2024年の記録
なんと言っても『名前のあるカルテットの一員』になったのが人生最大の転換。
これからも真面目に楽しく音楽をやろう。
●音楽を演奏する
というわけで、今年の演奏曲は以下の如し。
ドヴォルザーク Op.105
ハイドン Op.77-1
ベートーヴェン Op.131
ハイドン Op.76-5
ブラームス Op.51-2
モーツァルト d-moll K.421 (417b)
人生、こんなにも良い曲をこれだけ演奏できれば相当程度上出来と言えるのではないか。
ほそぼそと続けてきた室内楽活動が少し大きくなった。ある方の言われるように「復活」かも知れぬ(ラザロのように)。
2025年度の予定も記しておこう(自慢)。ベートーヴェン:Op.18-5とOp.132、バッハ:管弦楽組曲第3番、モーツァルトK614、ブラームスの弦楽六重奏Op.18(第1楽章のみ)。弦楽五重奏1曲。これに最低でも四重奏1曲が加わる。素晴らしいではないか。
先般、同学の若い方から、「R氏に次いで達者」の旨言って頂いた(R氏は周知の超絶達者)。その翌々日、チェロ教室のアンサンブルでご一緒した方から「教室内で一番好きな音だった」と言って頂く。こういう事が続くと、「もうすぐ自分は死ぬのかな?(神様が私に地上最後の幸いを与えて下さったのかな?)」と思ったりする。嬉しいことではあるが、気をつけよう。そして、真面目にさらおう。
●音楽を聴く
La Musica Collana(LMC)の追っかけをしている。この人たちの音楽は活き活きとして自然で、可憐で勇気があって素敵だ。
私も相応の年寄りなのだから、若くて良い人々を応援したいという部分もある。
でも、自分も演奏者としてこの人たちの持つ知識・技術を盗み取ろうという大変サモシイ気持ちもある。
まあ、そんなに簡単に盗み取れるものでもなく、盗んだところで彼らが失うものはないのだから一生懸命盗もうではないか(盗めるものであるならば)。
この流れで行った合唱団サリクス・カンマーコアのバッハのカンタータ全集第1回もたいへん良かった。
管弦楽は安定と信頼のLMC。うたの人々は合唱としても良かったが、ソロも様々な声質のカードを切ってきて、非常に面白かった。
特に最後のがーまるちょば風の方の繊細な歌い振りには魅入られた。2025年にヴォーン・ウィリアムス「旅の歌」を歌われるようなので、ぜひ行きたい。
8月に本番前とて行けなかったデュポールを読み聴く会(京都・12月)にも行かれた。
あんな風には弾けはしないが、自分の出来るところで頑張ろう。
オーケストラはほとんど行かず。
でも、マーラーの交響曲第九番は2度聴いたのね。カーチュンウォンと鎌倉交響楽団。そういう年もある。
他には横浜シティーフィルハーモニックのベートーヴェンの交響曲第七番。名曲揃いの楽しい演奏会だった。
恒例のこんにゃく座は「神々の国の首都」「リア王」。
どちらも音楽劇として楽しくも、また考えさせられる。自分の「レパートリー」ではないところに音楽と内容があるので、いつも新しい発見がある。また行こう。
●文化的な催し(美術館・博物館・映画館などに行く)
月に1度はと思いつつ、あまり行けていない。音楽活動が忙しく、夏は暑すぎ、まあ仕方ないよねと思うが、もちょっと行かねばだね(自分が詰まらないから、というだけ。)
唯一、来年休館予定のDIC川村記念美術館に行った。
これまで物凄い個人コレクションを見すぎているからか、意外とあっさり見てしまったが、ピカソのシルヴィアに初めて接するなど面白い発見もあった。
そのついでに、佐倉で烏瓜をたくさん見たのが嬉しかった。少々人里離れたところを通り怖くもあったけれど、楽しくもあった。
映画館には行けていないが、自宅で見た下記の映画は思いの他良かった。
Giuseppina (1959)
https://www.youtube.com/watch?v=EIbQSLI6FjE
英国石油が出資した短編映画。映画らしさを楽しめた。
お祭りに行かせてもらえず退屈する少女Gioseppinaがお父さんの職場であり、自宅に隣接するガソリンスタンドで頬杖ついてぼんやりしていると、様々な国の人々がガソリンスタンドを訪れ、様々なかたちでGioseppinaや家族に接していく。
実際の我々の生活でも、様々な人々が様々な形で現れ、それぞれの劇を演じて去っていくように思われる時がある。それを濃縮したようなGioseppinaの一日。
見たいと思った映画を並べておこう。『私にふさわしいホテル』「敵」「ロボットドリームズ」「エストニアの聖なるカンフー・マスター」「怪獣ヤロウ!」。「ホテル」は予告編からものんさんの活発な役者魂を感じる。この方、本当に演じるのが好きなんだろうと思わするものがある。
●読書
(後で書き足すかも)。
ちくま文庫の戦争関連書は良かった。
「南の島に雪が降る」、「虜人日記」、「真珠湾収容所の捕虜たち」、「シベリヤ物語」
そしてまた、『暁の宇品』も。
いずれも「戦闘行為や兵器以外の戦争」についての書である。
斯くも日本と日本人について執着する私こそ右翼(極右)である気がする。
ちくま文庫は「駄目も目である」(木山捷平)、「キャラメル工場から」(佐田稲子)など、昭和の味わい深い書を出版し続けている。
●旅行
6月に訪れた松本平、信濃大町は残念ながら雨だった。雨に濡れそぼる碌山美術館は素敵だったけれど。
安積野を折りたたみ自転車で走り回る計画は丸つぶれ。そもそも自転車を持たずに出発した。翌日、晴れたけれど、暑さであまり行動できず、中途半端ではあった。自分の計画・実行力がヌケサクだったのがいけないのだが。
とはいえ、お風呂屋さんや素敵カフェ、縣の森、松本民芸館など面白い発見がいくつもあったし、久方の身延線も嬉しかった。
松本のように、行きやすく、行けば楽しい場所も大切だが、もっと自分が見たことがないもの・感じたことがないことに触れなければならないようにも思う。さて、どうしたら良いのだろう。私がごとき無計画な人間はオートバイや自転車で全国一周のようなことがしたくなる。だが、暑寒いずれも甚だしい時期しかなく、かつ、運動神経や疲労のことも考えるとオートバイ・自転車というのも避けたくなる。
一方、公共交通機関で行けるところは徐々に減りつつある。などなど。
京都も一泊二日。ぶらぶら歩いて楽しかったから良し。古い民家を見て歩き、古いうどん屋さんでうどんを食べれば満足する。
●鉄道趣味
楽しく軽工作をしたり、買ってきた模型車両を走らせたりしている。
そしてまた、「小林信夫の模型世界」や古い鉄道模型趣味誌を読んで想を練る(妄想を繰り広げる、ともいう)のが楽しい。
そのくらいでちょうど良い。
現在世の中に走っている鉄道車両にあまり魅力を感じない。乗って車窓を楽しむのはたいへんよろしいが。
故に、鉄道車両の写真を撮影するための努力はまったくしていない。乗ったついでに記録としてちょいと撮っておく程度。
長らく読んできた鉄道系ネット記事の筆者、なんとなう生活圏が被るな・・・と気づいた。
種々情報を考え合わせるになんだ時々顔を合わせる昔ながらのご近所さんではないか、ということで、イベントの際ご本人にご挨拶した。
長くそんなことには気づいていなかったので、ちょっと面白かった。
我が家があのまま東京にいたら・・・とも思うが、名古屋転勤のお陰で、「イモムシ」「なまず」「パノラマカー」などに出会えたのだから、良しとしよう。
(名古屋駅は、大幹線、山岳線、交流電化区間、非電化区間に連なっているので、大きな駅の中でも特に様々な鉄道車両が見られて良いという見方を教えてもらったことがある。確かにそうかも。その流れを敷衍すると、自分がもっともよく見た気動車は、名鉄キハ8000系かも知れぬ。毎朝東岡崎の駅で発車を待っている姿を見ていた時期があるので)。
●その他
我が家で烏瓜が実を結んだ。ここまで来るのに十年以上かかっているではないか。
まあ、努力らしい努力をしているわけではないのだが。
実がふたつ実った。2025年はもっと出来るかな?
夏、暑すぎてほとんど行動できない。
旅行にも行けず、歩き回ることもできない。これからより暑くなるというし、恐ろしいね。
それを放置している政治家共もほんとうに信用できない。たいへん悲しい。
長年購読していた朝日新聞を年末で止めた。年間6万円を投じる価値は見いだせない。
特に政治報道はプレスリリースの垂れ流し、意味のない政局報道。
全般に取材とは人の話を聞いて無批判な感想を一行書くことだと思っている節がある。
大学の同級生で優秀な人々は自動車メーカーや電機メーカーに就職した。また、自分はジャーナリズムに憧れて、そういう職業の採用試験を受けたこともある(半分シャレだけど)。でも、これらの業界がたいへんアカンことになっている。そう思うと、私の職業人生は上出来だったのかも知れない。大金をもらうような職業ではないが、仕事にはやりがいを感じ、多少遊びつつ暮らしていけるだけのお金はもらっていたのだから。
昭和三十年前後に就職した伯父は「あの頃の人気業種は『三白』(砂糖、硫安、セメント)だった」と語っていたが、私が就職活動する頃、それらが人気業種として話題に出ることは一切なかった。私が就職した頃の人気業種が、「自動車、電機、メディア」(ついでに、金融証券もか?)だったのだろう。
定年退職まで指折り数えるほどとなった。定年再雇用をどうするか、得られるかも知れない自由な日々をどう送るか考えるのは初めてだ。これまでは「しなければならないこと」が構えられており、その「しなければならない」がどのような社会的要請によるものかはさておき、それなりに抜き差しならぬものであると思って生きてきたし、それはそれで良いのだが、今にして思うとより自由な考えがあっても良かったのかも知れない。等など。
(2023年のまとめが掲載されていなかった。原稿を見つけたので、掲載した。掲載日は2024年の最初にしておいた)。