2025年の記録
なんとか無事一年が終わった。
初めての入院・初めての手術・初めての全身麻酔をした。
大した病気ではないから気楽なものだが、これから衰えゆく人生の発端でもあろうし、種々覚悟せねばならないと感じている。
短い入院、実績の多数ある手術とは言え、医療関係の皆さんには大変おせわになった。
●音楽(演奏する方)
音程の良い・響きの良い演奏をしたいという思いが少し叶うことがある。たいへんありがたい。が、この路線をあまり厳しく追求すると自分も周囲も幸福にならない気がするので気をつけよう。まあ言うほど堅固な精神ではないので、「厳しく追求」することなど出来はしないのだが。
一方でオーケストラは私には過重である。私が演奏したい曲で、私を必要として下さる場合に限って(仕事が忙しくない場合などに限って)演奏させて頂くことはあろうけれど、それ以上はとても無理。たいへん我がままにて申し訳ないと思っている。
2025年も良い曲を良い方々と弾かせて頂いた。
Brahms Sextet Op.18(1楽章のみ) 2/16
Beethoven Op.18-5 2/22
J.S.Bach Orchestral Suite No.2 他 4/5
Mozart Quintet K.614 5/10
Mozart Quartet K.428 10/4
Dvorak Quintet Op.97 11/9
Smetana Ma Vlast 11/16
2026年の予定も少しずつ入っている。ありがたいことである。
R.Strauss Metamorforzen 2026/4/11
Beethoven Quartet Op.132 2026/7/11
Mozart Quartet K.421 2026/7/11
引き続きデュポールを練習している。杉浦師から習った事々のいくつかはおそらくデュポール流。とは言え、自分はデュポールを練習するレベルではなかったし、当時のレッスン頻度からはデュポールの譜面を買ったとて意味ある練習ができなかっただろうとも思える(ということで現実を肯定しようではないか)。
「下持ち協会」の合宿にも参加させて頂いた。種々蒙を啓かれる体験であった。2026年も行かれると良いな。ともあれ、自分がほとんど何も知らない音楽があるのだ、という点ですでに蒙を啓かれている。。
バロック弓(古典寄り?)を購入。種々実験しているところ。
●音楽(聴く方)
La Musica Corrana とこんにゃく座は常連として楽しんでいる。
On verra 5e 「バスタイユ・カンタータの愉悦」はLMC繋がりで行った。すごく楽しい演奏会だった。
「夜の帳に舞う鳥たちは」もLMC繋がり。よくぞこれだけの幅広いプログラムを組めるものだと感嘆する。
ともあれ、最近本家LMC成分が不足している。摂取したい。
こんにゃく座はカフカ「変身」。この話も、若い頃は単なる「怖い話」と思っていたけれど、この年齢になると、引きこもりや介護などで社会から切り離された孤独な個人と孤立する家族の「よくある物語」のようにも思われる。こうした「考えるオペラ」も良い。
●読書
面白かった本を記しておこう。ノンフィクションが多い。
砂糖の世界史 川北稔
関西大衆食堂の社会史: 「餅系食堂」からみた都市移動と立身出世 奥井 亜紗子
台湾生まれ 日本語育ち 温又柔
誰がために医者はいる 松本俊彦
高慢と偏見 オースティン 中野 康司
旅に出るときほほえみを ナターリヤ・ソコローワ
やっさもっさ 獅子文六
●美術など
美術館、博物館、関連イベントには行けていない。
美術大学の大学祭も、東京芸術大学にかろうじて行ったのみ、行こうと思っていたいくつかも多忙・酷暑等で見送った。
どうしても行かなければではないからね。でも、もう少し美術体験などしないと自分としては不満足であるな。
そういう意味では、映画館にもほとんど行けていない。「ロボット・ドリームズ」のみ(これは行って良かった)。
●旅行
旅行らしい旅行には行っていない。下持ち協会の原村合宿のみ。
でも、昔々小学生だった頃に行ったヴェガアンサンブルの合宿を思い出したりして楽しかった。
地方の交通はどんどん不便になる。よってしてレンタカーの運転くらいしなければならないと感じることもある。なかなか。
●その他
定年まで指折り数えるほどになってきた。再雇用もありうるとは言え。
会社では種々「若返り」を予定しているが、結局のところ上層部は居座るらしい。なるほど、という感想。
コロナ禍の外出自粛で在宅勤務を初めて以来、庭を眺めてお茶をすする機会が増え、隠居の気分が抜けない。
もうそれで良いのではないか。人は何のために働くのだろう。子どもたちもそれぞれに収入を得ており、「親として為すべき」は終わったように思う。それならば「自分の人生」に立ち返れば良い。だが、「自分の人生」は長く「子どもたちのための人生」であったので、今更「立ち返る」などと言っても帰るべき場所などないように思う。そしてまたそれを特段不幸な人生とも思わない。一生懸命楽しく集中して生きることができたのだから、それで楽しかったと思うばかりである。さて。
パスポートは切れてしまったし、円安は厳しいし、二度と海外に出ることはないだろう。
国内でも海外からの旅行者が多く「おーばーつーりずむ」になっている場所は、宿泊費も高価であり、行くことはないだろう。
老後どうするかという問の答えはまだ見つけていない。
しかし、キナ臭い話ばかりが聞こえてくる。平和主義・善隣外交の本旨に戻っていただきたいものだ。
政治も司法もメディアもきわめて無責任であると感じる。
