読書の記録(2025年12月)
台湾生まれ 日本語育ち 温又柔
読了。
私自身も学校語と家庭語の使い分けをしていた。学校語は小中高で異なった。
家庭ではいわゆる「標準語」。おそらくは静岡方言が少し入っていたかも知れない。
小学校では、ほぼ標準語だったが、「ざら板」「放課」など学校用語は名古屋式だった。
中学では三河弁。標準語に近いので話しやすく感染りやすい。「じゃん・だら・りん」の語尾程度だが。
高校では意図的に名古屋弁を使っていた。世知に染まって来たということだろう。良い思い出ではない。
台湾語・中国語・日本語の折り重なる歴史を思う。そこに日本帝国主義の影響は当然あり、それを知らぬままでいることは私には無責任だと思われる。
個人としての共感もありつつ、国民としての歴史的責任をも感じつつの読書であった。
ノルマン騎士の地中海興亡史
ノルマン人の移動。北欧からフランス北部に。そこから1066年英国征服したのが有名。南下してイタリアに入った人々もあり、シチリア島も含めたイタリア半島をほぼ制圧したようだ。また、イタリアは地中海なる「海の国」の縁辺でもあって、そこからアフリカとも商業・軍事的につながる。そしてまた、「十字軍」の名の下にエルサレムを目指しつつ、途中コンスタンチノープルの東ローマ帝国にも訪れて(穏やかな言い方)いる。
平たく言えば「滅茶苦茶」。何この軍事民族。人類史には時々そういう「勢いのついちゃった人々」が現れるように思う。チンギスハンらモンゴル勢もそうだし。
トノサマバッタも高密度になってくると「移動型」が出てくるというが、少し似ているように感じる。
(この類似は、日高敏隆「動物にとって社会とはなにか」ですでに指摘していたと記憶する)。
「世界史」を学ぶならこういうメタな学びも含めて考えたいものだ。
やっさもっさ 獅子文六
獅子文六は読みやすく引き込まれる。
戦後の雰囲気、横浜の意地などがよく描写されているのも良い。
私は以前から石川達三「望みなきにあらず」が好きで、ある種「敗戦文学」の虜である。この獅子文六もまた「敗戦文学」の趣がある。
もちろん創作であり登場人物などは獅子文六の都合の良いように創られているに決まっているが、ここに描かれた横浜の風景は如何にもそうだったと思わせるもの。私は、田村明「都市プランナー田村明の闘い 横浜〈市民の政府〉をめざして」を高く評価し、今の横浜の姿を読み解く教科書だと持っているが、田村明以前の横浜の姿を活写している点で、「やっさもっさ」は田村の副読本たりうると感じる。
「恋文横丁」(渋谷)にも似た、代筆業の話が出てくる。これもまた、「敗戦文学」として重要。
アゲハ蝶の白地図 知られざる怪蝶の謎を追う 五十嵐邁
基本的にはアマチュアの立場ながら蝶の愛好家・研究者として長く活動してきた五十嵐氏の本。
割合にあっさり書かれているが、海外に出ることが難しく、ネットで簡単に情報が得られるわけではない時代を考えると大変な難行苦行であったと推察される。
蝶の基本分類などは書かれていないので、その点はネットで補うと良いと思うが、あまりそういうことは気にせずざっと読んだ。面白かった。
私の身辺にも多少音楽狂人がいるが、ここまでの人はあまり見ない。まあふつうそうだろう。
古い鉄道模型趣味誌(1975年)
楽しい。私が小学生だった頃、鉄道模型を始めるにあたり、保育社から刊行されていた「鉄道模型」(山崎喜陽)を先に買って読んだ。
まあ、その後もブツ以前に情報を最低限集めておく最初の記憶ではある。
そして、1975年の鉄道模型趣味誌は、私が模型を始める前であり、最近になってネットで揃いを安く買ったもの。
これらを読むと、「鉄道模型」は1975年ごろの作品を多く紹介していることに気づく。ひとつは「最新」であろうとするため、またひとつはNゲージ勃興期であり、これらに配慮するためには、古い作品は存在しないという事情もあったのだろう。
ということで、「鉄道模型」で写真一枚しかないにも関わらず、大いに憧れ・刷り込まれてきた作品を多面的に見られるのはたいへん楽しい。
Nゲージレイアウトとしては「武蔵野鉄道」「剣山鉄道」など。HOゲージでは「城新鉄道」
そしてまた、現在鉄道模型趣味誌の編集長を務めておられる名取氏と思われる方が高校の鉄道研究会員として名を連ねている記事もある。そういうのを見つけてなんとなう嬉しい。
サンキューピッチ 第4巻(漫画)
まともな登場人物が一人もいない(ことはないが、ほぼいない)。狂気の登場人物たち。しかし、こうした「思考の読み合い」が成立するのは、野球というゲームにおいては、基本的に状況を完全に把握でき、思考に相応に時間をかけることが可能だからだろう。サッカー、バスケットボールなど、「ふつう」のスポーツにおいては、ゲームは勝手に進み、「時間」を操作する、あるいは、集団で思考し思考を伝達するなどの時間はなく、流動的な状況の中、不完全な情報に基づく瞬間の判断でさらに状況が流動していく。
米国でテレビ観戦のために作られたスポーツだけがこうした断続的時間性を持つような気がする。
へうげもの(漫画)
古田織部を主人公とした漫画。よくもまあこんなにも地味な素材を、と思ったり。日本漫画の幅の広さよ。
で、面白い。冒頭数ページで、織部が武将でもあり(どちらかというとシガナイという感じ)、茶道具に取り憑かれていることがよくわかる表現。
茶道具などの表現も「ムニュっとした」などと「わけがわからない」ふうに書かれているが、ここは長口を弄したところで同じことなので、このような表現圧縮が面白くも読みやすい。
利休を始めとする茶の宗匠がなぜあそこまで重んじられたか、よくわからなかったし、本書を読んでも明快にわかったわけではないけれど、その一端を覗き見たような気もする。
そもそも、カフェイン慣れしていなかった当時の人々にとって、抹茶は「相当程度強い薬物」であって、飲めばたちまちラリっていたのではないか。そうした陶酔の中でこそ、「新しい美」「新しい社会」について立ち入った話がなされていたという可能性はないか。
松本俊彦「誰がために医師はいる」や川北稔「砂糖の世界史」などを少し見てみた者としてそうした仮説を思い描いてみていた。
ということも含め面白かった。絵は巧すぎないけれど、この表現には似つかわしいのではないか。
温又柔を読んで、改めて台湾について読み進めたいと思った。
これまで台湾もので読んで良かったもの。
「歩道橋の魔術師』『自転車泥棒』(呉明益)、『緑の歌 - 収集群風 -』(高妍)、『台湾生まれ 日本語育ち』(温又柔)
台湾もので読んでみたいもの(漫画)
こちらに台湾漫画が紹介されており、読みたいと思えるものがいくつもあった。
https://jp.taiwan.culture.tw/News3.aspx?n=370&sms=10661&page=4&PageSize=20
『芭蕉的芽』(左萱)
旧制台北高校が舞台。台湾出身者と内地出身者が主人公。このように書いているだに「侵略者」としての我が国の歴史を思い出し身が縮まる。
『最軟!東京人夫日記』(米奇鰻、原動力文化)
台湾女性が日本赴任することになり(東京人)、その夫君の描いた漫画。我々が何事もないつもりで過ごしている日常も見方を変えれば。。
『送葬協奏曲』(韋蘺若明)
台湾の葬儀会社・納棺師・特殊清掃のお仕事。絵がうまい。
漫画でないもの
『複眼人』呉明益:近未来SFだそうだ。それならば、これまでの魔術師とも泥棒ともまた異なって読んでみたい。
『台湾の若者を知りたい』岩波ジュニア新書。これも面白そう。物語を通して知れることも面白いが、事実もまた面白いはず。
『台湾男子がこっそり教える! 秘密の京都スポットガイド』なんてのも面白そう。
『来福の家』温又柔:当然のごとく。
こちらもたいへんおもしろかった。
無能戀愛諮商中心(無駄な恋愛相談室)/米宗子
ゲイとストレート女が贈る最も無駄な恋愛処方箋!
https://jp.taiwan.culture.tw/News_Content.aspx?n=370&s=6510
性的話題に開放的な気がするのは南国人だからか(偏見)。あるいは我々の世代とは異なるということか。まあ、赤面するほどのものでもないけれど。
「別れて正解!失恋最高!男なんか全部死ね!」といったわかりやすい(笑)セリフも面白い。
日本による植民地化の歴史があり、また、国民党政府による厳しい政治の歴史もあった。それらの実相と現在を改めて追いかけてみたい。
(中国、韓国、ベトナム等のアジアについても同様)。
近所の古書店の棚だし情報で「ドストエフスキー人物事典」が出たと知った当日書店に行ってみたが、もうなかった。
早耳早足のライバルが近所にいる!仲良くなるか、喧嘩になるかどちらかしかない!
昔々、星新一の短編で、地球が宇宙人に侵略されたので、各国政府が核ミサイルを宇宙に向かって発射するお話があった。
宇宙人の侵略自体が各国政府による欺瞞であり、軍縮を良しとしない各国民を騙してでも核兵器廃絶を行う「賢い政府首脳たち」というまさに「科学的にはあり得うると考えて良いがなぜか現実化していない」という「SF的設定」であった。たいへん残念。
人類は「共通の敵」に向かってのみ結束しうるのだろうか。
僕は、そして僕たちはどう生きるか
https://tanemaki.iwanami.co.jp/posts/9334
たいへん真面目で透き通ったお話。齢長けたる者にとってもヒリヒリした感覚がよく伝わってくる。 子どもに
筆者の誠実と優しさ厳しさが伝わってくる。こういう良いものを読むと、自分が阿呆な文章を公刊して世間を汚さなかったことを誇りたくもなる。
ということで、本を買った。
「かいけつゾロリ」
なかなかいい本だと思っている。子どもによって読みやすく、大人もまた読んで楽しいし、おそらくは大人になって読み返しても楽しかろう。
中身がある「すごい本」でないのはそのとおりだが、何でもかんでも「すごい」であるのは疲れる。そうした意味で軽くはあっても、でも悪は罰され小さいなりに正義が達成されるこの書は良い。そしてまた他者を貶めない点も素晴らしいのではないか。
書名「ことばの宇宙への旅立ち」
ことばが宇宙に旅立つのかと思った。
ことばの宇宙に(読者が)旅立つ、というのが正しいのだろう。
だが、前者もまた含意していると見るべきだろうか。それこそことばの宇宙…
「旅と暮らしの本屋 アンダンテ」を偶然発見。
良い書店。地域別に本が並べてあるのが非常に面白い。創作とドキュメントが並ぶのも良い。
同じ呉明益の「歩道橋の魔術師」と「自転車泥棒」が並べてあるのには痺れた。出版社が異なる文庫は多くの書店で遠くに置かれるから。
昔、「地理学至上主義者」が「全ての学問は地理学の一分野である」説を唱えていたが、ある種その実装。地理的現実があってそこに人間の理解が様々に分化していく。これらの書棚はその実装として美しい。
種々迷った末に「高雄港の娘」「ようこそ、ヒュナム洞書店へ」を購入。
最近、台湾づいているので前者を、次は韓国をと思っているので後者を購入。前者は書評で見たことがあるが、後者はまったくない。まったくないけれどこの書店が推すならばの心意気。
(歩道橋と自転車は既読。複眼人は買ったばかり、ということで)。
都内気に入る書店リストが増えた。
教文館(銀座)、タイトル(荻窪)、ウレシカ(西荻)、フラヌール(不動前)、盛林堂書房(西荻)、〇〇(自宅近所なのでヒミツ)などが「応援したい気に入る書店・古書店」。
記憶に残る殿堂入りは、ナガリ書店(北九州)、白樺書房(名古屋)、メルヘンハウス(名古屋)、蟲文庫(倉敷)。
紀伊國屋書店(新宿)も便利ではあるが、阿呆な本を平積みにする辺りが好きになれない。結構良い本も多いのだけれど。
●雑感
バロック弓を買ってみる。思ったより安価であるのと、様々な弓に触れることで自分の弓技術を伸ばせるのではないかと思うから(特段根拠のないおもしろ仮説)。
で、バロック弓を試してみるために2週間前にガットを張り、一週間は(その週末ブラームスの予定があったので)A=442Hzで過ごし、一週間はA=430Hzとした。
で、楽器屋さんでバロック弓3種を試奏させてもらう。
いずれもスネークウッド(たぶん)、ネジなし、長・短・短。
短いのはさすがに短い。バロック専業ならこれでも行けるだろうが、古典派でも使ってみたいので、長いのを中心に試す。
種々試行錯誤したが、音質に関係する順番は、(1)エンドピンを使うかどうか、(2)チューニングA=442/430、(3)弓、(4)弦種類、で、圧倒的にエンドピンの有無が効くように思う。
弓の違いは、現在の私の使い方では大きく2点。
ひとつめは発音性。3音・4音の和音はバロック弓が断然良い。バッハである「響かせにくい音」もバロック弓が良い。ただし、エンドピンを使わないことでどちらも相当有利になると感じる。
もひとつは、低音をしぶとく鳴らすのは現代弓が断然良い。ベートーヴェンの四重奏で勝負をかけるなら現代弓(ただし、私の場合、私の趣味においてという意味である。チェロだけでなく、4人全員がバロック弓の弦楽四重奏によるベートーヴェンなど大変興味深いと思う)。
ということで、弓1本お買い上げ。久しぶりに弓2本持ちになりました。
弓屋さんを出て、食事をし、駅で電車を待っていると、対面のホームにチェロを背負っている人を見つけた。
手を動かして挨拶すると、先方も同様。行き来する電車の合間に少しだけお話。そういうのも面白かった。
楽器弾き同志(プロアマ問わず)「なかま」であると私は思いたい。
今年の練習も全終了。やるべきことはたくさんあるけれど、その階段を上っていくことが希望できる人生であることに感謝しよう。
Cristiano Vecchi, Simple Counterpoint for String Quartet
https://www.sheetmusicplus.com/en/product/simple-counterpoint-1-for-string-quartet-mp3-23177149.html
いい曲。室内楽の練習曲としても良いかも。Viola da Gamba の「コンソート」との違いがあるように感じるが、それが何故なのかはわからない。
オロンテーア Orontea by Antonio Cesti 先月から気にしていたオペラ。
https://www.youtube.com/watch?v=lgx8sQhOWGg
なかなか良い!Wikipediaを読みつつ聞くと、赤が「愛」、黒が「哲学」。舞台袖でふたりの歌い手が歌いつつ、舞台上でふたりの道化が踊る。
現代的衣装もさほど違和感がない。作曲当時から見て『古代』のエジプトやフェニキアの考証など無いに等しかっただろうし、そういう「おとぎ話」でもあり、「愛と哲学の優劣」という抽象的物語なのだから、ということだろう。
演奏も適度に騒音性があって活き活きとしたもの。(でも、性的演出がだんだん嫌になって離脱しちゃった)。
Chet Atkins の弾く The Entertainer は良い。
https://www.youtube.com/watch?v=kHtwF-gpluc
しずかで味がある。テンポの深い動かし方も興味深い(この所フルトヴェングラーを聴いているからか?)
"Yankee Doodle Dixie"
https://www.youtube.com/watch?v=H7edaYtRTrw
こちらも超絶技巧なのだろうけれど、余裕と愛嬌のある弾きっぷりが素敵。
Mr. Sandman E.T.A.ホフマンで「砂男」を知った人間には意外なほど温和。
https://www.youtube.com/watch?v=n-c66SJPuUI
密やかで素敵な音楽。こんな砂男なら来て欲しい。しかし、この人、超絶技巧で難曲を弾きつつつねにしずかで落ち着いた音楽をなすのがまたすごい。
中国杭州市でのマーラー交響曲第8番
https://www.youtube.com/watch?v=lVjjr6v2Zj4
「グレの歌」の中国初演もそうだったけれど、極めて高い緊張感で、それが私の思うマーラー、私の若き日とともにあったマーラーに近しいように感じる。
朝比奈隆時代にも上海のオーケストラが優秀だったと聞く。杭州と上海。近いながらもこれだけのことができるのね、と感じる。
Ego flos campi 私は野の花
ヴォーン=ウィリアムズの flos campi ってばこれと同意なのね。人名だと思っていた(愚か)。
flosは英語のflowerと関係ありそう。Egoは「私」だね。
Jacob Clemens non Papa の曲が素敵。
DIC川村記念美術館所蔵の絵画、NYで高額落札…モネ「睡蓮」は70億円超、シャガール「ダビデ王の夢」は41億円 落札総額は164億円
https://artexhibition.jp/topics/news/20251120-AEJ2786338/
これまでの経済的余裕で我が国が買ってきた美術品(骨董、楽器などの高額品)は今後の経済縮小に伴い、こうやってふたたび海外へと戻っていくのだろう。これら作品の購入価格は知らないが、それなりに高額に売れて良かった、というべきなのだろう。
ゴッホの「ひまわり」を日本の保険会社が高額で競り落とした時のニュースを記憶している。
なにか誇らしいようなニュースとして伝えられていたが、聞いているこちらとしては「浅薄な成金趣味ではないのか」との疑念を拭うことができなかった。「売り家と唐様で書く三代目」の如く、ご立派な三代目が育つのに貢献したと言えば良いのかも知れない。
甲斐荘楠音(かいのしょう・ただおと)なる画家の名を、ブログ「私たちは20世紀に生まれた」(https://numabe.exblog.jp/5795424/)にて知る。
ひと目見たら忘れられない印象的な絵。
また、指揮者ウィレム・ファン・オッテルローについても。
ポーランド映画「第二次世界大戦をいかにして引き起こしたか」
ポーランド共産党政府としては、第二次大戦をそれなりに喜劇にまとめることが可能なのだ、と「ワルシャワ蜂起展」を見た立場からは震撼しながら思う。
主人公フランチェスコ(フランク)・ドラスの旅のおおよそのルートがWikipediaにある。もちろん「ほんまかいな」の限りを尽くす映画なので。
https://pl.wikipedia.org/wiki/Jak_rozp%C4%99ta%C5%82em_drug%C4%85_wojn%C4%99_%C5%9Bwiatow%C4%85#/media/Plik:Przybli%C5%BCona_trasa_Franciszka_Dolasa_w_serialu_Jak_rozp%C4%99ta%C5%82em_II_wojn%C4%99_%C5%9Bwiatow%C4%85.png
ポーランドの喜劇映画を見るのも、ポーランド人の知人と会う機会があったから程度のお粗末。
その他ポーランド映画のプレイリスト。いつか見よう。
https://www.youtube.com/watch?v=onBOsPXhtTc&list=PLbRJ6VxmTVY2Cqr39OXk9X1k8BfaZyo7K&index=2
The Mouse That Roared (1959)
ピーター・セラーズの喜劇映画。お薦めに出てきた。主演男優、助演男優、助演女優がセラーズ。こういうの好き。
「米国に敗北すると、資金も食料も得られ繁栄する」とは一体どの国のことを言っているのか・・・?
ハッピーエンドの楽しい良い映画。ツッコミどころはたくさんあるけれど、それを言うのは野暮でしょうとも思う。
「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」もセラーズが三役(元は四役)だったのね。
映画 The Prime of Miss Jean Brodie
後年ハリー・ポッターやダウントンアビーで素晴らしい演技を披露するマギー・スミスが主役とて少し見てみる。
冒頭は希望に満ちているが、徐々に欲望と嫉妬が入り交じり、全員が不幸になっていくものすごいお話だった。
女優パメラ・フランクリンさんが素敵だが、役柄としては結構怖い。この方、出ている映画が大体怖いし役柄も怖い。
マイナー映画の情報を探していると、Wikipedia英語版を日本語翻訳して見ることも多い。
ヴィスコンティーの映画「山猫」を「豹」とか「ヒョウ」を訳すのは止めて欲しい。英題「The Leopard」の直訳で仕方がないが。
ちなみにイタリア語では「Il gattopardo」。ランペドゥーサが伊語で書いたのだからこれが原題だろう。で、Amazonなどで伊語版小説の表紙を見るとそれなりに「豹」ですな。真実の「豹」というより多少想像の入った歴史的「豹」かも知れないけれど。
Chrome翻訳は文脈までは見ないのね。手元で使うことも多い日本語返還ソフトも結構そうだからなあ。
アニメ・漫画 BLAKE & MORTIMER
タンタンっぽいと思いきや、縁があるようだ。
アニメを見たがよく言えばテンポが速く、悪く言えばストーリーが雑。
Geri's game
Pixer社の有名な作品らしい。これをなぞった動画がたくさん現れる。
下衆の勘繰りとしては、当時のCGでは「人間」を表現することがひとつの目標であって、そのための作品だったのではないか。
そしてまた、二人以上の人間を作成するだけの工数がなかったのか、あるいは、一人の人間の表現を限界まで様々に極めたかったのか、そのいずれかあるいは双方があってのこの作品ではないか。と思いつつも、ある種の「ジキルとハイド」でもあって面白い作品である。
これをなぞりたくなる気持ちもわかる。
チェコ映画「生命の泉」ナチス・ドイツによる子ども誘拐レーベンスボルン。
生命の泉で検索するとカリブ海賊映画(お気楽映画)が返ってくる。うむむ。
皆川博子の小説にもつながるようだ。皆川博子「風配図」を本日買おうか迷ったので、驚く。
そもそも風配図などという言葉もあまり見ない(その道の人間としてはさすがに知っているけれど)。
柳家喬太郎 純情日記横浜篇、午後の保健室
落語は「人間のダメなところを肯定する」ものだと思っているが、喬太郎の新作はまさにそれ。素晴らしい。
そしてまた、そのつながりで見た柳家さん喬。とてつもない名人。落ち着いた声色ひとつでフィルム・ノワールの最高の絵が出てくる。
これは「どっちが良い」という話ではまったくない。どっちも良いし、両方あるからさらに良いという話と思っている。
ポーランドの映画ポスター
https://www.youtube.com/watch?v=KpPBQvjesQ8
独裁国家でしばしば見られるように、当局が気が付かぬところに体制批判が忍び込む。まさか映画ポスターに。
1963年のメルクリン広告動画
https://www.youtube.com/watch?v=dPGkfQ4fPkw
TV用には長いし、当時上映も簡単ではなかったであろうから、販売店向け説明会などで上映したものであろうか。
ともあれ、メルクリンで遊ぶ子どもたちが今尚羨ましく感じる。私は1970年代に350円貨車を買うかどうか悩んでいたのだが、これら車両はその10倍以上の値段がしたのではないか。
後年、TOMIXがこのような「鉄道模型システム化路線」を追求したと聞くが、正直に言うと、世界観の提示という意味でメルクリンの方が完成度が高いと感じる。TOMIXは「親しみやすい」とも言えるが、「中途半端」とも言える。ともあれ、これは思想や対象市場の違いなどによるものであって、優劣ではない。
Paget Locomotive パジェット氏が開発した蒸気機関車。小型ユニフローエンジンによって各動輪を動かすもの。
https://en.wikipedia.org/wiki/Midland_Railway_Paget_locomotive
https://www.youtube.com/watch?v=SaYdgST1RlE
ここにもユニフローエンジンが(定義を明確にできていない気がする)。
内燃機関では直線的なクランクシャフトだが、ここでは斜行させているのも、見慣れないものだ。
ネットで中古Nゲージ客車4両を買う。
スハ44+スハ44+スロ60+マイテ49 戦後の特急燕の一等・二等・三等車。
我が家には古いスハニ35があり、40年ぶりに後続を買ったことになる。スハニ35だけだと「川正線の一日」ごっこができるが、それとて10年前にC12を買ってからで、それまではC11やDD13で「川正線ごっこ」をしていた(別に問題はない)。
後はどこかで食堂車(マシ35)を買おう。食堂車を買うのは、小学生の頃ナシ20を買って以来だね。こちらは50年ぶり。
「正しい編成」を再現する気はないので、機関車はC62(東海道)、EF55, EF56あたりで自分としては充分。そらC51があれば嬉しいけれど(そしたら戦前の特急燕ですね)。
Konstal ポーランドの路面電車の製造会社
角ばっているが無骨ではなくどちらかというと繊細。KATOから発売されている「マイトラムClassic」はこの会社のN20(でいいのかな?)あたりのモデルと見える。
https://shift.org.pl/zabytkowe-pojazdy/tramwaje/zv020/
紹介記事もかわいくて良い!
https://x.com/um_an_/status/1998017620575158656
ニュージランドの機関車交代(蒸気機関車の終焉)
https://www.youtube.com/watch?v=oBYpftiRzVk
絵が暗くいろいろ分かり難いが、日本と同じように英国起源の鉄道はなんとなう親しみがある。
ドイツ?の山岳鉄道。凸電が素敵。古い方は少ししか映らず残念。
https://www.youtube.com/watch?v=2OrAzWHd-hI
オーストリア 車両も見たい。
https://www.youtube.com/watch?v=Bo2sUj7jxuA
Youtubeの解説動画で、サンフランシスコのケーブルカーについて「モーターなし、ディーゼルなし」と書いてあるのを見かけた。
うーん。「モーターなし、エンジンなし」と書くのがふつうだし、そう書くべきだろう。
これくらいの知識でものを言うのだな、と少し悲しい。
「電動機なし、内燃機関なし」だと、外燃式(往復動蒸気機関、蒸気タービン機関)の可能性が残るのか。なかなか。
ムーミンの登場人物モラン。
スウェーデン語の本名は、Mårran。日本語版もそれに倣っている。英語では Groke としているようだ。
トーヴェ・ヤンソンがフィンランド人なので、ムーミン原作はフィン語で書かれていると思っていたが、ヤンソンがスウェーデン語話者であり、スウェーデン語で書かれているのね。Linux を作った Linus Torvalds も、作曲家シベリウスもスウェーデン語話者であった。
ついでに、ニョロニョロは元のスウェーデン語でHattifnattars。英語もスウェーデン語と同じ。スナフキンはSnusmumriken。英語がスナフキンWikipediaによれば「スヌス(北欧のかぎタバコ)」、「ムムリク」は親しみを込めて言う「あいつ、野郎」なのだそうだ。イスラム世界の「マムリーク」に似ているので類縁を疑っていたがそういうものではないようだ。
Chemical Brothers の Eve of Destruction で歌っているのは、スウェーデンのAuroraさんであると初めてしった。
https://www.youtube.com/watch?v=3U7C_JlzvqU
中国ツアーをされている。以前、中国の経済発展を知り、「そのうち、海外アーチストは中国公演が主になり、日本公演は減ったり・無くなったりするだろう」と思っていたが、そういう事例かも。その時は、茨城空港から上海に飛ぶ便があり、1万円以下で行けるようだったので、「そうか、上海に行って、美味しいご飯を食べて、ついでに中国公演を聴くのも良いね」と思っていたけれど、それは相当の円安になり、全般的な日本の購買力が低下している前提であるのだから、航空運賃も美味しいご飯も中国公演もオサラバであるということを知らぬ愚か者の戯言だったわけだ。
そしてまた政治家の敵対的言動で日本人アーチストが中国市場に入れなくなるの愚よ。
英国国鉄 Class 13 ディーゼル機関車。
Wikipedia英語版を自動翻訳で見ると「家の庭から離れなかった」になる「Home Yard 本拠地としていた操車場から離れなかった」だろうなあ。これ以外にもWikipedia英語版を見ることが多い(マイナー映画の情報など)ので、こういう文脈を考慮しない直訳の誤りには慣れてきたぞ。
重入替用にでかい機関車を作ると、操車場のハンプで腹をこするので、小型の Class08 を2両連結とし、1両の運転室をとっぱらったというもの。 Class 16 と言いたくなる気持ちもわかる。
ダイキャストの「シーズンクラック」から馬の尿による銃弾(薬莢)のひび割れに至る。どうやってこの結論にたどり着いたのか知りたい。
http://works-k.cocolog-nifty.com/page1/2005/02/post-5a43.html
直流直巻(ちょっけん)電動機。「ちょくまき」だと思っていた。あなや。
端梁(はしばり)も「たんりょう」だと思っていたからなあ。漢字の読みとして間違いではないとも思うが、用語なのだから決まった読み方がある。中には双方の読み方が正しいものもあるし、架線のように一般語としては「かせん」、用語としては「がせん」(河川などと区別するためらしい)などと異なる場合もある。とは言え「定められた者」を「テイめられたシャ」と読むような排他的?読み方は嫌だね。
「クラブ」に行ったことがない。
ネットで見ると「変に格好つけた会員制高級飲み屋」。で、若干気持ちが悪い。まあ行きたくないタイプではあるし、行っていないのが適正と感じる。
シャーロック・ホームズ小説に出てくる「ディオゲネス・クラブ」みたいなのなら行ってみたい。ヘイエルダールの描くところの「冒険家クラブ」も面白そう。どちらも紹介者がいないと入ることすらできないけれど。
「会員制」に意味があるという意味では、神戸商船大学のクラブを神戸で見かけたことがある。外壁に舵輪が飾ってあってそれらしい。これもちょっと覗いてみたい。
その他有名私立大学の「クラブ」もあるらしいが、なんとなう私ごとき庶民が行くべきでない感がある。ま、そらそーだ。
「日本」という国号について
https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/series/37/pdf/kokugo_series_037_05.pdf
紫式部や清少納言は「日本」の語を使ったのかな、と思い調べた結果のひとつ。
「紫式部は「日本」という言葉を使ったか」なんてGoogleに聞いてみるのも面白い。
温泉卵。
昔々、「やぶはら」で初めて食べて美味しかった記憶がある。
「やぶはら」の食事は何でも美味しかったが、朝食の卵料理も毎日違うかたちで出して下さったように記憶する。
ある日は、目玉焼き、ある日は温泉卵。
あれは、醤油出汁風の汁に浮かしたような冷たい温泉卵で、これをご飯にかけると特に良かった。
で、自分で温泉卵を作ろうとしたこともあるが、せっかち者にはなかなかうまく行かず諦めていた。
ふと思いついて「どんぶりを使って簡単に作る方法」をネットで探してみた。
簡単に言えば、どんぶりに卵を置き、熱湯を注いで15分てふもの。
実はその時お蕎麦を茹でていたので、どんぶり(正確にはココット皿の大きいの)に卵を2つ並べ、上に笊を置き、上から茹で汁を注ぐだけ。
冷めにくいよう蓋をして、下にコルクの鍋敷き。
で、15分待つのがせっかち者にはツラいのだが、そこはお蕎麦を食べながら鷹揚に。
食べるの10分、片付け5分の後、冷水で冷やし、殻を割って食べてみました。思ったより少し硬めにはなっていたけれど、黄身はとろりと濃厚で大変おいしかった。
さて、試食用のひとつは食べてしまったが、もうひとつがあるので、こちらは後の楽しみにとっておきましょう。
ハンバーグ。子供の頃から「子供じみた食べ物」という偏見があり、母が作ってくれる「少しご馳走」としては好きなのだが、飲食店に行って自ら進んで食べることは少なかった。
とは言え、塊の肉を食べるほどお金持ちだったこともないので、肉を食べたければトンカツが優勢。洋食屋ならばクリームコロッケやチキンカツ、メンチカツが優勢だった。五十を超える頃から、ちょいとハンバーグを食べるようになった。塊肉を食べるほどのお金持ちでは相変わらずないし、また、塊肉ほどの当たりハズレはなさそうだ(食べないからわからないが)。切り分けるのも簡単であり、肉汁にご飯を混ぜて食べても良いし。というわけで今は結構なハンバーグ好きになりました。
まあ、貧しい昭和の「ハンバーグ」にはいささか貧しさがつきまとっていたかも知れない。
寒かったので、掛布団を増やした。たいそう重くなった結果、ダンプカーにのしかかられそうになる夢を見た。
ウィットナー(Wittener)の譜面台の修繕に使えるネジ。K&M / 03-07-120-29
https://www.soundhouse.co.jp/products/detail/item/47500/
15年ほど昔、職場(様々な事務所が入居している建物)の洗面所に入ったところ、サンタクロースとトナカイの扮装をした人物2名がいた。
ふだん見かけない顔だったので、どの会社なのか尋ねたところ、回答を固辞された。サンタクロースは正体を隠しがちなのだろう。
ニュースサイトで米国大統領トランプ氏の記事を見ていた。
例によって種々様々な(うざい)広告を見せられるが、その中で「トランプ包装」の求人広告が。
思わず押して見ると、遊戯用トランプやUNOなどを包装する作業であった。現在の米国大統領を袋詰にしたい…と
古文の「必要性」論争。
古文とは「一番身近で手軽な外国語」と思う。
そしてまた自国の歴史・文化に親しむためにも欠かせないと思う(私はかなり国粋主義者らしい)。
入試科目とする優先度は低かろうし、今後AIを通じ、AIに教えられながら読む方法が卓越してゆくだろうから、今とは全く異なるアプローチで再構築すべきだろう(たぶん全ての教科がそうすべき)。
新宿ルミネエスト。いつも地下一階の前を通っていたが、上も下もあるとは知らなかった。
知らないことがたくさんあるものだ。
長い休みとて、真空管アンプを出す。ElekitのTU870なる安価なキットを組み立てたものだが、普段のデジタルアンプとはバランスも異なり、面白く聞ける。
音像の分離はこちらの方が良い。また、音の立ち上がりが自然なので、音色感が味わえる。また、帯域の問題であろうが、ヴィオラがよく聞こえ、チェロも真面目に仕事をしているように聴こえる。いわゆる「重心が低い音」とでも言うのだろうか。
デジタルアンプでは平板に聴こえる合唱曲も人の息吹があって聴く気になる。
とはいえ、立ち上がり時に右チャンネルから雑音がするのは、真空管の寿命であろうか。真空管は随分高くなった。特にロシア管は入ってこなくなった(入ってきても買いたくはないが)。AliExpressで買ってみるか。。。
自分は根気がないので、こうして時々感覚を変えないと、長く練習している曲を聴く気が失せてしまうようだ。
