量子力学を考える。
ある方の質問をきっかけに、量子力学について考えてみました。末尾に参考書籍を記しています。
1)そもそも「力学」とはなにか。
力学とは、文字通り力の学問ですが、力を受けた物体がどのような振る舞いをするかを『記述する』学問です。
この場合の『物体』は、例えば、太陽/地球/月/彗星といった天体であったり、電子/陽子/中性子といった素粒子であったり、回転する「こま」であったりします。もちろん、『物体』は、自動車のボディーや東京スカイツリー、本四連絡橋でも構わないのですが、こうした実用的な力学は自動車工学や建築学で扱うことや、物理屋さんの好むような理論化が十分でない等の理由で、通常、「物理」という学問分野の対象にはなっておらず、物理屋さんがいう「力学」の範疇には入れないことが多いです。(抽象的な方が格好良い、という伝統的物理観によるものといってもよいでしょう)。
力学の計算の成果として、ハレー彗星の回帰年数や、電子の振る舞いを「予測」することができ、それにより我々が住んでいる宇宙の有様の理解が進むことが、力学の目的であるといえます。この「予測」は、「数式表現」されていることが強く求められています。
また、そもそもの物理学の成り立ちから、「真理は単純な数式で表されるはずであり、それは美しい形式を持つに違いない」という暗黙の信条があり、「なんとなくこんな感じ」とか「この時はこうなる」風の場当たり的な知識は物理学と見なされません。
(私見では、化学/地学/生物学/工学に対し、物理学が優位性を持っていると感じるのは、こうしたストイックな態度によるものと思います。一方、物理学における全ての数式はあくまでも「実験的事実」から導かれるものであって、理論は実験的事実に基づいて構成されるものに過ぎません。しかしながら、世の中では、「それが理論だから正しい」式の間違った言い方がされてしまうことがあります。「多くの実験事実に基づいて理論化されたものであり、さらに、その理論が真理としてあるべき美しさを持っていると感じられることから、正しいだろう」というのが、正しい態度ではあります)。
量子力学は、「量子」と呼ばざるを得ない「へんなもの」の力学であるといえます。
2)「量子」とはなにか。
光がそうであるように、粒子でも波動でもある存在を、粒子的な観点から「量子」と呼びます。また、この世界においては不確定性が本質であり、粒子の振る舞いを完全に予測することはできず、ある一定の幅の間でしか粒子を捉えることができません。
普通に考えると、ある存在が、同時に(あるいは、見方によって)粒子でも波動でもあり得る、というのは解釈に苦しみますが、どうして、ある存在が粒子でも波動でもあり得るのか、という問いに対しては、「多くの実験事実がそうであるから、そう解釈するしかない」と回答をせざるを得ません。
どうやら、宇宙は人間が理解するために存在しているのではなさそうですし、そもそも、人間が物事を理解するというのはどういうことか、という疑問がふつふつと湧いて参りますが、物理学科的には、「数式表現ができ、それによって予測できれば、解釈はさておいて、理解したってことで良いよね。」というココロであります。もちろん、物理学者も人間ですので、粒子でも波動でもあることや不確定性についてはなかなか納得し難く、気持ち悪いと思っていると思います。
3)「量子力学」とは何か。
繰り返しになりますが、量子力学は、「量子」と呼ばざるを得ない「へんなもの」の力学であり、「量子の振る舞いについて、波動/粒子の両側面や不確定性を踏まえつつ、実験的事実を数式表現し、予測する学問」であるといえます。
物理学科的に「量子力学」を理解するためには、いわゆる古典力学以上の数式(特に面倒な解析力学等)を理解する必要があり、学生の多くが初歩の段階で脱落します。(申すまでもなく私もその一人。個人的な関係は全くありませんが、「シュレジンガー音頭」の方のお気持ちはよくわかります)。
量子力学を理解したい、という問いに対して、私が答えるとするならば、大学の物理学科に入り、古典力学、解析力学、量子力学を学び、また、いくつかの有名な歴史的な実験を追体験し、量子力学を創って来た人々の随想を読みつつ思索に耽り、十数年を過ごしてみると、幾ばくかの理解が得られるかも知れないが、自分もまた、量子力学を理解したとは言えないのであるから、人様に教えられることはない、ということでしょうか。
4)書籍について
と言う事では、折角のご質問に答えたことになるまいでしょうから、いくつか書名を挙げておきます。
いずれもきちんとしたもので、定評がありますが、合う/合わないは極端に分かれますので、実際手に取って御判断下さい。
●物理学科での教科書
「量子力学 I (物理学大系―基礎物理篇) 」 朝永 振一郎 みすず書房
(物理学科の量子力学入門。既存の知識の再利用ではなく、新たな知識の獲得という視点を知る事なく、
後輩に譲り渡したのが残念です。)
「量子力学入門」 (物理テキストシリーズ 6) 阿部 龍蔵 岩波書店
(私のころの初学者用教科書です。)
「量子力学 I 原子と量子」 (物理入門コース 5) 中嶋 貞雄 岩波書店
(これも同様のレベル。このシリーズにはお世話になりました。)
「量子力学―ランダウ=リフシッツ物理学小教程」ランダウ・リフシッツ
(超デキる学生向け。こういう世界を覗き見るのも一興かと。ちくま文庫になっています。
物理系の卒業生同士で「ランダウ読んだ?」はある種のご挨拶です。)
ファインマン物理学
(凡人学生向け。数式だけ飛ばして読んでも良いかも知れません。私はファインマンの量子力学は未読ですが、
これで読書会をやってみたい気はします。)
●物理学科副読本系
「鏡の中の物理学」朝永 振一郎
(本書中の「光子の裁判」は絶対読むべきです。湯川秀樹の「旅人」もよかろうと思います。)
トムキンスの冒険 ガモフ
(伝説の名著。これはお勧めしても間違いでないと思っています。)
量子力学の冒険 トランスナショナルカレッジオブレックス
(有名な本ですが、私はこれの前著「フーリエの冒険」しか読んでいません。合う人には合うと思います。)
「32ページの量子力学入門」シンキロウ 暗黒通信団
(暗黒通信団は、円周率表のような変な本があるので注目しています。未読ながら気になる/安価ということで、
挙げておきます。「“距離”のノート」も気になります)。