで中川町に行くのは相当の奇人かも知れぬ)。
問寒別は、昔の職場の同僚がここにいた事があるとかで、なんとなう親しみを持っている。
茂吉を通じた世田谷と中川町の交流があるらしい。良かった。
https://setagaya-matsuri.com/oldsite/pdf/jichitai33/01.pdf
金魚酒。唐辛子と大葉を入れた焼酎らしい。
焼酎を金魚に見立てるとか。
金魚を入れても泳ぎだすようなアルコールが薄いお酒を金魚酒と言わなかったっけ?
ネットオークションを覗く。
出典数でみて、ヴァイオリン3千、チェロ300、ヴィオラ150、コントラバス150くらい。これがおおむね定常的に出ているっぽい。
ただし、楽器本体だけでなく、弓・ケース・部品・消耗品を含んだ数である。
相対的な数としては「生活実感」に合っているように感じる。
一方、ヴィオラ・ダ・ガンバは、1年に2本くらいだろうか。
まあ、楽器を通信販売を買うことは、私には怖くて出来ないけれど。
しかし、楽器本体はこのうちの1/3としても相当程度の楽器が日本国内で動いており、それ以上の楽器が使われたり眠っていたりするというのはすごいことだ。
おぼろげな記憶であるが、2000年ごろ、ヤマハがサイレント楽器としてヴァイオリン、チェロを発売した後、ヴィオラがどうなるか・・・と言う時、「ヴィオラサイズヴァイオリン」の形で発売した。その際のヴィオラ国内市場(奏者数?)を「7,000」と見積もっていた。
(あまり大きな市場ではないが、需要があるからサイレントヴァイオリン部品を用いてヴィオラが練習できるようにするという、「さすがトップメーカー」というご判断だったと当時感じた。また、そのことを誠意を持って公表するのが偉いよね。)
楽器人口はおそらく経済成長で拡大し、他の遊びとも取り合いになり、少子化によって縮小するのだろうなと思ったり、あるいは中国・インドなどにうまく売り込めれば・・・といったところであろう。
映画「アンナ・マグダレーナ・バッハの日記」(1968) が公開されている。
https://www.youtube.com/watch?v=aCfy4hLlfJs
高校生の時、見に行こうとしてしくじって、大人になってからDVDを買ってやっと見たのだった。そういう意味で「思い出の映画」。
撮影当時の「古楽」の再現レベルにならったものになっているけれど、レオンハルトやアーノンクールの若き日の姿が見られるのも良いと思う。
なお、原作の書物「アンナ・マグダレーナ・バッハの日記」はそれ自体が創作であって、バッハ夫人の書いたものではない。
このチャンネルは、他にもK.ラッセル「マーラー」など公開している。著作権は大丈夫だと思うけれど、確信がない。
大井川鐵道社長 鳥塚亮氏「都市伝説」
https://www.torizuka.club/2017/12/16/%e4%ba%a4%e9%80%9a%e9%83%bd%e5%b8%82%e4%bc%9d%e8%aa%ac/
成田空港の「都市伝説」というより「虚偽説明」。こういう組織は「民間の悪いところ」と「役所の悪いところ」を両方持ってたりするのが怖いよね。多少身に覚えが無くはない。。。やはり羽田が国際便を入れるようになって、成田の地位は低下しているのね。高市首相絡みでも話題になった、横田基地はじめとする東京上空の米軍空域が返還されると何か変わるのかどうか。
なぜ中国人が騒いだか。
https://www.torizuka.club/2016/12/28/%e3%81%aa%e3%81%9c%e4%b8%ad%e5%9b%bd%e4%ba%ba%e3%81%8c%e9%a8%92%e3%81%84%e3%81%a0%e3%81%8b%e3%80%82/
この記事も(新千歳という現場にいたわけではないけれど)様々な現場を見てきた人の目が活きていて良い記事と感じる。
航空会社のサイトはどうして乗り方を説明してないのか
https://necomesi.jp/blog/securecat/posts/304
鳥塚氏のページから飛んだ記事。良い記事だ。飛行機の人たち、乗るのも・飛ばすのも昔の「特権階級」っぽい。
乗機方法を知らん奴・常識のない貧乏人は乗らんで宜しいの気分が見える気がする。LCCの隆盛によってそれは相当程度減じたけれどね。
ともあれ、識者のブログを読むこと、また、読む価値のあるブログで紹介されている他のブログへと飛ぶことなど、「昔のインターネット」だね。
ある文脈において「オケコン」は「(ゲーム音楽など、もともとはオーケストラでない音楽の)オーケストラ版コンサート」なのね。
自分には「管弦楽のための協奏曲」を「オケコン」という方のみ馴染みがあった。
知らない間に、弓がクジラの髭巻に変わっている夢を見た。
試し弾きの感じもよろしく、なんとなう現実だと思っていたが、絶対にそんなことはない。
現実は、銀の巻線(正確には銅線の銀メッキ)が切れ、熱収縮チューブで覆ってあるままである。
2008年から使っている弓であり、17年で巻線が切れるならば「そんなもの」かも知れぬ。
http://folia.txt-nifty.com/musik/2008/02/post_0884.html
これまで外見を見る範囲では「クジラ巻は上等な弓」と感じてきたので、自分もクジラ巻に行きたくなっていたのであるけれど、もともとの弓の作りを崩して良いのかどうか、全くわからないね。
「私達は20世紀に生まれた」を読み、アーサー・ランサムがジャーナリストであったことを知る。
https://numabe.exblog.jp/page/2/
さらに、Wikipediaを読むと、ランサムが英国秘密情報部 MI6 所属であったと知る。
この秘密情報部は、サマセット・モーム、イアン・フレミング、ジョン・ル・カレ、H・G・ウエルズなど有名作家を輩出しているのに驚く。
まあ、モームの作品を見ていても「作家」は情報収集者の隠れ蓑には適しているのだろう。そもそも、英国の知識階級(上流階級に近い)の中で定型業務でない臨機応変な者を探すと作家適性が高いものに行き当たるのかも知れない。
自分の演奏履歴を見直すと、ブラームスの弦楽六重奏第2番を弾いたのは、もう10年前(2015年)なのだと驚く。
なんとなうコロナ禍で時間を停止させていたような気もする。そして身内の不幸もあったり。若い家人も時間が止まっていて、ようやく少し時間が動き出したのかも知れない。
我が家の周辺を見ていても、この数年、「建築ラッシュ」である。コロナ禍で止まっていた建築工事が揺り戻すようにラッシュになり、しかし、職人さんの高齢化・不足、円安による建築資材の高騰により、やはり工事が止まったり。とは言え、結局時間だけは等しく過ぎていったのであろう。
ある方が「亡くなった方の楽器」の行き先を探していると聞いた。
なかなか悲しいことであるけれど、楽器が生き物であり、世の中の財産であるのだから、使われた方が良いというご判断には敬意を評したい。
良い楽器だけに良い人と巡り合って欲しいものだ。
「私、音楽大嫌い」
バーンスタインの歌曲。思ったよりも衝撃ではないふつうの歌だった。もっと滅茶苦茶だと予想していたのだが。
翻訳して下った方がある。
http://naokofujii.blog104.fc2.com/blog-entry-470.html
ウクライナの女性二重唱とギター
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民族っぽくもあり、ボサノヴァっぽくもあり。ジャンルはよくわからないが、とても良い。
