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読書の記録(2026年5月)

さばのゆの須田さん 岡部敬史
私も須田さんに触れられたひとりとして、読んでよかった。買ってよかった。良い本を編んでいただいてよかった(感謝)。
そしてまた、須田さんありがとう。あらためてさようなら。
ネットで見て須田さんもスコットランドの癖が強いウィスキーLaphroaigが好きだったことを知る。私も好きだ。ちょっとした偶然。

劇場 ブルガーコフ 水野忠夫
ブルガーコフの絶筆とのこと。「巨匠とマルガリータ」「犬の心臓」などの幻想性を期待すると少々外すかも。
そういう奇態というよりは、ドストエフスキーのような日常に近い異常な群像劇。ドストエフスキーが流刑地で群像劇に目覚めたように、ブルガーコフは劇場で群像劇に目覚めたのだろうか。
「ブルガーコフの自伝的作品」等の付加情報がないと読みにくくはある。それもあって未完の大作の趣がないでもない。

たくさんのふしぎ 森に咲く銀色の花 ギンリョウソウ 末次健司 安斉俊
光合成をしない、見るからに不思議な植物ギンリョウソウ(銀龍草)の概説絵本。
貴重な写真も満載だが、丁寧なイラストがまたいい!不思議なギンリョウソウの有様がよく理解できる。
「種」とはなにか、「分類」とはなにかについての説明も簡潔にして要を得たものと感じる。
私はギンリョウソウのことを「ギョリンソウ魚鱗草」だと勘違いしていた。
フラヌール書店で購入。良い書店には良い本がある。

送別の餃子: 中国・都市と農村肖像画 井口淳子
最近見かけるのは、若い学者が「自分はこんなヤバいことしています」自慢のような本。まあ若者はなべて危なっかしいし、出版するにはそういう方が売れるのだろう。
この本にも若干そんな危惧を持ちつつ読み進める。現実のこととてひとつひとつはさっぱり記述されているが、その積み重なりが大きい。中国という国の大きさ・多様さ、そこに住む人々のおおらかさ・暖かさ。そんなことを思いながら読み進めた。自由な都市と旧弊な農村。中国において制度的にそうなっていたとして、そもそも制度以前にどんな風だったのだろう。そしてまた、日本に於いても同様に地方から都会に脱出する若い女性が跡を絶たないのはどういうことか。「都市は自由にする」は中世ドイツのスローガンだったように思うが、それは歴史上普遍的なことだったのか、などなど。
「秧歌」なる単語が出てきた。以前、中国出張時に見た連続ドラマ「大秧歌」を思い出し、ちょっと驚く。中国の農村を舞台にしていれば、当然出てくるものではあろうけれど。

世界は五反田から始まった 星野博美
同じ著者の『みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記』が面白かったのと、折角五反田で見つけたので。
(ところで「ゲンロン」てカタカナで書くのが格好いいのだろうか。なにか如何わしいニセモノ感があるように思うのだが。私がネットで見かけるのが、ゲンロン及び主催者の悪口が主であるからだろうか。「ゲンロン」とカナで書くと「ゲロ」みたいだが)。

ゲは言語学のゲ 吉岡乾
これも若い学者が無理に面白そうに書いているようにも見える。もとが雑誌の連載とて仕方がないが、話題が飛び、読んでいて集中しにくい。
私の最近の随筆(非創作)はなかなか当たらない。まあ仕方がないだろう。

温又柔「台湾生まれ日本育ち」と「私のものではない国で」をちゃんぽんに読み、なんか既読感があるな、と思ったりする。
作者が悪いのではなく、訳のわからない読書方法をとっている私が全面的に悪い。
ともあれ、私は国内転居(等)で言葉の違いに苦しめられたけれど、まして外国語たるや、と暗澹たる気持ちになる。
優しくない人間がどこにでもいるのだろうか。優しい人間も様々な場所にいるけれど。

古い鉄道模型趣味誌
33号。湘南型二等食堂附随車。台車やブレーキにも言及していて驚くが、筆者は国鉄大井工場勤務とのこと。さもありなむ。
この頃、鉄道ピクトリアル誌が始まったかどうかという時期で、TMSには実物ファンも多かったのだろう。
この記事も、模型としてのフリーというよりも、実物としてのコンセプトカーのような感じである。
1000号(古くない)。片野正巳、小林信夫など読み慣れて懐かしい人々の記事が読めるのが嬉しい。そしてそれぞれが沼尻であり単端であるのも。
小林氏はこの時点で亡くなっていたのではないか、と思うと、文末にさらりと「託された原稿」とある。さもありなむ

連休中、不動前のフラヌール書店に行けた。今回はきちんと開店時。
日本国憲法(岩波文庫)、たくさんのふしぎ(森に咲く銀色の花 ギンリョウソウ)、世界は五反田から始まった(星野博美)。
「モスクワの伯爵」等他にも面白そうな本があったけれど、時宜にかない、かつまた、五反田ならではの書を選んだ。
此処には良い本がたくさんある。こういう良い書店を見つけると、「ここに布団を敷きたい」(寝転がって書棚に手を伸ばしたい)と思うのである。
四月末書店アンダンテで買った「送別の餃子: 中国・都市と農村肖像画」(井口淳子)も棚にあって、ついにっこりしてしまう。
古書店で自分の持っているのと同じ本があると、「自分の本を家人が勝手に売ったのではないか」あるいは「こんな良い本を手元に置かずに古書店に売ったのだ」といちいち疑ったり怒ったりするのだが、新刊書店ではそういう悩みがないのが良い。「うむ。良き本を売っておる。たいへんよろしい」的寛厚で接せられる。
もちろん新刊書店でも「こんな愚かな書を売るのか!」と怒りを感じることはしばしばあるけれど。

米川正夫訳『ドストエフスキー全短篇』全2巻が中公文庫から!忘れずに買わねば!
その流れで「スミルノ博士の日記」も発見。これも良さそう。
プーチンの蛮行を見ているとロシアは好きになれない(憎むべきである)、が。

●雑感

映画「耳をすませば」
封切り時に映画館で三度見た。札幌で二度、名古屋で一度だったと記憶する。
もしかすると、名古屋は納屋橋あたりではなかったか。そしてまた、映画の後に「びっくりドンキー」でハンバーグを食べたのではなかったか? 近藤喜文監督が唯一無二の才能で、宮崎駿・高畑勲両氏に愛されたというのもよくわかる気がする。
丁寧で無理のない話・絵づくり。現実と幻想の不可分性がまことに麗しい。
この作品を見返すに、つくづく惜しい人を亡くした、と感じる。

現在の持ち曲
 Beethoven Op.132 (7/11)
 Mozart K.421 (7/11)
 Tchaikovski Symphony No.6 (7/4) お遊び
 Mozart Symphony No.41 (7/4) お遊び
 Dvorak Sextet (10/17) 昨年のQuintetから進歩がない気もするが。これはこれで楽しいから良い。
  2ndVcなので、全体を見渡したバスの役割ができると良いな、と思っている。
 Beethoven Symphony No.9 (11/1) ほんとかな?

レオンコロ弦楽四重奏団
良かった。七楽章休みなく続く長いベートーヴェンの四重奏曲第14番が体感三分だった。
軽やかに歌い和するベートーヴェン。二十世紀の苦闘し続けるベートーヴェンとは異なる。
(私にとってはどちらのベートーヴェンも大切)。
アンコールのパーセルに彼らの弦楽四重奏に対する考え方が詰まっていたように思う。
四声の独立を示すフーガで始まり、四声の調和を示す(ノンビブラートの)コラールで〆る。
自分としてはセカンドヴァイオリンの仕事振りに惚れる。彼女が馬力をかけるとき、大きく音楽が展開する。そうした役割を確実に果たしていく。良いセカンド弾き。
(ひとりならばヴァイオリンをそれなりに弾けても、セカンドの役割を果たせない奏者も一杯いるかも)。

レオンコロの表情豊かな弓使いを見ていると、我々がごとき20世紀の弓使いと大きく違うのではないか、と思ってしまう。
より正確には、20世紀日本の貧しい教育システム(そもそも私は音楽に関してはそうした教育システムの外側にいたのであるけれど)の貧しい弓使いとの違いと言うべきかもしれない。
私が考える20世紀の代表例は斎藤秀雄が指揮する桐朋音楽大学の合奏団によるヴィヴァルディ(動画)。
そしてまた、レオンコロの音作りの標準は、ソフトトーンであって、互いの音を邪魔しない、戦わない。

今回はトッパンホールだったが、レオンコロは第一生命ホールで弾いているのね。トッパンも第一生命もおおむね25周年。カザルスホールが独自公演を止めた頃に始まったのかな。そうなると、仮にカザルスホールが再開するとしても(以前整理したように)カザルスホールの立ち位置を作るのは非常に難しいだろうね。どうするのかな?千代田区・日本大学。林真理子学長は一期でお辞めになるそうだが、「カザルス」の名を返すという本来的にすべきことをする気があるのかないのか。困ったものだね。

トッパンホールで隣席になった方、メシアンもお聴きになったとのこと。すごい偶然。

Marilyne Naaman - Hallelujah
https://www.youtube.com/watch?v=tiBF9n_ZuqQ
マリリン・ナーマンは、レバノンの女優・歌手とのこと。歌っている歌が、なんというかふつうで驚く。

ブラームスのクラリネット五重奏にピアノ編曲版がある!
https://www.youtube.com/watch?v=tbAsSXeOWhw
結構それらしい。チェロ曲で有名なクレンゲルの兄弟が編曲したとのこと。

アカデミア実店舗閉店。
昔「楽しい弦楽四重奏曲」の札が刺さった棚の楽譜を順次見ていったら、鉄条網の描かれた表紙が出てきた。
テレジエンシュタット収容所でウルマンらが書いた曲集だった。
「楽しい」からの「強制収容所」に震撼した記憶がある。
また、ヤナーチェクJanacekの譜面を「Y」で探している若者たちに出会ったことも。

Naughty Bits「難所集」
https://www.sjmusicpublications.co.uk/product/excerpts-beethoven-cello
https://www.sjmusicpublications.co.uk/product/excerpts-haydn-cello
https://www.sjmusicpublications.co.uk/product/excerpts-quintets-sextets-cello
室内楽におけるチェロの「難所」を集め、指使い等整理したものらしい。
こんなものあるのね。ベートーヴェンの四重奏、ハイドンの四重奏、五重奏・六重奏
ちょうど私が弾いている曲が表紙になっているが、指使いが全く違う。これで弾く気になるかと言われると困るが、これはこれで参考になるのはそのとおり。困ったものだ。

同じ出版社から出ている「Chamber Music Repertoire for Amateur Players: A Guide to choosing works matching Players' Abilities. Harold Haynes」を買おうかどうか迷う。
https://plaza.rakuten.co.jp/morton05/diary/202604190000/
なんとなう弾きたい曲は視界に入っているし、ネットで音源も譜面も見られるし。自分だけでなく、仲間の情報収集も併せて、切迫して自分が情報を集めなければという気持ちは薄い。
例えば、以前集めた音源として、ツェムリンスキー、レーガー、オンスロウなどを弾きたいか?というとまあそこまでの気持ちになるし。

フィッシャー=ディースカウ(Br)、バレンボイム(Pf)によるマーラー歌曲集
随分前から手元にあったがちっとも聞いていなかったもの。
とても良い。この二人で悪かろうはずはないよね。それぞれに向き不向きはあるにしても、なんでもできる人たちなのは間違いない。

合唱組曲「旅」終曲「行こう再び」
忘れがたい曲であるけれど、前奏ありなしの2つがあるのね。
前奏がなく(一音だけあるとも言える)、いきなり始まる方が私には良い

アルカンの「海辺の狂女のうた Chanson de la folle au bord de la mer」。imslpでリコーダー五重奏版を見つけダウンロードする。
が、すでにダウンロードしていたことを発見。しかも、今回と同じチェロアンサンブルでの演奏を考えていた形跡が。が。が。
まあ、タイトルが物凄いし、アンサンブルとして面白い曲ではないから、演奏機会はないだろうけれど。練習はしてみたいね。

P.クレンゲルによるブラームスのクラリネット五重奏曲ピアノ版
https://www.youtube.com/watch?v=tbAsSXeOWhw
ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番のチェロ版もこの方の編曲。
チェロ奏者にとっては、ヴァイオリン奏者のP.よりも、J.チェロ奏者の弟の方がよく知られている。

"働く我に希望あれ" って何だっけ?
「秋の色はさらに深し」も分からなかったけれど。困る(困らない)。
美しく働く我に希望あれ、だった気がするが、語調はそうだとして具体的内容には自信がない。
秋の色は更に深し、もわからん。白楽天あたりを源氏で引用したとかな気がするのだが。

昔中華街にあったという「海勝昌」。なんとなう勝海舟と丁汝昌を思わする。まさかとは思うけれど。

孤独のグルメ。やはり名バイプレーヤーが出ている回が面白い。
主役級が出てくると、それら役者の雰囲気になってしまい、味が濃すぎる。
殊に野間口徹氏の回は良い。頼りなくも非常識でちょっと憎たらしい(優しく美人のヨメはんに甘やかされている)アンちゃんを描いて余すところがない。
笑福亭鶴瓶による「スジナシ」でも野間口徹氏は大活躍だった。
主役級は「本人」が期待されている以外のあり方ができないけれど、野間口氏は一般人に擬態しつつ、そこから理不尽な猛反撃を天然自然に繰り出して来るところがコワい。いい役者だ。

中国の連続ドラマ「大秧歌」。昔、中国訪問時テレビで見て印象深かったもの。ネットでたくさん見てしまう。
勧善懲悪の時代劇。悪役「三浦」を演じる役者の日本人風演技がなかなか面白い。おそらくは日本映画を相当程度見て、日本の知的選良の悪役の演技を移しているのではないかと思うのだが、具体的に誰のどの演技と思い当たるほどの知識はない(まったくない)。
勧善懲悪の時代劇を細かに分析しても仕方が無いが、「三浦」は日本的悪であるが、三浦が悪なのであって、その他日本人は「モブ」としてしか登場しない。(藁人形でも代用可能と言っていいレベル。鉄砲を持って走り回ればよく、なんなら顔・表情は必要ない)。

USB DAC をもう一つ作ろうと思う。
そんなものは既に持っているので、必要性皆無。とは言え、秋月DACもトランス2個も買ってしまったので、これらを使いたい。
手段のためには目的を選ばないのが趣味というもの。
秋月DACにトランスを組み合わせたいわゆるぺるけ式。とは言え、600Ω:2kΩなるもので、おそらく増幅度が低く人気がないので、多少安価に入手できたものと思われる。
秋月電子の通販で素子を買おうとする。抵抗は数百円くらいで思ったより高いと思うと、これが100個入。物凄く安い。
こんな安価なものを作って・売って儲けが出るのか心配になるほど。
安価なカーボン抵抗に比して高級と言われる金属皮膜でも2倍。1コ1円が2円。大量に使うならもちろん製造原価にハネるが、ひとつ・ふたつ使うばかりなので(というか、我が家に少々ある素子を探せばありそうな気がしてきた!)

連休が終わる午後。
我が家の前を「ごろごろ」が何台も通り過ぎていく。
そもそも早朝・深夜構わず住宅街を「ごろごろ」していくのはケシカランと思っているが、それ以上に連休の終わりが身に迫る。

泉岳寺と増上寺を勘違いしていることに気づいた。
今まで「泉岳寺」と言われるたびに、「増上寺」を思い浮かべていた。頭脳外部に映写できるわけではないので、誤りに気づかなかった(気づかれなかった)。
近いと言えば近くにあるのだが。そしてまた、これらの寺で待ち合わせをしたわけでもなく、行ったことすらない(増上寺の近くを通ったことがあるくらい)なので、問題はないのであるけれど。

昔読んだ電子回路の本。「インピーダンス」の説明の近くに、信号増幅の説明があり、電子回路がダンスを踊っているイラストがあったように記憶する。小さな信号(ダンス)も増幅すれば大きな信号(ダンス)になる、というような。
おかげでインピーダンスが踊り(ダンス)と関係があるかのような理解をしている(間違ってもいないが正しくもない)。
以降、アフォーダンス(阿呆踊り)、社交ダンス(そのまま)などが皆仲間であるかのような誤解を…

獅子唐は甘辛あってのお楽しみ時には辛きものとてもよし

アンティクーチョは南米の串焼き
アーティチョークはヨーロッパの春野菜(花菜類)
前者はキドニーパイ→日本畜産副産物協会によるレシピ→アンティクーチョのレシピと飛んできた。

晴雨兼用の傘を買った。 ものは良い。ブランド名「ハレとケ」は恐ろしい。なんとなう民俗学っぽくもあり。
ハレは晴れ、晴れやかだが、ケは日常、そしてその先に「ケガレ」があったりしなかったっけ?

「クマの出没情報と出会わない対策」政府広報の変な作文
正確には「クマの出没情報とクマに出会わない対策」。助詞「に」がどこにもない。
「出没情報と(出没情報に)出会わない」と読める。
まるで「悪い知らせを避ければ悪い事実を避けられる」という愚かな王様の寓話みたいだ。
もしかすると、現在の政権を批判する高度な寓意が込められているのかも知れぬ。

いただきものの菩提樹の蜂蜜。たいへん美味しかった。
菩提樹といえば、仏陀の悟りを思うか、あるいは、シューベルトを思うか。
と思って調べると、仏陀の方はインドボダイジュなる別種。シューベルトもまた近縁ながら別種のセイヨウシナノキ。
ちょっと安堵する。同じ地球上の樹種なのだから、仏陀もシューベルトも同じ樹の下にいて良いのだが。
あえて言えば、仏陀は暑いインドの人と思っており、シューベルトは凍てつくドイツの人と思っているので、その点で同じ樹種だと少々気持ちが乗らない。
さらに「恋のマイアヒ」原題"Dragostea Din Tei"(ルーマニア語)は『セイヨウシナノキの恋』の意味だそうだ。
この曲「のまねこ」が生じてから耳にしたので、特段内容や出自に注意を払ったことがなかったが、こういう(まじめな)曲ではあるのね。
調べていると「ギコネコ」など出てきて懐かしい。ちなみに、私は2chはROM専。たまに読む程度で書き込んだことは一度もない。言葉使いが悪いので用心していた、というところ。もっともよく読んでいたのは、以前いた職場の内部事情板かも。

船員口入れ業と船内高利貸制 篠原陽一
http://koekisi.web.fc2.com/ronbun1/page002.html
たいへん貴重な情報。まあ、戦前の船員の労務環境を私のような者が聞いても仕方がないとも思うが、「基本的人権ということばが知られていなかった時代」について学ぶことは現代においても大きな意義があると思う。
江戸川乱歩や徳富蘆花などの文章を読んでいると現代であればふつうに職業差別と取れる文言が見えたりするけれど、これらにしても「(たとえば船員のように)多くの柵があって、一般人から恐怖されるに足る労務環境が存在した」のを垣間見るという点では貴重であったりする。
平水夫の悲惨もなかなかだが、船長職を買えば能力に関わらず船長になるのも恐い。パスカルは「船長は家柄でなく能力で選ばれる」と言っていたが、単なる比喩なのか、英仏・時代の違いなのか???
http://koekisi.web.fc2.com/hansen/page006.html

サラハッディン・アイユーブの時代劇
Kudüs Fatihi Selahaddin Eyyubi
第一話冒頭から強い印象を残したスレイヤが23話?で死亡。矢一本でケリを付けるなんてひどい。
時々こういうのがあるけれど、まあ、斬殺されるより美しいままで亡くなってドラマ的に良いのかも。
それと、俳優さんのスケジュールや、役柄的有効性みたいなので強制退場させている気もする。
若手女優さんだったので、オッサンであるアイユーブとあまり絡むと販売路線としてアカンとか。
後、時代背景から仕方がないのであろうけれど、オスマンやオルハンと比べて、話が複雑。
トルコ人ならある程度「わかって」いるのではないか、とも思えるもの。

こうしたイスラム側のドラマをたくさん見ているせいか、「十字軍」への私の評価は著しく低い。
そもそも欧州観点で見ても、エルサレムに行かず、東ローマ帝国治下のコンスタンチノープルで暴れたり乱暴極まりない。
ましてイスラム側においてをや。してまた「子供十字軍」に悲惨な末路。
「草刈り十字軍」なる語を見て震撼する私だった。そういう意味では「新撰組」も新興武士階級の理念と欲望の混交ですよね。
まあ、小説ダルタニャンと史実のダルタニャンと偽自伝のダルタニャンでは皆違うし、小説以外は人物に少々問題無しとせずなのは仕方がないのであるけれど。

中國哲學書電子化計劃 なるもの発見
https://ctext.org/zh
これを読みこなすほど賢くはないが、覗き見するのは楽しそう。繁体や英訳があるのも嬉しい。
遠大な外国文明の書を半解ながら読めるのだから「漢文」というのは面白いと思うのだ。
和歌の嫋嫋たる面も大いに楽しいが、漢文のゴツゴツした面も楽しい。

「スノーボールアース」の漫画/アニメがあるらしい。
スノーボール・アースと言えば、ブディコだよな、な、な、な。

映画「プレッシャー」
https://www.youtube.com/watch?v=zdM4tdLQBg0
ノルマンディー上陸作戦時の気象予測の話らしい。「気圧」と正しい予測を行うのに感じるプレッシャーの双方を掛けているのだろう。
で、邦題はどうするのか。

朝、家の前を掃除していると、通りがかりの中学生が「俵万智って生きているんだ」と友人に話しているのを耳にする。
SNSでこれをつぶやくと、ご本人が「生きています」とツッコむと言う。
ともあれ現実にこの発言を聞くことができて面白かった。
とは言え、私も歌人にお会いしたことは殆どない。

「もくめん屋」なる語をネットで見る。「木毛」と書くらしい。木質緩衝材。
私が子供の頃に聞いたのは「きわた」。完全に同じであるか確信がないが、同じような木質緩衝材。
母の実家の道を隔てた向かい側は広い空き地だったが、「こうば」と呼ばれ子どもたちの遊び場になっていた。
この「こうば(工場)」は「きわた」を作っていたが、ある日火災でなくなってしまったという。
燃えやすい「きわた」だけにあっという間に全焼してしまった、と。

我が家の琺瑯の薬缶。穴が空いた。三十年も使えばそうなるか。
小さなピンホール。ポタポタと垂れる滴。
土鍋が割れたのは、お粥を炊いて塞ぐけれど、鉄に琺瑯ではどうしようもなかろう。
この薬缶は専ら家人がコーヒーを淹れる用。
私はコーヒーを淹れるのを止めた。七転八倒する割に出来上がるのが泥水以下だったら淹れない方が良い(淹れる努力をしない方が良い)。
というわけで、私は他人様が淹れたコーヒーだけを飲むのである。
(昔書いた小説に「赤い琺瑯の薬缶」を登場させてみたりしたのもあり、ちょっと琺瑯の薬缶には感情移入しがち。なお我が家のは「白」。赤いのは、その昔(五十年ほど前)、お隣さんだった川崎さんのお宅にあったのだ)。

マキタの18V充電式掃除機を買ってみる。
我が家には1台コード式があるのだが、安いのをもう一台と思っていた。が、1万円以下ではなかなかないようだし、数万円などというものすらある。モーターがついてて「吸う」以外に機能なんかないのに。
で、2台目なので、充電式に。ほんとは3年ほど前に買った山善の充電式高枝切と同じ10.8Vを探したが、そういうものはない。
手元に掃除機があるのはなかなか便利。充電池も2つ買ったので、これでマキタの電動工具を気軽に買える!
小さいながらLEDランプが点灯するのも良い。工事現場などで隅っこ掃除に役立つのだろう。我が家でも同じである。
ちなみに、排気は本体横に吹き出す。通常使用では全く問題ないが、寝ながら使おうとすると、風が顔を直撃するかも知れぬ。まあ、絶対にマキタが想定せず・推奨もしない阿呆な使い方なので、ふつうの人間が気にするには当たらない。

wikipediaでホイッスラーについて読んでいたらMr.Beanの話題が。
こないだYoutubeでMr.Beanが滅茶滅茶にしていたのは『灰色と黒のアレンジメント-母の肖像』だったのか。
なかなかなめぐり合わせ。楽しい。

マウス(ポインティングデバイス)はエンゲルバートが1960年代に発明。QUERTYキーボードはタイプライター由来。
もっと気が利いたものはできないのか。ハードよりソフト寄りに考えるべきで、フリッカ入力などが答え(実装され・普及した)なのだろう。
そういう意味では、増井俊之はエンゲルバート級の業績といえるのか(そう考えなくても尊敬しているけれど)。
まあ、ヴァイオリン属弦楽器の奏法など何百年(あるいはもっと)基本的には変化していないのだから。。。

鉄道模型の販売ページで、EF15と書かれた写真にEF57が。
おそらくは鉄道があるていどわかるデザイナーさんが作っているのだろうけれど、古い車両の見分けがつかないのではないか。
わかる人はすぐわかるし、そうでない人はわからないままであろうし、それで誰かが困るような場でもないけれど。

熊谷駅で列車を待っていたら優等列車らしいのが通過。
新幹線と並走するこのあたりに在来線特急は走っているのだろうか?と思うと、ヘッドマークには「Party」の文字。
通過した後を見送るとヘッドーマーク(テールサイン)には「団体」の文字。
そうか、Partyとは団体の意味。そこから宴会とも政党とも意味が広がったのだ。

反歌・急行大和篇(藤井貞和、書肆山田)
気になる題名。しかし、急行大和なんて、JR化以前の列車ではないのかな?

UbuntuでBluetoothを使うのは難しいらしい。
前は使えていたキーボードが使えなくなってしまった。瞬時に接続・切断を繰り返すようになった。
使いにくい小型USBキーボードを使っている。ううん。

トルコ料理レストラン バルシュに行ってみる。
大久保ヒサールがなくなり、トルコ料理成分が絶対的に不足しているため、満足できるトルコ料理店を探している。
バルシュは悪くないが、ヒサールのような煮込み料理や茄子クリームの牛肉煮込み掛けなんかは無いようだ。
キョフテとメゼを食べに行けるのは良さそう。
煮込みと茄子クリームを探す旅を続けよう。

5月にしては寒く、かといって多くの冬物はしまい込んでしまったので、カーディガンを羽織る。
そんなカーディガン姿を見た息子から「お父さんみたいに見える」と言われる。ショック。I'm your farther.
以前、帽子をかぶって練習に行ったところ「チェロが上手い人に見えます」と言われて以来のショック(笑)。

多忙につき練習1回断念。来月の楽しい合宿も断念。何のために生きているのやら。
昔々、多忙であったおり、「ロデオドライブ」の名で書かれた室内楽評論のネット記事をよく読んでいた。
ユーモアと余裕があり、優しさを感じさせる文章だった。ヴァイオリンとヴィオラを弾く方のようだったが、「上手い」ことに価値を見出さず、何かまったく違う味わいを賛嘆されている方だった。この方に教えられた演奏も多い。同じアマチュア奏者でもあり、メールも少々交わしたことがあり、いつかお会いすることもあるだろうと思っていたけれど、どうやら若くして病没されたらしい。
残業しながらモーツァルトのクラリネット五重奏を聴くと、彼の文章を思い出す。否、彼を思い出したからモーツァルトを聴いているのだろうか。
大田区ハイドン管弦楽団の平瀬さんという方だったように思う。お会いしたことこそないけれど忘れ得ぬ人のおひとりである。

多忙というのはそもそも計画の破綻であり、リスク予見を含む計画性の欠如であるわけだが。
反省をしようとすると、反省以前に「アイツが悪い」などと思うわけだが、もう少し冷静になると「アイツを信用したオレが馬鹿だった」と思うわけだ。
前者よりも後者の方が酷いことを言っているような気もする。
もちろん、こんなことは、反省する時のものの見方の違いであって、相反する結果というわけでもない。

忙しくて個人練習ができない中での室内楽練習。
アカンところは一杯あったが楽しい。ありがたいことである。
お仕事はいい加減飽きてきたから、もちょっと自分の時間を使いたい。体が動くうちにできることをしておきたい。

一山越えた休日。「人間性の恢復」などと思ってみる。
とは言え、休みに遊ぶためにも、心の準備が必要らしく何もできない。
それこそが人間性の毀損であると感じるところ。

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