(今後種々追記するつもりだが、一旦ここに置く)。
弾けもしないし、そもそも楽器を所有していないヴィオラ・ダ・ガンバとバロック・チェロの合宿に行くなど無謀かつ傍迷惑この上ないのではあるものの、主宰者のご厚意で混ぜてもらいました。
主宰者/講師陣/参加者/支援者の皆様に感謝しつつ、以下雑なメモを書く。
私のためのメモなので事実と雑感が混ざっている。よってしてメモのアカンところは皆私のせいである。
●特に大切な情報
Shapeとmessa di voceと修辞学で音楽を作る。
旋律というよりも「ことば」に近い(?)
私が「歌いくち」ということばで表現してきたものと相当程度重複する。
Shapeは、左手(リズム)は崩さず、右手(音量)でつくる。
和音が大切なところは和音に語らせる
ヴィヴラートはかけない(控える)
18世紀フィンガリングは飛ばない(大きなポジション移動を避ける)。
19世紀は飛ぶ
ベートーヴェンの四重奏をどちらで弾いても良いが、ベートーヴェンの前提は当然18世紀
ベートーヴェンは意外と親切
ベートーヴェンは様々な奏者から影響を受けている。時期によって書法が異なるのもこれが理由
バッハ当時のドイツのチェロ奏者は弓を「下持ち」していた(上持ちがいなかったということではないが)。
無伴奏も「下持ち」を想定している可能性がある。
●教えて頂いた諸情報
昔の欧州では都市によって音程が異なった。
音程の違いはパイプオルガンや管楽器に依存。
弦楽器はそれに合わせる。
400未満〜466とか480とか!
移動する音楽家は必要に応じ音程を変える。
弦楽器はかんたんに変えられる。
声楽は上限↑・下限↓が大変。
音程が高い都市で弦が切れた・・・というのはしばしばあった。
よってして弦楽器は「ある程度変動する様々なチューニングに耐えうる」と思って良い。
国際会議で440Hzと決めているが、パイプオルガン等では気温による変化もあり、それも国際会議で決めてある。
たまたま見つけた解説
https://note.com/kagefumimaru/n/n22cc9c00a2dd
パイプオルガンの「調整」の基本は「削る=高音側に合わせる」。
調整頻度が高いオルガンは高音化しがち。昔の音程を知るためには調整していない(貧乏な町の)オルガンを探す。
なお、チューニングの国際規格は ISO 16 らしい。今どきのISOは一万いくつなので、二桁ISOってば凄い。
●合宿での設定
合宿で採用されたチューニングはA=415Hz。ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェロ共通。
チェロはエンドピンなし、弓は下持ち推奨、少なくともバロック弓が良い。
(私だけ金属弦、上持ちの現代弓という申し訳無さ。エンドピンなしで弾くのはおそらく高校生くらいでフザケて始めた気がする。正しい奏法であるかはわからないが、エンドピンなしでもほとんど無問題で弾ける。ついでに言うなら、以前、あまり楽器を練習しやすくない環境で暮らしていた頃、エンドピンを出さずに日々の練習をしていたこともあるので、エンドピンがなくてもなんだかふつうなのである)。
●レッスン
自分が出来ないところに助言を頂く式でお願いした。安直でアカンとは思うものの、初レッスンでもありお許し頂いた。
(非常に後ろ暗いことを書くと、「ある種のレッスンにおける教師の実力を見る」にもこういう方式は有効かも知れぬ。後ろ暗いけど。でも、今回はそういう意図はなく、単にこちらの準備ができていないからこの形式にして頂いたのである。でも、後ろ暗い見方をしたところで結果的に「先生の実力」は「圧倒的」すなわち「愚問賢答」の類であったことよ)。
モーツァルトのクラリネット五重奏曲第一楽章のいくつか
・アルペジオ
強弱のShapeを考えるべき。全ての16分音符を等しく弾くのではない。
強弱であるから右手で表現すべき。
左手(リズム・テンポ)は歪めず、強弱のみ
16分音符ごとに「強中弱弱」などとすることで、左手も最後まで強く押さえす必要が減じてポジション移動が楽になる利点もある。
(これらの点はガット弦における「左手より右手で表現することが多い」を前提にしているように感じる)。
(このパッセージはA=442Hz調弦だと弓が弦を噛みにくく演奏しにくいが、A=415Hzだと演奏しやすい。ただし、ずっと415にしている時と変化させた時で同じであるかは分からない。楽器および演奏者奏法のヒステリシスの問題)。
・旋律
各Shapeの末尾が半音か全音かは重要であり強調すべき。
(先生ご自身なら)第一ポジション周辺で弾く。
・最後の音階
Shape重要。当然であるけれど。
大きな山(これも含めた4小節をMessa di Voceの対象と捉えるべきだろう)が重要。先生ご自身はアップ弓から入る。
高いポジションに行くより、低いポジションで移弦する(任意)。
(以上、私の文章では「当たり前」の内容に堕ちるけれど、模範演奏がシビれる良さであったことも特筆しておきたい)。
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番のいくつか
最初のテーマ(繰り返し出てくる)はヴィヴラートを大きくかけるべきではない。
音型そのものに意味がある。Shapeが重要。
pでは4小節ひと弓でも良い。遅い弓にする際、前の小節の後半から遅くする方法もある。
ひとつの楽器でも役割は激しく入れ替わる。バスの役割はティンパニ風に短く。
●チェロアンサンブル
4Vc でモーツァルトのアヴェ・ヴェルム・コルプスを弾いた。
以前も弾いたことがある(調性は異なる)。
が、その時は、「わけのわからん変な曲(チェロで弾く価値を見いだせない)」と思って終わった。今回もどうなることやらと思っていたが、完全に覆った。この曲はやることをきちんとやれば音楽になる。
とは言え、こんなかんたんな事がわかっていなかった私(チェロ歴数十年)って悲しい。
前回は初心者の大人数合奏だったから、できることが少ないことは仕方がないのだが。己(チェロ歴数十年)の感受性の問題として、そういう状況下であっても(そういう状況下であるからこそ)愚鈍であったなあと己の非才を悲しむ。
でもって、「やること」を知るのに学問も必要かも知れない部分はあるかも知れないが、私自身が考えてきた延長線上にそういうのがあるらしいと思うとなおさらではある。
Messa di voce とか shape というのは、私が年来のテーマとしてきた「歌いくち」や「言い回し」と相当程度重なるように思う(希望的観測)。
文字面で例えるならば、「にんじゃ」「ニンジャ」「忍者」「Ninja」は概ね同音かつ本質的には同義だとしても、やはりニュアンスは異なって見える。
アンサンブルで同じパターンを受け渡す時「言い回し」が異なると同じ音楽に聞こえない。「あなた達本当に集まってお互いの音に耳を傾けて練習したの?」と聴き手は感じるだろう。これは「にんじゃ」と「Ninja」の違いと相似であると思う。
これは、もちろんぴったり同一の言い回しにせよということではなく、相手の言い回しを受け取りつつも、全体を見渡した上でそこにさらに己のニュアンスを付け加えて弾くということと考えている。
帰宅後、この件を考えつつ、古楽器ブルックナーのCDを聴いてみた。
仮説にしか過ぎないけれど、古楽的な「ことば」とワーグナーに至る「大旋律」。「どちらかひとつ」の二者択一ではなく、そのバランス・たゆたい(揺蕩い)を大切にするのが面白そうだ。以前、構造と歌謡性の相克こそが面白いと思っていたが、「ことば」はこうした構造とも歌謡とも少し異なる。うむむ。もっと考えてみようではないか。
仕事でも「レンガを作る作業」「レンガを使って大教会を作る仕事」を分けて考えることを提唱することがある。ちょっと近くてちょっと違うな。
少なくとも現時点においてこの辺りのバランスはよくよく考えておかないと阿呆の音楽になるな。先々、自然にバランスがとれるようになると良いのだが。
また、バッハのマタイ受難曲第49曲(アリア Aus Liebe)のチェロ四重奏版(新編曲)も弾いてみた。
よくぞこの曲をチェロ四重奏に持ってきたな!の驚き。ハスラーのコラールや、第50曲ならばさもありなん、だけれど。
でも、このアリアこそ「Shape」や「Messa di voce」を考える好例かも知れない。。。(ちょっと考えてみよう。そして弾いてみよう)。
●ヴィオラ・ダ・ガンバ
ガンバに触るのは人生三回目。少し慣れてきた。が、まだまだ慣れない。
(ほんとは四回目。三十年前に三分間触らせてもらったことがある)。
弦の数が多く、1〜4弦まではチェロと同じく左手が届くが、5弦・6弦は「えらい遠くにある」感じ。
また、いざという時チェロのつもりで違う弦の違う場所を押さえてしまう。阿呆だが仕方がない。
初心者向き合奏として用意された「Canon」は非常によく考えられた譜面。バス+かんたんな旋律の繰り返し。
これが、バスは移弦のときは指はあまり変わらず、旋律は音階的なので、弾きやすくしかも変化に富んでいて楽しい。
こういう練習曲を考えられるのって天才。素晴らしい。
現状、私にとって一番よろしくない右手の練習を考え・実行してみた。
楽譜を見たりするとそちらに意識が行くので、とりあえず、譜面なしにする。
左手があるとそちらに意識が行くので、なしが好ましいが、同音反復は飽きるので、単純な反復音型・移弦なしにしてみた。
「聖ジュヌヴィエーヴ教会の鐘」なら弦1本の開放と指2本。短いレファミ・レファミの執拗な繰り返し。
これを様々な弦で試み続ける。
と、少しらしくはなってきた。が、まだまだ慣れない。弓のいろいろな場所を使う、長く使うなどをもっともっとせねば。
でも、こうした練習方法を考えるのは昔々の杉浦師に教えられたやり方でもあり、その試行錯誤自体が楽しかった。
(旧師と新師の教えが組み合わさって役に立つのはとても嬉しい)。
また、他のガンバ初心者(楽器所有者)とお話したが、「右手=弓が難しい」とのこと。
この問題提起は私のチェロにとってもガンバにとっても非常に切実かつ重要なので、いろいろ考えたりした。
これも非常にありがたくも良いことで、またお話させて頂けると、また、私自身の実験に付き合って頂いたりすると私には大きな学びがありそうである(学生オーケストラ時代もそうだったが、人に教えてみるのが最も良い学習の機会なのである。私から教わる方には大変申し訳ないけれど)。
●その他
公共交通機関のみで行くのが難しい場所であったため、自動車運転をされる方に種々ご支援を頂いた。感謝。
長時間自動車を運転し続ける才覚は私にないが、鉄道で長距離移動&近場のみレンタカーなら可能かも知れない。
次回はそれも検討してみよう。また、前泊・後泊のいずれか/双方を入れた方が余裕があって良いのは間違いない。
また、楽器以外の荷物を宅急便で送ることも考えよう。
他の方と自動車内で話したことも大変価値があったけれど、列車内で話したことも同様であった。
その意味でも特急(指定席)ではなく、空いている普通列車で移動する良さがあった。
特急列車は満席に近い状況であるようだから、楽器のように大きな荷物を持ち込むのは難しい面もあるだろう。
●おまけ
日野春駅の「給水塔」。
蒸気機関車時代、峠越えのために機関車(炭水車)に大量の水を補給するために駅横に設けられたもの。
私が子供だった頃、父と共に飯田線・身延線一周をした際、見た記憶がある。
当時であっても蒸気機関車廃止から約十年が経過しており、無用の長物であったに違いないのだが、田舎であって土地にも困らぬこととて、今なお残っているようだ。
特急で通過する時、駅名も確かめられずにきたけれど、この度普通列車で往復することで目出度く駅名も確認できた。
初狩、笹子なども、おそらくは蒸気機関車運転以来のスイッチバック施設が残っており珍しいものと思う。
これも特急で通過していては気づかなかったもののひとつ。
下記記事を読むと、施設として(近年まで?)現役であるものの、列車のスイッチバック目的というより操車場としての機能面が大きいらしい。
https://www5f.biglobe.ne.jp/~switchback/hatsukari.htm
なお、四方津(しおつ)の斜行エレベーター「コモアブリッジ」は廃止になったと思っていたが、まだ稼働しているみたいね。